第2章:目覚め(1話)― ほころび
朝。
村の空は、鈍い雲で覆われていた。
乾いた風が山を越え、灰村に冷たく吹き抜ける。
薪の束がひとつ、昨日と違う位置に転がっていた。
レオ・グレイは、それを見て足を止めた。
誰かが動かしたのだろうか?
それとも、昨日の……あれの影響か?
昨日のことは、誰にも話していない。
けれど、自分の中で何かが「確かに変わった」と告げている。
仕事中、村の炭窯係のひとり――クロウが声をかけてきた。
「おいレオ、お前、昨日この薪いじったか?」
「……いや、なんで?」
「焦げ跡がついてた。中まで焼けかけてたぞ。
窯に入れてないのに、だ。おかしいと思わねぇか?」
レオは一瞬、息を止めた。
けれど、平然を装って肩をすくめる。
「知らないよ。風か、日差しかなんかじゃないのか?」
「……そうかい。
まあ、火が勝手に起こるなんてこと、あるわけねぇか」
クロウはそれ以上は追及しなかったが、
その目には、どこか探るような色が浮かんでいた。
午後、レオは裏道を歩いていた。
風にまじって、灰の匂いがついてくる。
祠から戻ったあの日から、
周囲の音が、少しだけ違って聞こえる気がする。
風の揺らぎ、草のささやき、
そのすべてが、なにかの“気配”を含んでいるようだった。
(俺だけ、おかしいのか?
それとも――もとから何かが、目を覚まし始めてるのか)
懐の奥に、まだあの本がある。
布越しでも、触れているだけで熱が伝わる気がする。
その夜。
寝床の上で、レオは背を向けたまま、母の声を聞いた。
「レオ、最近……何かあった?」
「……別に、何もないよ」
少しだけ間を置いて、レオは布団に顔を向け直した。
レオは、手のひらを握る。
そこには、何もない。
けれど、熱だけが、静かに宿っていた。