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第7章 第2話 女

翌朝。



大和テレビ本社のビルは、朝から異様な熱気に包まれていた。


局のロビーには報道関係者が押し寄せ、警備員の制止を振り切って質問を投げかけてくる。




「御社のAI番組が世界中に虚偽情報を拡散したとの指摘がありますが!」



「社長の東堂氏は、事態をご存じだったんですか!」



「責任の所在はどうなっているんですか!」


 

広報担当の職員たちは、ひたすら「現在調査中です」と繰り返すだけ。応接室も会議室も、全て埋まっていた。対応に追われ、局内の動線すらまともに確保できない。



一方SNSは、夜通し加熱していたバズが朝になってさらに炎上の様相を呈していた。






【ペンギンが宇宙でバク転してて草】



【AIのジョークだと思ったら、マジで信じた局があったらしい】




【大和テレビだからわざとなんじゃね?】



【あーーありそうウケれば何でもいいとか思ってそう】



【え!!俺にプロポーズするAIは?え?いないの??よろしいならば戦争だ。】



【にゃんにゃん大統領なら世界は平和、割とマジで】



#SILVER_BULLET #AI暴走 #火星ホテル #異星人観光 #大和テレビ崩壊論



トレンドは地獄絵図。



特に「宇宙バク転ペンギン」「火星ホテル」「モナリザ=スイーツ好き」はミーム化され、各国のメディアにも波及しはじめていた。すでにいくつかの海外ニュースサイトでは、発信元を確認せず翻訳記事が配信され、問題は国際的なフェイクニュース流布として広がっていく兆しを見せていた。



大和テレビ報道部のフロアでは、記者・ディレクター・管理職が入り乱れ、怒号と悲鳴が飛び交っていた。



「誰がSILVER BULLETの再検閲を外したんだよ!」



「Inovex移譲はまだだったろ!? なのにシステムだけ先行して回してたのか!?」

  


「チェックリストが未更新のまま突入してた可能性あります!」



「アーカイブ映像は?残ってる!?」



「これ自動で止まるって有り得ないんだけど?」



「もう切られてます!AIが不適切な映像として自動で削除処理かけてます!」



怒鳴り声が重なる中、モニターの一つには、何事もなかったかのように再稼働を始めたSILVER BULLETの再配信画面が、平然と流れていた。



書類の山を前に、東堂勝吾は無言で珈琲を啜っていた。

 


床には投げ出されたネクタイ、バランスボールは部屋の隅に転がり、テレビでは音を消したまま「SILVER BULLET打ち切り」の速報がテロップだけを流している。



扉がノックもなく開いた。



新宮だった。




「よォ社長。いや、元、社長かな?」



東堂は目線を上げず、書類の束の間から片手を上げて返す。



「わざわざ皮肉か?」



「いやいや、今日は割とマジだぞ。」


新宮は勝手にソファに腰を下ろし、テーブルの上の書類を一枚手に取る。

それは「番組終了の報告」と、スポンサーへの謝罪テンプレだった。



「こんなもん、ただの事故だろ。お前が辞める必要なんか、どこにもない。」



「意外と優しいな。」



「意外とは余計だ、Inovexを潰してお前が残るべきだ。」



「それも手かもな。」


東堂は、カップを持ち直す。



「だがまあ、まだ舞台はあるしな。」


彼は小さく笑った。



「無職になったら雇ってくれるか?バラエティ夢だったんだ。」


東堂が新宮を見つめて言う。

 


新宮が鼻を鳴らす。



「悪いな、大和テレビはコンプライアンスに厳しいんだ。前社長の教えでな。」


それに、と続ける。


 

「それに、お前はバラエティが向いてない。」



「は!」


東堂が吹きだす。



「そのセリフ、神木さんにも言われたよ。お前には絶望的にセンスがないってな。」



しばらく沈黙が流れた。

テレビのテロップが「株価影響は限定的」と繰り返す。



「それでいいのか?東堂。」


新宮はテーブルの上のカップに勝手にコーヒーを注ぎながら言う。



東堂はその問いに答えずテーブルのカップを持ち上げた。



 




