第6章 第2話 政治家になろう
「このフィクション、討論してみませんか?」
真帆は慎ましやかに礼をする。
記者たちがざわめく。
怒号、質問の手、困惑。
しかし、その全てが頭上を過ぎるのを待つかのように真帆は一礼のまま顔を上げなかった。
会場の照明が一段階落とされ、司会者が登壇する。
「続きまして、RePurge新企画に関する補足発表がございます」
その言葉を合図に、左右のカーテンがさっと開く。
だがその瞬間、
「お待たせしましたぁぁ!!!」
爆音みたいな声とともに、
ステージ下からひょっこり顔を出した男が一人。
ピンクのシャツに白のジャケット。キラキラの笑顔。
カメラを探してウィンク。
誰も呼んでないのによっこらせと言いながら壇上に登る男。
新宮誠。
「大和テレビの新宮でっす。あーさっきのドラマの配役について俺から発表がある。」
報道陣、再度ざわつく。
「えー、先ほど沢木室長から発表がありました、
未来を描く政治ドラマ。
そのキャスト、どう決める?」
真帆からマイクを受け取った新宮のガラガラ声が会場に響く。
壇上から下がり幕間に消えていく真帆を記者は見送ることしかできない。
新宮がいるからだ、この男がガラガラ言いながら大声で喚くからだ。
記者たちは機先を制され、反論を封じられ、ただ木偶のようにピンクの男のがなりを聞かされる。
「あなたの推しを、政治家に。配役投票&オーディション、開催決定!!!」
【投票!!??】
【オーディション??!!】
【どういうこっちゃ?】
「役者だけじゃない!議員・YouTuber・引退政治家・市民まで誰でも参加OK!
視聴者投票×オークションで、リアル政治ドラマのキャストをガチ決めします!!」
記者たちは何も言えない。
これはなんだ?自分たちは何を見せられている?Inovexの謝罪会見は?
新宮はがなる。
「その名も「政治家になろう!」オークション参加希望の役者さん芸能事務所、さらには一般視聴者でも舞台俳優さんでもこの役やりたい!そう思ったらオークション!チャンスはあるぜえ?」
新宮は更にがなる。
「各配役のオークション参加者が決まったら!今度は人気投票だ!厳正で平等な審査基準で金と人気どっちも持ってる奴の勝ち!!
来週収録開始!以上、新宮からのお知らせでしたっ!」
深々と礼をする新宮。
だが、彼の口元はニヤけたままだった。
新宮が深々と頭を下げたあとも、会場はしばらく静まりかえっていた。
誰もが呆気にとられ、呼吸の仕方を忘れたようだった。
その沈黙を破ったのは、記者席の後方。
おずおずと手を挙げたスーツ姿の中年記者だった。
「あの、すみません、ひとつだけ確認を。」
新宮がニコニコ顔のまま首を傾げる。
「はいはいはい、どうぞぉ?」
記者は一瞬怯んだが、思い切って質問する。
「その、政治家になろう!という番組なんですが本当に、オークションと投票で、政策テーマの配役を、決めるんですか?」
その場にいた誰もが、さすがに冗談だったと言ってくれと願った。
だが、新宮は一切迷わず
「はい、ガチです。」
ウィンク。
記者、絶句。
別の記者が慌てて食い下がる。
「で、でも、その、えと架空とはいえ、政策を扱うドラマで、そんなやり方は、煽動的というか」
「えっ!?逆だろ?逆逆!!」
新宮は満面の笑顔でマイクを握り直した。
「今までキャスティング会議で決めてたのを、今度は社会で決めるんだぞ!?
これぞ民主主義のエンタメ化!!だろ?」
記者たちの顔に走る動揺。
そして、SNSのトレンドにはすでに【政治家になろう】が急浮上していた。
報道陣がざわめく中、新宮は畳み掛ける。
「詳しくはコチラ!」
スクリーンに表示されたのは、大胆すぎるルール説明だった。
【新企画概要:『政治家になろう!』】
目的:
RePurge新企画「政策ドラマ&討論番組」のキャストを決める、視聴者参加型バラエティ番組。
キャスティング方法
①オークション方式
・各役に対して、企業・団体・個人が入札形式で競り合う。
・最高額の出資者がその役のキャスティング権を獲得。
②視聴者人気投票
・同時に投票も受付。総投票数とその影響配分は非公開。
・「人気」と「金」、どちらが勝つかは誰にもわからない。
ポイント
・参加資格は完全フリー:俳優、議員、YouTuber、一般市民など誰でもOK。
そして最後に、一文が表示される。
大和テレビは、選考に関する内訳を一切公表しません
「大和テレビは、な」
新宮が笑いながら補足する。
「ちなみにオークションに参加した方、自分の入札額を公表していただいても結構。
だが、大和テレビは何も言わない!!以上だ!!」
会場がざわつく。混乱が加速する。
【え、これどうなる?】
【500万払っても、200万のやつに人気投票で負けるかもしんないってことだよな】
【あーでも、それ負けた俳優側がさ自分の入札額発表したらヤバくね?】
【え?その場合どうなる?】
【例えば国民的女優が1000万入れて人気投票もばっちり取ってもさ聞いたこともないごり押しが勝てるかもって事じゃん?】
