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第6章 第1話 沢木真帆

喧騒とため息。



疲れ切った空気感の中でそこは限界寸前の膨張を迎える風船の様だった



Inovex受付には連日、無言電話や抗議の電話が殺到し、事務スタッフの声が明らかに疲れている。



「報道の自由をどう考えてるんですか?」



「AIにジャーナリズムを任せるなんて狂ってる」


怒鳴り声、皮肉、冷笑。



メールフォームには罵倒と嘲笑が押し寄せ、画面には「AIはお前らよりマシ」の文字すら踊る。





【報道にAI使うな】


【言論統制反対】



等の言葉がSNSでは踊る。



あるコメンテーターはテレビでこう言い放った。



「言論の自由を評価するなんてファシズム以下でしょう。」


別の局ではInovexの記者を呼んで公開処刑のような討論が繰り広げられ、


週刊誌の見出しには「東堂の悪意、Inovexの目的とは」と踊る。



エントランスのガラス壁には、誰かが手書きで貼った「応援しています!」の紙。


その明るすぎるフォントが、かえって社内の疲労とギャップを生んでいた。



中でも、Inovex室長、沢木真帆の席の周囲は確かに酸素濃度が少なくなっている。



パソコンのモニターには、また新たなニュース番組が炎上に言及している。


反射的にマウスを動かし、音声を切る。



うるさいなあ。ため息をつく。


それだけで肺の奥が軋むような、重い圧。



「はふう。」


誰もいない執務室の隅で、缶コーヒーを開けた。


プシュ、という軽快な音。それすらも憂鬱の音階に聞こえる。



真帆は舌打ちを我慢する、誰かが近くにいるわけではない。


だがその舌打ち、発すれば確実に耳にする者がいる、その音が聞こえたら自分ははちきれてしまう。



だから真帆は舌打ちを我慢する。

 


「これは啓発のための仕組みであって、決して統制ではありません」


記者会見で自分が言った言葉だ。誰も真意をくみ取らない。



「やっぱり、AIの方がマシじゃない。」


誰にでもなく呟いた声は、空気の中でかき消えた。


怒っている、というより、呆れている。


理不尽な言葉が、無理解が空気を染めていくこの世の中に。



だが、それでも。


真帆は嵐の中心で、無言のまま前を向いている。



お仕事ですからねえ。


真帆はもう一度だけため息を吐くと自分のデスクに歩いて行った。







高級そうな内装に薄暗い照明。

 

乾いた室内に香る香水の香り、静かに会話が続く。



「で、あの男はどう動く?」



「黙って見てるのが、あいつの癖だったけどね。」



「しかし、そうさせたくないんだろ君は?」



「その為にあなたに、会いに来た。」


少しの沈黙、乾いた空気が鼻腔をくすぐる。


どちらからともなく立ち上がる音。



「で、場所は?」



「ダラス。」



「全く田舎者はこれだから。」


両手を上げていかにもなジェスチャーを取る男。



私はその姿に少し微笑を浮かべる。


重たいドアの開く音。


足音が遠ざかり、静寂が戻る。




 




「で、株主総会、近いっすね。大和テレビの。」


スタッフの言葉に、アキラは返事をしない。


椅子に深く座り込んだまま、リモコンでテレビを切り替えていた。


時刻はAM01:00を過ぎている。画面にはInovexの報道、スコア制度の是非、世間の反応。



「じゃ、そろそろ失礼しますね。データだけ送っときます。」


パタン、とドアの閉まる音。

それきり、部屋の中は急に静かになった。



アキラはひとりになった室内で、コーヒー缶を開けた。


プシュ、という音が妙に響く。



「株主総会、ねぇ」


アキラは呟くと豊後でのやり取りを思い出す。



「お前友達として今来てるのか?それともこれはビジネスか?」


あの言葉が、ふいに蘇った。

 


