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中古洗濯機に憑いてきた幽霊の女の子、洗濯物を増やしてくるんだけど……

作者: 唐揚げ

 夏のボーナスは手取りで16万円だった。

 20代の世間平均でみれば明らかに低い金額で、私は頭を抱えた。しかし、ボーナスが入ったのならば当然ながら楽しんで使いたくなる。16万円はそれこそ安い金額ではない。が、そう大きな金額ではない。ので、ボーナスが入って三週間もしないうちに、すっかりと使い切ってしまった。

 残りのボーナスで買った新しいひび割れていない画面のスマホは、私の銀行口座がすっからかんになっていることを表示している。


「うぅん、どうしてこうなったのか」


 私はぼさぼさの頭をかきながら呟く。

 あまりにも金がなさすぎて、散髪に行く気力もない。

 が、それよりも、まずいのが一つあった。


「洗濯機、壊れちゃった」


 正確に言うならば、何もしていないのに壊れた。本当に何もしていない。洗濯物を少しばかり多く入れて、洗剤を多く入れたような気もするし、水も多かった気もするが、本当に何もしていない。電源が入る事もなく、ぷすんと煙を小さく出して動かないのだ。

 となると、私には選択肢が二つ提示されたことになる。

 一つはコインランドリーに行く。しかし、当然だけど駄目だ。コスト的に金がない。それどころか、住んでいるマンションから近くのコインランドリーまでは、歩いて20分もかかる。

 ならば、残ったのは一つ。

 新しいのを買うしかない。動くのを買わなければならない。


「が、金はない。か。なら、仕方ないけど、中古だなー」


 洗濯機を尻目にスマホで中古ショップをぐるぐると見て回る。今のご時世、中古リサイクルショップでは何でも販売している。それどころか、インターネットの個人間売買では、より幅広い範囲で売買がされている。衣服まで売買しているのだ。

 洗濯機を見ているとやはり少しばかり高い。が、その中で一際目を惹く洗濯機があった。なんと、一桁円である。他の洗濯機が二万円ほどしているのに、一桁円だ。もしも、そこに送料がかかったとしても、千円にもいかないのである。さらに、今の洗濯機を買い取ってくれるという。

 私はすぐさま、そのショップに電話をして、洗濯機を持って来てもらうことにした。


***


 壊れた洗濯機は千円で売れたので、まさしく、タダ同然に洗濯機を手に入れたことになる。

 新しい洗濯機はドラム式で横開けになっている少し古い型式の物であるが、一人暮らしの私からしてみれば十分に使える。サイズも以前の物と大差ないので、そのまま、脱衣室に置くことができた。下着を脱いで、そのままに何から何までをざっと洗濯機に放り込み、洗えるのは便利だ。

 そういう風に、洗濯機を使っていた時、ふっと気が付いた。

 洗濯物が増えているのだ。

 例えば、下着上下、パジャマ上下、タオルという5つで洗濯機を回したとき、タオルが2枚に増えていることがあるのだ。例えば、心当たりのないピンク色のタオルがあり、そこにはマジックで「あゆ」とだけ書かれている。


「浜崎あゆみ、じゃあないよなぁ」


 私はリビングで洗濯物を畳みながら、その新しく現れたタオルを眺めて言った。

 すでにそのような私の物ではない洗濯物は、10枚ほどある。タオルもそうだが、パジャマや下着もある。幸いな事は、全てが女性もの、もっと言えば、子供用衣類であることだ。つまり、変質者の男性が入り込んでいる余地はない。

 もっとも、変質者の女性「あゆ」の可能性はあるが、男よりは、まぁ、いかほどかマシだ。

 かと言って、前の持ち主が洗濯物をそのままにしていたのかというとそういうはずもないはずで。


「不思議だなぁ」


 私は腕を組んで、この「あゆ」の洗濯物をどうしたものか考えて、日曜日の午後を過ごしていた時。


 ピンポーン!


