終章 アキラ
「社長。東堂さんは、今、どこで何をしているかご存知です?」
その問いに、沢木真帆は少しだけ笑って、こう返す。
「さあ?全く音沙汰もないしわからないわよ。」
かつての同僚たちが並ぶ会議室。スクリーンには、Inovexの新たなプロジェクト概要が映し出されていた。透明性、公共性、そして創造性。かつて東堂が蒔いた種は、確かに芽吹き、いま、彼女の手の中で新しい花を咲かせようとしていた。
真帆はふと、窓の外を見る。都会の喧騒と遠ざかる潮騒。
そして、ぽつりと呟いた。
「今ごろ、どこをほっつき歩いてるんですかね。」
へふう、桐山玲奈は汗をぬぐう。待ち合わせの時間まで少しある。お茶でもしましょうかね、そうしましょう。
桐山玲奈大和テレビ「副社長代理」なんだかよくわからない役職である。大和テレビが体制変更に伴う激変の中東堂退任のショックにボケーッとしていた玲奈に新社長が告げたのだ。
「玲奈ちゃん、あなた社長やる?」
拒んだ、全力で拒んだ。そしたら落ち着いた先がこれだった。副社長代理、聞いたことないわよ。何よこの役職。第一副社長ウチにいないじゃない。
カランと扉を開けて喫茶店に入る、古びた、けれども落ち着く玲奈好みの店だった。冷房も効いてるし。
白髪のマスターにアイスティを頼むと玲奈は対面掛けのテーブルに一人で座る、玲奈の後ろには大学生だろうか若い男の子が二人で座っている。テーブルにはレポートらしきものを広げているので大学生なのだろう。
「おい吉弘、ちょっと手伝ってくれよ。やばいんだって。」
「やだよ、AIに書いてもらえよ卒論なんて。」
「お前彼女できてから冷たいのな、最近全然遊んでくれないし。」
「別れた。」
「え!まじ?」
「亮お前今嬉しそうにしたな?」
お待たせしましたと玲奈の元にアイスティが届く。
若いっていいわねと玲奈はアイスティにガムシロップを二個入れる。
ストローでそれを呑みながら玲奈は、エアコンの効いた喫茶店を満喫するのだった。田中からの着信には全く気付かぬ副社長代理である。
「東堂さんて、無念やったんでしょうねえ」
アキラのスタッフの一人がポツリと呟く。
「うーん、そうなんかなあ。」
アキラが怠そうに返す。
「いや絶対そうでしょ、これからってとこやったやないですか?」
「そうなんかもなあ。」
「なあ、もう最近落ち着いとるし、どっか行かん?」
スタッフの一人が、ぼんやりとした声で言う。
アキラはソファに座ったまま、ペットボトルの水を飲み干し、静かに答える。
「ええな、温泉行こっか。海見えるとこがええな。」
「海っすか?珍しいっすね、アキラさんがそっち選ぶの。」
「いや、たまにはさ。のんびり、釣りでもしたい気分。」
いつもよりほんの少し早くアキラが返答をする。
「じゃあ調べときますよ、潮の香りがするとこで、湯気も立ってる場所。」
「うん、頼んだわ。」
それだけ言うと、アキラは目を閉じる。ほんのわずか、口元を緩めながら。
潮の匂いが混じった風が、ゆるやかに木造の宿を撫でる。
「蒼月庵」岬の突端に佇むその温泉宿は、昭和の香りを残したまま時が止まっているようだった。
潮風にさらされた木の看板、打ち水された石畳、軒下に吊るされた風鈴が、チリン、と鳴る。
館内に入ると、ひんやりとした土壁の匂いと、やさしい湯けむりが出迎える。ロビーには薪ストーブと、誰が読んだか分からない文庫本。
ガタつく廊下を歩くと、海を一望できる露天風呂と、小ぢんまりとした客室が並んでいる。どの部屋からも、夕陽が海に沈んでいくのが見える。
「ええやんここ、アキラさんチョイスにしては渋いっすね」
「いや、たまたまやって」
笑いながらも、アキラは一番端の部屋に荷物を置いた。
夕方、スタッフたちの笑い声が食事処から漏れてくる。
鯛の煮つけ、地酒、おかわり自由のあら汁
旅先の料理の匂いに誰もが緩んでいた。
だがアキラは、そっと部屋を抜け出した。
草履の音を最小限に抑えて、廊下を歩く。誰にも気づかれないように。
宿から少し離れた突堤まで歩くと、潮の香りがふと濃くなった。
左右に広がる海は、夕暮れの光に照らされ、まるで溶けかけた琥珀のように波打っている。
西の空には低く太陽がかかり、ゆっくりと水平線へ沈もうとしていた。
突堤のコンクリートには、長い影が斜めに伸びている。
灯台はまだ静かにそびえているが、その白い輪郭にも橙色が染みてきている。
風がひとつ吹いて、アキラの髪をそっと撫でる。潮風がぬるくて、心地いい。
一人歩く突堤の先端で、アキラは足を止めた。
海の音だけが響く。遠くで、カモメが短く鳴く。
世界が静かに、今日という一日を終えようとしている。
「よお、おっちゃん。」
アキラが声を発する。
突堤の先端で釣り糸を垂れる男がチラリと視線を寄こす。
「何だアキラか、こんなところにどうした。偶然か?」
「んなわけないやろ、好き好んでくるかいなこんなとこ。」
アキラの物言いに苦笑する東堂。
「そうか?なかなかいいもんだぞ。落ち着いてるし飯は上手い。」
「それしかないんやろ。釣れてんの?」
東堂のクーラーボックスを開けるアキラ。
「ん、まあぼちぼちだな。」
「ビールしか入ってへんやん、一本貰うで。」
アキラがビールの缶を開ける。ごくりと一口を呑むとぶはっと息を吐きだす。
「なあ、おっちゃん。おっちゃんて無念なんか?」
「無念?いや?どうしてだ?」
目をぱちくりとさせる東堂。
「いや、ええねん。そうやんなあ。んでも大変やったなあのクソAI番組。やっぱアカンて言うたやろ、俺。」
アキラが腕を組みうんうんと頷きながら言う。
東堂は立ち上がり自分もクーラーボックスからビールを取り出し缶を開ける。
「あれはAIの暴走じゃない、まあじゃないんだが。」
「え?」
夕陽が水平線に沈む。
「どういうこと?」
沈む日が二人を照らす、アキラの顔は陽に照らされ見えない。
「そんなもの」
東堂は陽を背にアキラに笑いかける。
「おもしろければそれでいい。」
終わりました!
最後までお付き合い頂いた方有難う御座います。
初めて書いた作品ですが全部入れることができたと思ってます。
もし最後感想頂けたら泣いて喜びます。感想無くても喜んでますけども!
お付き合いいただきありがとうございましたm(__)m




