第1章:火種(1日目)
朝、炭焼き場の煙が低くたなびいていた。
湿った空気に炭の匂いが混ざって、喉の奥がざらつく。
それでも、村は動いていた。
薪を割る音、荷を運ぶ声、火をくべる音。
いつも通りの一日。
レオ・グレイも、薪を担いで窯のそばに立っていた。
手は動いているのに、頭のどこかはぼんやりしていた。
昨夜の母の言葉が、まだ耳に残っていたのだ。
「見ないようにしてるのかもね」
「魔法がなくても生きていけるって、見せたくないのかも」
なにそれ、って思った。
でも、なんか……ずっと昔から、そうだった気もした。
この村にいると、目に見える線が引かれてる気がする。
「魔法がある人」と「ない人」じゃない。
**「見える場所にいる人」と「見られない場所にいる人」**だ。
昼すぎ。炭窯の手入れを終えたレオは、裏の物置に入った。
工具を取りに行った――というのは建前で、
本当は“気になっているもの”があった。
父が使っていた木箱。
埃をかぶっていたが、誰も触ろうとしなかった。
その中に、小さな道具と、焼け焦げた紙片がある。
地図だった。
村の端から、森沿いの道を抜けた先。
そこに、円で囲まれた一点。
その中心に、手書きの文字。
「火」
それを見たとたん、胸の奥で何かが跳ねた。
思い出したのだ。
あの炭窯の夜。
風が逆流し、灰が宙を舞った、あの感覚。
そして――父の横顔。
あれは、夢じゃなかった。
それを、この紙が証明しているような気がした。
「……ここ、行ったことあるのか、俺……?」
呟いた声が、自分のものとは思えなかった。
地図を折りたたみ、ゆっくりと箱に戻す。
まだ、誰にも話すつもりはなかった。
でも、もう見てしまった。
火はすぐに燃え上がらない。
けれど、火種さえあれば、いつかは燃える。
それだけは、わかっていた。
レオは、誰もいない空の下で、
ひとり黙って煙を見上げていた。