 呼び鈴が鳴った。

 何か注文していたか、と慌てて玄関先に向かって扉を開ける。

 玄関先には白いワンピースをきたふとましい女性が立っていた。


「初めまして。失礼いたします。私、霊能力、レイカと言います」

「は、はぁ」

「あなた、幽霊に悩まされていますね」

「あ、いや、お金が無くて」

「パパ活でもしなさい」

「嫌ですよ! 帰って!」


 とんでもない事を言われ、私はぴきりと理性が抑えられず、扉を勢いよく閉めようとした。

 だが、それを先に予見していたとでもいうのか、扉をそのレイカと名乗った女は締まらないようにと抑える。


「ちょ、警察呼びますよ!」

「ともかく、あなた、子供で悩まされいませんか?」

「はぁ? 子供? で、悩まされてはいま」


 せんとは言い切れなかった。それが良くなかった。

 扉をぐいっととても信じられない力で開けられると、ずかずかと部屋の奥へと入ってくる。

 そして、押される形でリビングまでまっすぐ突っ切られると、床に広げた洗濯物をじっとレイカは見た。


「間違いない。子供の幽霊」

「はぁ?」

「洗濯機ね。失礼」


 レイカは私を放ってずけずけとお風呂場、脱衣所へと向かう。

 もはやプライバシーの概念などなく、私はレイカの後を追うだけだ。

 脱衣所に入ったレイカは、その古いドラム式洗濯機の前に座した。


「この洗濯機、どこで手に入れたの」

「中古ショップですけど、あの」

「この洗濯機、人が死んでいるわ」


 言葉を失った。

 子供が死んでいる?


「え、なんで? 死んでるの?」

「その昔、古いタイプの洗濯機はね。中に入ると中から開ける事ができなかったりするの。それで事故で亡くなったりするのよ。この洗濯機には、女の子が、憑りついているわ。可哀そうに。洗濯機に閉じ込められて、スイッチが入って、溺死……。それでも、彼女はそれがわかってないのね。自分が着ていた服をこういう風に実体化させているのよ。ほら!」


 私は想像したくもなく、耳をとじていた私の前で、レイカは空の洗濯機に手を突っ込む。

 それから、ぐいっと何かを引っ張り出した。

 それは女児向けのアニメがプリントされたハンカチである。ぐっしょりと濡れたそのハンカチは、べしゃりと水をまき散らしながら、脱衣所の床に落ちた。


「じゃあ、除霊とか」


 耳を塞ぎながら、レイカに私はそう聞いた。

 すると、平手をすっと私に向ける。


「除霊費用をいただきます」

「えぇ……あ、そういう詐欺」

「なんと無礼な。ま、わたくしは、除霊せずとも好いのです。あなたがね、不便しなければ特に除霊する必要はないのですよ」


 白いワンピースによって真っ赤な顔がよく目立つレイカは立ちあがると、顔を横に振った。


「なんか怒ってます?」

「いーえ、まさかまさか。それで、どうされますか?」


 私は腕を組んで考えた。

 このまま、除霊をすればお金はかかるが、洗濯物が増えるというのは悩まされずに済む。それは一つ魅力的な案であった。しかし、問題はその金がないという事である。やはり、何をするにしても金がかかる。

 スマホか何かを売って、金を作るか。

 そこで一つ、閃くものがあった。


***


 除霊をすることは断った。

 レイカは悲し気に「そうですか」とだけ言うと、大人しくマンションの部屋から出て行った。

 それ以降、あの女を見ることはない。変な壺を交わされないのは幸いだ。

 私が除霊を断ったのは、金がない、というのも当然の理由の一つだ。しかし、それよりも良い事が頭の中に閃いてしまった。というのがある。


「さて、今回はあゆちゃんのパジャマ、上かー」


 私は自分の洗濯物の中から増えた子供用の青いパジャマを手に取るとより分けた。すでにいくつか増えたパジャマやハンカチなどがより分けられており、そこから、ペアになりそうな洗濯物を見つける。なければ、単独としてまた保存する。


「お、やった、ラッキー。ペア完成」


 青いパジャマの上下を揃えた私はスマホで、ぱしゃりと写真を撮る。

 そのまま、写真を中古オークションサイトへと乗せた。「女児パジャマ」とキャプションをつけて。

 私が思いついたのはこれだ。

 この幽霊のパジャマを売るのだ。世の中にはそういうパジャマを必要としている人間がいるはずだ。私はそういう人たちに向けて、パジャマを売る。幽霊はパジャマを着ることは当然にないし、そして、私が売ることに対して文句をつけることもない。

 私の手元にはお金が残る。

 先ほどオークションに出したパジャマもすでに相場より高い金額がついていた。

 

「ま、ちょっと悪い気もするけど……ま、供養ってことでね」


 にやりと、頬が緩むのだった。

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