見本
午後8時。
キャバクラ『パック』に勤めているキャバ嬢のエリコはニコニコしながら早乙女あつ子を見ていた。
「はずめますてぇ〜。会員No.1番のエリコでぇ〜す。よろしくお願いしまぁ〜す」とエリコは深々と頭を下げて挨拶をした。早乙女あつ子はエリコのたわわ胸元を見ていた。
「初めまして。早乙女あつ子です」と早乙女あつ子も丁寧に頭を下げた。
「あつ子ちゃん、今日から頑張って働いてね。一緒にキャバクラ『パック』を盛り上げていきましょう。仲良くしてね。分からないことがあれば、何でも私に聞いていいからね。キャバ嬢は辛いことの方が多いの。悩んだり苦しかったりしたら相談してね。いつでも大丈夫だから」とエリコは言って笑うと太ももを掻いた。
「えっ、え、は、はい、ありがとうございます」と早乙女あつ子は口ごもりながら言った。潜入捜査のための研修とはいえ早乙女あつ子は少し胸が痛くなっていた。
『エリコちゃんは、とてもいい子だわ。懐かしい友達みたいな感じがするわ』と早乙女あつ子は思った。早乙女あつ子には女友達がいなかった。ハイスクール時代は女番長、ハイスクールを卒業してからも格闘技に目覚めて酔拳と蛇拳を独学でマスターした。最近では他の格闘技も勉強中だ。早乙女あつ子は強烈な美人だが男勝りな性格が災いして恋愛には疎かった。
「あつ子ちゃん、今からキャバ嬢の心得を5つ話すから、是非、覚えてちょうだい。1笑顔でお客様と話しましょう、2セクハラされても軽く受け流す、ただし、酷いセクハラにはキャバクラ『パック』の警備員に報告しましょう、3傷つけられても気にしないようにしましょう、4お客様とは一定の距離を保って接客しましょう、5つキャバ嬢としての誇りを持って仕事に励みましょう、です」とエリコは真剣になって話した。
「なるほど、勉強になります」と早乙女あつ子は言ってスマホにメモをした。
「いらっしゃいませ」と受け付けで声がした。早乙女あつ子に緊張が走る。深夜特急ブルートレイン並みにシュッポシュッポと緊張が走る。
「予約している松山です」
「松山様ですね? 予約表を確認します。松山様松山様、あっ、ありました。どうぞ2番席までご案内します」受け付けの女性、君絵ちゃんは弾むような足取りで先を歩いた。
「ではエリコちゃん、お願いします。頑張ってね」とキャバクラ『パック』の店長、中村喜代太郎は会員No.1番エリコの背中を叩いて送り出した。
エリコは緊張で足が震えていた。初対面のお客に対しては誰もが緊張するものだ。
「松山様、初めますてぇ〜。会員No.1番のエリコでぇ〜す。」とエリコは明るく元気よく言うと松山の隣に座った。
「松山です。初めまして。エリコちゃん、いくつ?」と松山は食い入るようにエリコを見ながら言った。
「しみつです。しみつのアッコちゃんです。教えちゃダメってお店で決められているの」とエリコは強めの訛りを交えて、それとなくかわして話した。
「女は若いに限る。30過ぎたら女もオッサン臭がするからな。女は若い方がいいよ」と松山は失礼な事を言いながらビールを頼んだ。
「エリコちゃんは彼氏いるの?」
「しみつでぇ〜す。松山さん、彼女いるの?」
「いないいない。女断ちしていたんだけど、そろそろ女作らないとと思ってね、キャバクラ通いしようかなと思ってさ」
「でも、松山さんの左手の薬指に光る指輪は何故?」
「あはっ、いや、こ、こ、コレはね、たまたま薬指に付けたの」
「松山さん、怪しい〜。女いるんでしょう?」
「いやいや、エリコちゃん、とりあえず、乾杯しようよ」
エリコと松山はビールを入れたコップを合わせて乾杯をした。
早乙女あつ子は松山の顔を静かに見つめていた。
つづく