仲のいい筈の社長だった。名刺も、肩書きも、立場も全部忘れて付き合おう。


そう言ってくれていた人だった。



「お前が友達として頼むなら俺はいくらでも助けてやる、金だってやる。でもこれは違うんだろ?」



びっくりしたし、少しムカついた。



アキラは目を閉じたまま、ゆっくりと息を吐く。


そして、口の端をわずかに上げた。



「俺は学習できる男やで?」


目を爛々とさせたアキラはスタッフ全員を呼び出すためにスマホを手に取るのだった。








その書斎は、まるで時を刻むことを忘れた空間の様だった。



紫藤邸の離れにある場違いな洋館。


その風変わりな洋館の一室にある書斎の壁一面には革装丁の書籍がぎっしりと並び、そのほとんどが埃ひとつなく手入れされている。


天井から吊るされた小さなシャンデリアが注ぐ控えめな灯は琥珀色の光で空間を彩る。


重厚な絨毯は音を吸い込み


室内に響くのは、どこかで流れるクラシックの旋律とゆっくりと琥珀色の液体をグラスに注ぐ音だけ。



紫藤英治は、奥の革張りの椅子に深く腰を沈めていた。


右手にはバカラのグラス。左手には一冊の本を持っているが、読んでいる様子はない。


背筋は伸びたまま微動だにせず、

あたかもこの部屋のすべてが彼の呼吸と同調しているようだった。



ノックの音が控えめに響く。



「入り。」


応じる声も、視線も動かさずに。


桐生一貴が、ゆっくりと扉を開けて中に入る。



「夜分に失礼いたします、会長」




「夜遅うに来る客はろくなもんやないんや。」


紫藤の声は低く、乾いている。

だが、そこに宿るのは年齢ではなく、圧力だった。


桐生は淡く笑みを浮かべ、丁寧に一礼する。



「確かにろくでもない話かもしれませんが私がではありませんよ。」


紫藤は、グラスをひと口傾けた。

視線はなお、グラスの中の琥珀を見つめたまま。



「黒田はんか?お前犬になったんか。」



「会長、私に鎖を繋いで頂けますか?」


桐生は一歩だけ前に進む。


微細な動きだが、部屋の空気がわずかに揺れた。



「そないにまでして勝ちたいんか?」



「ただ勝つのでしたら私一人で十分です、それは今でもそう思います。しかし東堂は場を荒らし過ぎました、ただ勝つのではもはや足りません、盤石の勝利。そのためには私の首に何本鎖が絡まろうと厭うつもりは御座いません。」

 


紫藤が、ようやく視線を上げた。



目が合う。数秒の沈黙。



「振りほどけるっちゅうんかいな、お前と言い、東堂と言い舐めてくれるもんやで。でもまあなあ、東堂にも1回貸し付けたったしなあ、回収してもええかもな。」



「恐れ入ります」



紫藤は立ち上がらない。だが、グラスを机に置いた。



「あんまり跳ね過ぎたらぱくっといくど、て。東堂には言う立ったことあんのになあ。」



紫藤は目を細め愉快そうに、嗤う。








白い光に包まれた会見室は、報道陣のざわつきとシャッター音で満たされていた。

誰もが謝罪を予期している。その空気は、目に見えないほど濃かった。



壇上に立つ沢木真帆は、その空気を正面から受け止めながらも、何一つ表情を崩さない。



「本日は、Inovex内報道機関監視機構による中間報告を発表いたします」


第一声は淡々としていた。


スクリーンには、視聴者からの信頼度・感情傾向・論点の偏り分析といったグラフや数値が並ぶ。



「導入以降、対象となった報道機関における「論点提示率」「構成の一貫性」はおおむね安定しており」



説明は続く。どこまでも冷静で、どこまでも丁寧。


だが、報道陣の表情は明らかに不満げだった。



謝罪じゃないのか?



釈明しないのか?