【でも大金払ってもそれで大根じゃ意味なくない?】
「おお、盛り上がってんなSNS。」
新宮は目を細める。記者たちはモニターに流れるSNSのやり取りを呆けたように見つめていた。
ダラス国際空港のVIPラウンジは、照明を落とした静かな空間だった。クロームメッキの柱が天井の柔らかなライトを反射し、無機質な輝きを放っている。
黒いスーツに身を包んだ男。名を呼ばれるたびに周囲が一瞬たじろぐほどの大物である彼は、グラスを片手に窓越しの滑走路を眺めていた。パソコンの画面には、刻々と変わる東京マーケットの数字。
「全く、何年ぶりの日本だろうね。」
低く呟くと、周囲のスタッフはあえて応じず黙っている。長年、彼と行動を共にするチームは、主人が独り言を呟くときこそ集中すべきだと知っていた。
少し離れたソファでは、秘書らしき女性がタブレットで最新のスケジュールを確認している。
「発着は定刻です。到着後、すぐに本社に向かわれますか?」
「いや、先にホテルへ。もう少し書類に目を通したい。」
短く返し、男は再び窓の外へ視線を戻す。遠く滑走路の向こうに陽炎がゆらめく。
搭乗案内のアナウンスが流れたとき、男はゆっくりと腰を上げた。
一口だけ残った琥珀色のウイスキーグラスを、さっとテーブルに置く。音を立てずに歩み出す足元は、決意を帯びた重みを秘めている。
「さて、ご老人はどう動くのかな。彼女のエスコートは羨ましい限りだがね。」
落ち着いた声でそう言うと、秘書やスタッフが一斉に立ち上がる。男の足取りは迷いがない。飛行機の先にあるのは、単なる会議の席ではない。
各々の正義と信念を舞う舞台を、資本の力で演出しよう。
「日本の夜は、どんな夢を見せてくれるかね。」
男はひとり、口元だけで微笑を作った。VIPゲートの自動扉がゆっくりと開き、その闇の先へ彼は消えていった。
繁華街の外れにある、小洒落たバーのカウンターにアキラと桐生が並んで座っている。
暗めの照明が、互いの表情を微妙に隠しながらも、その空気にじんわりと緊張を漂わせていた。
「そろそろ、どっちにつくかハッキリさせちゃくれないか?」
桐生がカクテルグラスを揺らしながら、横目でアキラをうかがう。
「株主総会まで時間がない。鐵角の構想潰したくはないんだろう?」
アキラはカウンターに置かれたスマホを軽く指で弾きながら、飄々と笑ってみせる。
「別に。おっちゃんに義理があるわけじゃない、けどあんたとガッチリ組むメリットも見えんしなあ。」
一瞬、桐生の眉間に皺が寄る。
「また曖昧なことを言う。俺がお前に委任状を預けりゃ、紫藤を出し抜くことだってできるんだぞ」
アキラは答えず、代わりにバーテンダーに合図を送った。新しいドリンクが静かに差し出される。
「へぇ、あんた紫藤のじいちゃんと仲良かったんちゃうん?」
「情報と、金。それが全てだろう、老いた猟犬は煮られるものだよ。」
そこでアキラは軽く手を挙げ、桐生のセリフを遮った。
「ようわからんけどわかったわ。とりあえず当日顔出すわ。」
あくまで柔らかい口調だが、その瞳は冷ややかに笑っていない。
桐生が少し間を空けてから席を立つと、アキラは手短に別れの挨拶をして背を向けた。
しょうもないやっちゃな。
アキラは桐生の顔を思い出す。
まあ色々企んどるなら付け入れるかもな。鐵角のスマートシティ構想を潰そうとするヤツらの弱点を逆手に取れる。
アキラは一気に飲み干したグラスをカウンターに置き、舌先でわずかに苦い味を感じた。黒田の存在が頭をかすめ、ほんの一瞬、苛立ちを覚える。
「ま、あんな連中よりは東堂や鐵角のおっちゃんズの方がええわ。」
スマホに視線を落とし、鉄角からのメッセージを確認して、アキラは小さく笑った。
「調整完了、感謝。」
夜の街に溶けるようにしてバーを出て行く背中はどこか嬉し気に揺れていた。
鐵角薫は動かない。知事室の執務机に肘をつき合わせた両の拳に額を付けたり離したり。
もう小一時間は繰り返している。
どうする?どうもこうもない、スマートシティ構想。その為に知事となったのだ。
黒田幸正?知るか、国政の古狸が地方にでしゃばるな。
問題は議会だ、根回しも済んでいた。大体豊後市の議会は知事与党の過半数議会だ、そうなるように仕向けてきた。
黒田幸正、そんなに怖いのか?あんな爺が、地元でもない、老い先もない。放っとけばいいじゃないか。
鐵角がそう思ったところで議会は裏切る。鐵角さん今回は、、なにが今回は、だ!
一度信念を曲げた人間は次も曲げる。曲げて曲げたらもう信念なんて無い。そういう輩はたくさん見てきた。
どうする?小一時間ずっとこうである。
金髪の若造の顔が浮かぶ。アイツは良い、若さだけか?真っすぐなのは。
いや、違う。あれが性根だ、あれが器だ。だがまだ若い。どうなることやら。
鐵角は組んでいた指を解き机の上をトントンと鳴らす。
東堂勝吾、あの男ならどうするか?鐵角は藁にも縋る想いでスマホを鳴らすのだった。




