灰術(18話)――沈黙の訪問者たち
村の入り口に、聞き慣れぬ足音が重なった。
それは石を踏み、土をならす、規則的で整った音――軍靴の音だった。
村人たちがそれを耳にしたのは、朝の炊き出しが終わった頃だった。
静かに、そして確かに、王国の兵士たちは村に足を踏み入れた。
三人。いずれも剣を下げ、背筋を伸ばしたまま視線を逸らさない。
敵意は見えない。だが、何かを“測る”ような無表情な眼差しがあった。
そしてその背後に、彼女がいた。
「……リース」
声にはならなかった。
レオの胸の奥でだけ、名前が震えた。
リースは兵士たちと距離を取って歩いていた。
肩に羽織った灰色の外套は、王国の印も肩章もなく、無所属の印だった。
彼女の表情は見えない。うつむいている。
けれど、足取りは迷いなく、この地へ戻ってきた者のものだった。
(……来たんだ)
レオはその姿を、誰にも気づかれないように見つめた。
兵士たちは村の中心で立ち止まり、言葉を発することもなく布の通達文を渡す。
《王都の命により、この地にて一定期間の観察を実施する。
騒ぎを起こさぬよう、協力を求む。》
それだけだった。
兵士たちは村の一角にある古びた集会所を臨時駐在地とし、
リースもその建物へと入っていった。
一度も、振り返ることなく。
***
数時間後。炭焼き場の奥。
レオは火床の灰をかき回していた。
けれど集中できていなかった。
(見えてたのに……何も言えなかった)
灰の力は反応しない。
首飾りも静かだ。
だが、沈黙は風の中に、確かな“気配”を孕んでいた。
ふと気づくと、集会所の裏手――
建物の陰から、誰かがこちらを見ていた。
リースだった。
数歩の距離がある。
彼女はこちらを見ているようで、見ていない。
だが、その佇まいは明らかに“意図”があるように思えた。
(話しかけるべきか? それとも、まだ……)
レオが迷う前に、リースはゆっくりと踵を返し、建物の中へと戻っていった。
何も言わず、何も伝えず。けれど、そこには明確な意思があった。
***
その夜。村の空気は重いままだった。
レオは家の外で一人、火を見ていた。
カラスが肩にとまり、軽く羽ばたく。
「……来ると思ったよ、リース」
誰に聞かせるでもなく呟いたその言葉に、風がかすかに応える。
そして彼は立ち上がった。
何かが始まる。
そうでなければ、あんな目はしない。
明日、もう一度。
“あの場所”へ行こう。
リースが立っていたあの裏手へ――
今度は、自分の足で、ちゃんと“言葉”を持って。