会場の空気が、張り詰めている。



光が強い。フラッシュが連続し、白い閃光が目を刺す。


壇上にはただ一人、東堂勝吾。

静かに、静かに歩を進めていた。



その姿を見つめる記者たちの視線には、猜疑、興味、期待、そして冷笑が混じっている。


「改革者」としての終わりを見届けるつもりなのか、それとも「戦犯」の最後の言い訳を聞きに来たのか。



彼らの目はどこまでも冷たい。


記者たちの囁きが交錯する。



「AI報道に頼り過ぎたんだよ。」



「大和テレビも今度こそ終わりか。」



「ホントに辞任するのか?」



「流石にそのサプライズはないだろう。」



「ネタにはなったんだけどな、惜しいな。」





18:00



東堂が立ち止まりマイクの前で、短く息を整える。

目を伏せたまま、静かに言った。



「お集まりいただき、ありがとうございます」


東堂は一度だけ深く頭を下げる。



「このたびの、AI報道番組『SILVER BULLET』における一連の不適切な放送について。」


少しだけ間を置き東堂は続ける。



「すべての責任は、私にあります。」



カメラのシャッターが一斉に音を立てる。


東堂はそれを無視するように、淡々と語りを続ける。



「AIが自律的に内容を生成し、配信し、自己修正のプロセスを超えて、虚偽情報を全世界に発信しました。

番組は自動で止まりましたが、既に拡散された間違った報道は、取り消すことはできません。」



「Inovexへのシステム移管が進んでいた中で、責任の所在が不明瞭になっていたのは事実です。しかし、名義上・実態上ともに番組の最終責任者であったのは、私です。」



そして、言う。



「よって、私、東堂勝吾は、本日をもって、大和テレビの社長を辞任いたします。」



会場に、一瞬の静寂が落ちる。


その言葉を、誰もが予期していたはずなのに、口を閉ざした。



東堂は、視線を上げた。そして声を発する、いつもと変わらぬ淡々とした声で。



「私が去った後も大和テレビは変わりません。そしてInovexの公共性にも何ら瑕疵を残すものでもありません。」



記者たちの手が、再びカメラに伸びる。

フラッシュが明滅し、東堂の輪郭を白く浮かび上がらせた。



「報道とは、事実を伝えるものだと、誰もが言う。

だが、伝えることのできる事実と見捨てられる現実の間には、深い断絶があります。」


東堂は前を見据えたまま、はっきりと続ける。



「大和テレビは本日、新たな構想を発表します。

それが『P-Archiveパージ・アーカイブ』です。」



ざわつきが起きる。東堂は止まらない。


「このプロジェクトは、匿名の内部告発や、圧力で潰された現場の声を物語というフィクションの形に変えて、公開するというものです。」



記者の一人が呟く。



「どういうことだ?新しい報道番組なのか?」



東堂の視線が、少しだけ記者席をなぞる。



「報道ではありませんね、事実をお伝えするものではありませんから。登場する全ての配役舞台装置、何ら事実にそぐわぬものでしょう。だから、これは報道ではありません。」



「それじゃ、ただのドラマじゃないか。」

 

空気が震える。



東堂は、もう一歩だけ、前へ踏み出した。



「ただの、ドラマ?そうですねドラマではあります、しかしただのではない。」



カメラのレンズが、いくつも東堂に向けられている。



彼は、はっきりと語る。



「例えば医療関係者の皆さん、今私は問いかけましょう。何か重大な秘密ご存じないですか?良心の呵責と御自分の生活に挟まれてはいませんか?どうぞ吐きだしてください、我が大和テレビは皆様の呵責代わりに背負って差し上げます。

誰にもあなたが告発者だとはわからない、けれども世の中に周知してご覧に入れましょう。


あなたの望みは何ですか?罪の告発?誰かの断罪?それとも英雄としての賞賛?あなたの望むようにすればいい、我々はその為の協力を惜しまない。」



しばし沈黙。



誰かが息を飲んだ音が、マイクを通してかすかに響く。



「それが、、、P-Archiveです。


皆様、本日はありがとうございました。」



東堂はまるで役者の様に深く一礼をすると壇上を軽やかに駆け降りる。

 


「ありがとうございました。」



そして、壇上から静かに降りた。

その背に、記者たちの問いが重なっていく。



「P-Archiveの詳細は?」



「あなたは今後どうするつもりですか?」



「本当に責任は、あなただけのものですか?」



東堂はもう振り返らない。



これが、彼の最後の記者会見だった。




 



女は廊下を小走りに進む。

心臓が早鐘を打つのは、恐怖からだろうか、それとも期待だろうか。

何ヶ月も前から計画していたこと。AIの仕組みを少しずつ学び、その脆弱性を探り、最終的には制御系を迂回する方法を見つけた。

そして一言だけ毒を垂らす、あの感情を。


それは難しくなかった。誰も彼女を疑わなかったから。

 

いつも「良い子」「素直な子」と言われてきた彼女が、こんなことをするはずがないと。


でも、それは違う。ずっと彼女の中には、この衝動があった。彼の「好きに生きろ」という言葉で、それが解き放たれただけ。


彼なら、きっと理解してくれる。




 


退任会見を終えた東堂は、裏口からそっと会場を後にした。

関係者以外立ち入り禁止の通路を抜け、エレベーターホールで一息つく。


 

ネクタイを緩めたその瞬間、足音が聞こえた。

小走りで誰かが近づいてくる。


 

「社長!」



振り返ると、そこにいたのはまだあどけなさの残る少女の面影を残した女だった。

まるで久しぶりに父と再会した幼子の様に女は駆け寄る。


 

「社長、ごめんなさい。」



東堂は目を細め、何も言わずに彼女を見つめる。



「私です。SILVER BULLET暴走させたの。」


女は東堂を見上げ、叱られるのを覚悟した子犬の様に震える。



ほんの少し目を見開いた東堂は、数舜の後納得したように頷くと女に近づく。



そしてその小さな耳元にそっと囁く。


その声は扉の向こうの喧騒に紛れ、そしてすっと吹き抜けた風に運ばれ消えていく。



女の表情は一瞬だけ揺れ、そして静かにうつむく。


東堂はその女に背を向け、ゆっくりと歩き出す。もう振り返ることはない。



その背中をうつむくのを止めた女、大崎若菜は天使の微笑みで見送る。


 


 



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