表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰より生まれしもの  作者: サマソ
4/26

火種(3日目)

朝。

起きて最初に感じたのは、喉の奥のざらつきだった。


炭の粉かと思ったが、違う。

もっと乾いた、でも湿り気を帯びた感覚。

灰の感触に似ていた。


 


レオ・グレイは、昨日祠で拾った本をまだ懐に入れたまま、

炭焼き小屋へ向かった。

誰にも見せていない。誰にも話していない。

けれど、どこかで誰かに**“見られている気配”**があった。


カラスではない。

森でもない。

けれど、自分の中で何かが“起きている”のは、確かだった。


 


斧を振る。

薪を割る。

火をくべる。


どれもいつもの作業。

でも、指の感覚が少しだけおかしかった。


重くもない。痛くもない。

なのに、刃が木に触れる直前、**何かが先に“割れた感覚”**がある。


まるで、

振るう前に“結果”が身体に先に伝わってくるような。


 


(昨日の……あれのせいか?)


レオは自分の手を見つめた。


掌には、煤と灰がまざりあっている。

でも、その奥。

皮膚の下、血の流れの向こう側に、

なにか別の“熱”のようなものがじわじわと広がっていた。


 


昼、村の子どもが駆けてきて、レオに声をかけた。


「レオ兄、薪の山、一本だけ全部崩れてたって! 誰も触ってないのに!」


「……風じゃないのか?」


「変だよ。重いやつばっかで、バランスも悪くなかったのに……。

 しかも、崩れたとこだけ焦げてたんだよ。真っ黒でさ」


 


レオは思わず口を閉じた。

胸の中で、何かが冷えていくのを感じた。


(まさか……)


否定したかった。

でも、思い当たるものが、ひとつだけあった。


昨日、祠を出るとき、気づかぬうちに本を強く握っていた。


その瞬間、確かに――

ほんの少し、手のひらが熱を帯びた。


 


(いや、ありえない。

 そんな……本を触っただけで、勝手に何か起きるなんて)


けれど、否定しても、胸のざわめきは消えなかった。


 


夕暮れ。

レオは誰もいない焼き場の奥に立っていた。


積まれた薪を見つめる。

右手をそっと持ち上げる。

何かを“する”つもりはなかった。


ただ――確かめたかった。


何も起こらないかもしれない。

でも、もしも、と思った。


 


目を閉じ、

昨日、本が光ったときの感覚を思い出す。


灰が、吸い込まれていくような感覚。

骨の奥で、熱が逆流するような感覚。


 


そのときだった。


風がないはずの空間で、

薪の隙間から、ふっと、ひとすじの灰が立ち上がった。


レオははっと目を開く。

手は、まだ伸ばしたまま。


風もない。火もついていない。

でも、灰だけが、そこに“立った”。


 


それは、確かに、

何かが“呼応した”証だった。


 


レオは、そっと手を下ろした。

心臓が強く脈打っていた。

怖い。

でも、その裏で、何かを嬉しがっている自分がいた。


 


その夜。

再び窓辺にカラスが現れた。


片目のない鳥。

ただ黙って、そこにいた。


「……見てたのか?」


レオは小さく呟いた。


カラスは何も言わず、

風のない夜空へと飛び立った。


 


灰は、確かに燃えていた。

目には見えなくても。

その中には、火よりも熱いものがある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