こんな報告受けなくても発表してるじゃないか。



手が挙がりかける。質問したくて仕方がない記者たちの視線。



だが、真帆はそれを静かに遮る。



「ご質問は後ほど、個別にお受けいたします」


会場に、わずかなざわめきが走る。


それすら無視するように、真帆は次の話題に入った。



「なお、Inovexより、新番組の改編についてご報告があります」


 一拍の間を置いて、彼女ははっきりと告げる。



「今後、RePurgeにおいて、社会啓発型の連動企画を実施いたします」



報道陣が再びざわめく。



しかし真帆は言葉を止めない。



「第1部では、政治課題を主題としたドラマを放送いたします。そしてその直後、RePurgeの第2部として、各テーマに基づいた討論番組を放送します。」



その言葉に記者たちの脳裏にはいくつもの疑問符が浮かぶ。

 


しかし真帆は言葉を止めない。



「本ドラマのテーマは、「2045年までに社会を立て直す」という、現実的かつ未来志向の政策提案を軸とします」



そう前置きして、真帆はスクリーンを切り替えた。



そこに表示されたのは、ひとつの言葉。



《二〇にーまるたい構想》




「このドラマはフィクションです。


そしてこのドラマのテーマは超高齢社会の構造、税制度の限界、そして時間という資源の使い方です」



スクリーンには、人口ピラミッドと高齢化率の推移が示されていた。



「今、65歳以上の方は日本人口の3割近くを占めています。

ですが、あと10年経てばその多くが75歳以上となり、20年後には85歳以上。

今の65歳以上は、2045年にはほとんどがこの世を去っているでしょう」


 

会場がざわつく。


しかし真帆は言葉を止めない。



「つまり、日本社会にとって最大の重圧である高齢化構造は、時間とともに緩和していく構造を内包しています」



そして次のスライド。



《2045耐久投資構想(仮)》



「このドラマでは、架空の政権が20年間限定での非常手段として、未来返済型の国債を大量発行し、社会保障と景気対策を同時に行います。

消費税は10年間ゼロ。経済を底上げし、民間の自走力を取り戻す施策です」



「ただし、この政策は先送りではありません。

未来でツケを払うのではなく、未来の構造変化を見越して、今を持ちこたえるための戦略的ブーストです」



会場内の空気が騒然とする。



なんの話だ。



そんな話が聞きたいんじゃない。



謝罪はどうした。





しかし真帆は言葉を止めない。




「その代わり、今の高齢層には老後の保障を最大限提供する。

医療も介護も、孤独も、生活も国が責任を持つ。

ただし、その上で一歩、引いてほしい」



ざわりと音がする。



「投票権の放棄を求めるわけではありません。

ですが、この社会を形作ってきた世代の政治家たちは、そろそろ責任を取るべきではありませんか?」



はっきりと、でも穏やかに。

真帆は言葉を止めない。 



「この国の“未来”は、今を生きる若い世代に託されるべきです。

そのための“時間稼ぎ”が、今必要な政治であり、

それを問うのが、このドラマの主題です」


 

めちゃくちゃじゃないか。


 

「また、視聴者は専用アプリを通じて匿名で意見投票が可能となり、結果は社会的データとして蓄積されます」



ふざけるなと怒号が聞こえる。



反省してないかと罵声が聞こえる。



こんなのは扇動じゃないかと呆然とした嘆きが聞こえる。





【これってドラマの話だよな】



【観てみたいぞ】



【テレビ見てると馬鹿になるよ】


 

涼やかに髪をなでるように。

真帆は言葉を止めない。


 

「この「フィクション」討論してみませんか?」



真帆は慎ましやかに礼をする。




 


社長室、誰もいないその部屋で真帆の会見をモニターで見ていた東堂が、ふいに肩を震わせる。



 


「ぷっ、あっはっはっはっはっは!!最高だ!!ふはっあはっ!!」


ソファを叩きながら、腹を抱えて笑い転げた。







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