求婚してきた護衛対象である王太子に、隣国から婚約者が現れた。
訳あって男装して騎士として過ごしているリューカだが、王太子の専属護衛の就任早々に男装していることがバレて「罰として俺と婚姻しよう。」と言われていた。
そこから婚姻まで1年間の有余をもぎ取り男として護衛を続けているが、ストレートな王太子の求愛に心が揺らぐ。自分の恋心を自覚し始めたリューカだったが、その王太子の婚約者候補が来訪して…!?
「俺の護衛がこんなにかわいいのが悪い!」「護衛対象の王太子殿下のキラキラしてうざい」「護衛対象にドキドキなんてしない。決して。…多分。」になんとなく続いてます。
秋の朝。
王都の空に金色の光が射し、ほのかに香る金木犀の匂いが風に乗って流れていた。
レオンハルト王太子の専属護衛であるリューカは、いつもと変わらぬ動作で剣を手に取り、城の訓練場に向かう。だが、胸の奥に、薄く張りつくような不安があった。
昨日、レオンハルト陛下の元に届いた“隣国王女の来訪”の報。
ただの外交ではない。王族同士の縁談、それも「婚約者候補」としての滞在になると、側近の誰もが感じていた。
案の定、リューカは王女の護衛に任命された。
「忠誠を誓った主のために尽くすこと、それが騎士の本分――」
それを自分に言い聞かせるように、剣を振る。
でも、胸の奥が、どこか痛んだ。
王女エリセリアは、誰もが見惚れるほどの美しさと品位を備えていた。
仕草一つ、言葉の抑揚まで洗練されていて、しかも物腰は柔らかく、傲慢さとは無縁だった。
リューカは任務に忠実に従い、常に数歩後ろから王女を護衛する。
婚約者候補である王女の護衛だ。必然的に、エリセリア王女と殿下が二人でいる場を眺める機会が多くなる。
レオンハルトが見せる微笑み。
ふとした仕草で王女の言葉に耳を傾けるその姿は、リューカの知らない一面のように見えた。
(絵になるな……)
王女とレオンハルトの並ぶ姿は、まるで絵画のように美しく、釣り合いが取れていた。
自分とは住む世界が違う。考えてみれば当たり前のことだったのに何を浮かれていたのか、恥ずかしい。
エリセリア王女の潤う指先の後に自分の手を見やる。剣の握りだこやささくれがある。
手だけじゃない、どこをとっても自分が彼女を差し置いてまで王太子妃になる要素なんて一つもなかった。
これでいい。ここ数か月がおかしかっただけ。
数日が経ち、リューカはエリセリア王女からも好意的に接されるようになっていた。
「あなたの動き、とても美しいのね。まるで舞うようだわ」と言われたとき、リューカは曖昧に笑って誤魔化した。
自分が女であることに気づかされる言葉が、今は一番刺さる。
夜の訓練場。
月明かりだけが、静かに床を照らしていた。
リューカは一人、無心に剣を振っていた。呼吸を整え、振り下ろすたびに空気が裂ける。けれど、心は少しも整わなかった。
眠れない。
今日もまた、王女と陛下が並んで微笑む姿が、まぶたに焼きついて離れなかった。
ふいに、背後から柔らかな声が届く。
「……またここにいたのか、リューカ」
振り返らなくても、わかる。
その声は、何度だって胸の奥を震わせる。
「殿下、こんな時間に一人で歩かれては危険ですよ。」
冗談めかして返したかったのに、言葉の端がわずかに震えた。
レオンハルトは、少し肩をすくめながら微笑む。
「王宮内の訓練場で、誰が俺を狙うっていうんだ。……俺のかわいい護衛騎士が隣国の王女に取られてしまって、寂しかったんだ。少しぐらい、隣にいてもいいだろう?」
「……そのようなこと、仰らないでください」
リューカの手が、止まる。
思わず背を向けた。
顔を見てはいけない。今の自分の顔を見られたら、誤魔化せない。
口元がかすかに揺れ、頬に触れた風が、まるでそれをそっと撫でたようだった。
「陛下には、ふさわしい方が来られました。私は、護衛です。……それ以上の望みを抱く資格はありません」
視線を落としたまま、唇を噛む。
ほんの少しでも、期待してしまった自分を責めるように。
だが、次の瞬間、あたたかな手が肩にそっと触れた。
「……じゃあ、俺の気持ちは、どこへ行けばいい?」
その声に、胸がずきんと鳴った。
「王太子殿下には、王太子としての責務があります。国益のために動かれるべきです。エリセリア王女は聡明で、品位に溢れた方です。きっと……殿下と共に、良い国を築いてくださる」
絞り出すように言葉を重ねる。
