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第5章 第3話 独断

襖が静かに閉じられると、部屋の中は一層の静寂に包まれた。




薄明かりの中、紫藤は膳の前で盃を傾けている。



障子越しに揺れる灯籠の影が、彼の皺深い横顔をぼんやりと照らしていた。



桐生は座布団の上に膝を折り、紫藤の向かいに静かに座る。



「そろそろ東堂を降ろす頃合いかと」


紫藤は盃を口元に運び、ひと口含んでからゆっくりと置いた。




指で徳利の表面をなぞりながら、僅かに口元を綻ばせる。



「なんで?」



「何故とは何故です?会長。」


紫藤は、白磁の盃を軽く揺らした。



酒が波紋を描く。



「わし、お前嫌いやねん。」



「好き嫌いでビジネスをされるお方で無いのは存じ上げているつもりですが?」


紫藤は小さく鼻を鳴らし、膳の横に置いてあった煙管を取り上げる。



火を入れ、紫煙をふわりと吐く。



「まあ、東堂もそない好きなわけやないしなあ。」


桐生の眉がわずかに動く。



「つまり?」


紫藤は煙をゆっくりとくゆらせ、笑うでもなく、怒るでもなく、ただ薄く口元を綻ばせる。



「まだ、保留中こっちゃ。」



桐生が浅く頭を下げると、紫藤は再び煙を吐いた。



「競争しい、競争してな必死になったらわかるんや。」



桐生の目が僅かに鋭さを増す。何がとは聞かない、聞いても意味のないことを聞かされても無駄だ。



彼は静かに息を吐くと、ゆっくりと姿勢を正し、深々と頭を下げた。



「失礼しました」



紫藤は何も言わず、再び盃を手に取る。




桐生は静かに立ち上がり、襖を開ける。


最後に一度だけ振り返ったが、紫藤はもう桐生を見ていない。




ただ、膳の上の白磁の盃に残った酒を、うっとりと見つめているだけだった。



高級住宅街にある紫藤の屋敷。

床の間に飾られた掛け軸と、ほのかに香る線香の匂い。



静まり返った書斎の奥で、紫藤は湯呑みを傾けていた。


机の上には筆と半紙。硯の水が揺れる。



そして、そんな静寂を破るように、電話の呼び鈴がなる。



紫藤はゆっくりと受話器を取る。



「黒田先生」


電話の向こうから、低く抑えた声が響く。



紫藤は、ただ黙って受話器の向こうの声を聴く。



「鐵角?ああ、豊後の、はいはい。」


紫藤は軽く笑い、湯呑みを置く。



「潰しますか。それはそれは、因果ですなあ。」


紫藤は筆を取り、さらさらと何かを書き始める。



「そうですか。」


紫藤は微かに笑い、筆を止める。



「親子揃うてですか、いやいや歳取ると口もかるうなりまっしゃろ。すんまへん。」


電話が静かに切れた。



そない怒らいでも、あんたさんが鐵角の梵まで潰す言うさかいやないの、まあしゃあないわな親子揃うて難儀やからな。



紫藤はなれぬ手つきでスマホを触る。




便利なんやろけどな、わしは人使う方が楽やわ、なあ桐生。






夜の繁華街。雑居ビルの一角にあるバーの奥、静かなボックス席。



アキラはカウンターに肘をつき、手元のグラスを軽く揺らしていた。



向かいには桐生。姿勢を崩さず、盃を回しながら、穏やかな口調で話し始める。



「いい話がある」


アキラはグラスを置き、片眉を上げる。



「あんたのええ話ってどうなん?」



桐生は盃の縁を指でなぞり、静かに続ける。



「豊後でネタがある。」



アキラの手が止まる。



「なんの?」



「姫兵と同じだ。これでわかるか?」


桐生はアキラに試すような物言いで挑発する。


アキラは薄く笑い、氷を転がす。



「わかるで、最近勉強したからな。既得権益やろ?」



桐生はふっと笑い盃を置く。そして静かに言葉を続けた。



「鐵角のスマートシティ構想、どうも闇がある。」



アキラは軽く首を傾げ、グラスの縁を指で叩く。



「ふうん、それが俺に何の関係があるん?」



「お前がそれを暴いてこい。」


桐生がアキラに指示を出す。



「そんな大きい話自分でやったらええやん。手柄なるで。」



「大手メディアはそう簡単に動けない。」



アキラはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめる。



「俺簡単に動けるみたいに言うやん。」



桐生の目がわずかに細まる。



「違うのか?」



アキラはグラスを回しながら考えた。



「興味沸いたらな。」



「桜井恵梨香。」



アキラは短く息を吐く。



「なんなん?話してみいな。」






電車の揺れに身を預けながら、アキラは窓の外の流れる景色をぼんやりと眺めていた。



都会のビル群を抜け、次第に田園風景が広がっていく。

手元のスマホには、収集した資料がいくつか並んでいる。




「豊後スマートシティ構想」