言い訳のようにしか聞こえなかったとしても、それでも、言わずにはいられなかった。
自分には、誇れるような血筋も、誰かを惹きつける美しさもない。
あるのは、毎日をただ必死に剣と向き合ってきた時間だけ。
「……私が、離れた方が……殿下はもっと、穏やかな道を歩めます」
視界がにじむ。涙ではなく、風のせいにしたかった。
けれど、レオンハルトは即座に言った。
「違う。君がいない道が、穏やかに見えたとしても……そんなもの、俺には何の価値もない」
凍りつきそうな心に、ぽとりと落ちたその言葉は、あまりにも温かかった。
「……どうして、そんなふうに言ってくださるのですか……?」
震える声が、夜の空気に溶けていく。
レオンハルトは、一歩近づいて、まっすぐにリューカの瞳を見つめる。
その目はいつだって、決して彼女を見下さず、ただ同じ高さから見てくれた。
「俺は、王太子として君を選ぶんじゃない。
一人の男として、一人の女を愛している。それが、たまたま君だっただけだ」
その言葉に、リューカはとうとう、堪えていた涙を溢れさせた。
いくら王太子一人がそういったところで、超えられない壁がいくつもあるというのに。
「残酷な人ですね。こんなに人の気持ちをかき乱しておいて、完璧な婚約者がいるなんて。」
リューカの声は震えていた。
目元に溜まった涙が一粒、頬をすべり落ちる。
その一言には、自分でも気づかぬほどの想いが詰まっていた。
諦めたはずだった。望むことを禁じてきたはずだった。
けれど、こんなにも揺れている――いや、もう壊れてしまいそうだった。
しかし、次に返ってきたレオンハルトの言葉は、想像の遥か上をいくものだった。
「……完璧な婚約者…?」
きょとんとしたように首を傾げるレオンハルトに、リューカは息を詰まらせた。
「エリセリア王女ですよ。美しくて、賢くて、品もある――それに、政治的にも申し分ない方です。だから……」
「だから?」
まるで悪戯を企む少年のような笑みを浮かべながら、彼は静かに言った。
「リューカ、君は本当に人の話を聞いていないな。エリセリア王女とは、そもそも婚約なんてしてないんだよ」
「…でも、」
「彼女とは、王族として正式に“外交上の連携”をするための話だった。俺が“誰と結婚するか”の話じゃない。必要な協定や貿易条件は、すでに別の形で整っている。俺がわざわざあんなにあちこち走り回ってたのは、全部……君と結婚するために根回ししてたってわけ」
その言葉に、リューカの呼吸が止まる。
「……でも、私は……私は護衛です。身分も――」
「君が心配していることは、もう全部終わってる。誰も君を責めないし、誰も俺たちを引き裂こうとしない」
レオンハルトは、そっと彼女の頬に触れた。
「むしろ、責めたいのは俺の方だ。こんなに俺の心をかき乱しておいて、“残酷”だなんて……それ、まるで俺のことが好きみたいだね?全然関係のないエリセリア王女にも、嫉妬しちゃったんだ?」
「ち、ちが!嫉妬とかじゃ…!!」
その言葉に、リューカの頬がぱっと赤く染まった。
何かを返そうとしたが、言葉にならなかった。言葉が、追いつかない。
自分が、こんなふうに追い詰められるとは思っていなかった。
レオンハルトは少し笑いながら、耳元で囁くように言う。
「……“婚姻までの一年の猶予”って言っただろう? あれは君が俺を好きになるまでの、俺なりの保険期間だったんだ。でも――今の言葉で、もう十分だ」
彼は指を絡め、やさしく彼女の手を握る。
「君の気持ちが俺にあるなら猶予期間なんて無視して早々に結婚しよう。招待客のリストアップに、ドレスの用意、それから式場の花の選定も……ああ、忙しくなるな、俺たち」
「ま、待ってください……まだ気持ちの整理が……」
「そんなものは必要ない。俺は君がかわいくて仕方がないし、君も俺のことを好きだ。隣国の王女の存在で涙を流してしまうくらいには。ああ本当に俺の護衛騎士はかわいい。」
その瞳は、まっすぐで、どこまでも確信に満ちていた。
リューカは、ふっと肩の力を抜いた。
心を預けてもいいかもしれないと思ってしまった自分に、呆れながらも笑った。
「……強引な人ですね、ほんと」
「それが、君が選んだ相手だよ」
殿下は優しく微笑んだあと私を抱きしめた。
「俺の護衛騎士がこんなに可愛いのが悪い。」
「私の護衛対象が....いえ、なんでもないです。」
「素直じゃないね?カッコよくてつらい?」
お幸せに...!!ハイスペックなのに一途な男性って素敵です。