「ソウルゲイト 出資企業の影」

「鐵角薫 豊後県知事 元銀行員」



桐生が持ちかけた話。




「闇がある」


と言われても、まだピンと来ない。



アキラはスマホをスリープにし、シートに背を預けた。



「ええことあったらええけどなあ。」


静かに独りごちると、車窓の向こう、夕焼けに染まる豊後の街が近づいてくるのが見えた。


アキラが豊後に降り立つと、何とも言えない甘い香りが鼻腔をくすぐる。



駅のホームにまで香るブドウの匂い。アキラは鼻がムズムズするような奇妙な感覚で駅の改札をくぐった。



「甘い町なんかあ。」


アキラは街行くカップルに手を振り答えながら豊後の街を歩く。




同じ関西、どこか地元姫兵に似た空気に少し気持ちも軽くなる、どうも胸は甘ったるいが。


さてさてどこかいなと。話しかけてきた若者を道案内につれられ来たのはどこの町にもあるチェーン店の居酒屋。



その奥の個室の座敷に案内されるとアキラは黙って室内に滑り込む。



「あら、待たせてもうたかな?」



「大丈夫だ。1時間も2時間も変わりはせん。」


1時間と2時間は違うやろ、そう思ったアキラだが待たせたのは自分なので黙って座る。



「なあおっちゃん?」



鐵角は盃を置き、アキラをじろりと睨む。



「まだ47だ。おっちゃんではない。」



アキラはふっと笑い、肩をすくめる。



「まだて、まあええわ。おっちゃん悪もんなん?」



「ほう」


鐵角は少し口元を歪めアキラを見つめた。






その部屋は高層ビルの最上階に位置し、広い窓からは都会の風景が一望できる。


外には、夕暮れ時の街並みが美しく広がり、ビル群の隙間から見る空は、柔らかなオレンジ色に染まっていた。



室内は落ち着いた色調の木製の家具が並べられ、大きなデスクの上には資料が整理整頓されて置かれている。



真帆がその空間に一歩足を踏み入れると、静かな緊張感が漂っていた。




「失礼します、社長」



と、真帆が声をかける。



東堂はゆっくりと顔を上げ、資料に目を通してから静かに言った。



「ああ、沢木君かどうした?」


東堂は顔を上げ真帆を確認すると、資料を手に取りながら話を続けた。



「お疲れ様です。コーヒー淹れましょうか?」


真帆は自分の分のコーヒーを淹れながら東堂に確認する。



東堂は真帆に礼を言い問いかけた。




「SILVER BULLETの評判はどうだ?」



「概ね好評ですよ。いつ点けても今どこかで起こってるニュースが手に入り続けるんですから垂れ流すには一番いいんでしょうね。視聴時間の長さは平均を大きく超えています。」



真帆は冷静に答える。



東堂は一瞬黙った後、低い声で言った。




「ふむ、情報の垂れ流し。うまく機能し始めているな。悪い方の評価は?」



真帆はしばらくデータを見つめた後、頷きながら言った。




「やはり、生理的な嫌悪感ですね。特に人に寄せたモデルが不評です。」



東堂は顎の下に手をやり考える。




「ふむ、成程な似ているが故に些末な違和感が気にかかるか。それならいっそと言うことか。」



「そうですね、ドラム缶の方が好かれてますね。社長少しいいですか?」



東堂は真帆の疑問に反応する。




「どうした?」



真帆は素朴な疑問を問う。



「何故AI報道に注視されるんです?確かに有益ではあるかもしれませんが未だこれを推し進めるメリットが正直私にはわかりません。」



「慣れと警鐘、だな。」



東堂はつまらなそうに答える。



「慣れと警鐘?慣れはまだなんとなくわかる気もしますが。」



「そうだな沢木、AIの凄さとは何だと思う?」



凄さ、真帆は少し考え込み応える。




「演算能力、継続能力、そしてコスト。ですかね。」



東堂はその言葉に頷き、




「その通りだ。どんなに人のように振る舞おうとも会話しようとも、奴らは計算機だ。つまり論理的思考を延々と続ける機械でしかない。」


と静かに続けた。



「だから慣れてないといけないんだよ。」


東堂は窓の外を眺め、遠くの街並みを見つめながら言った。その言はため息とともに零れたように真帆には聞こえる。



「では警鐘とは?」



「延々と問いに論理で答えてくれる乳母を得た子供はどう育つと思う?」


東堂は悪戯な表情を浮かべ真帆に問かける。



「え、どうですかね?賢い子?」



「論理の化け物だよ。」


東堂はそう答えるとコーヒーを一口にした。



論理の化け物、子供が。理屈っぽいのか、それは。



「可愛くないですね。」


真帆はそう答える。



東堂はその返答に少し驚いたように目を開くが、少し微笑む。



「そうだな、可愛くないな。」


そう、答えた東堂は自分の執務机から資料を抜き出し真帆に渡す。



受け取った真帆は、はあと息を溢す。



「いよいよですか。」



「そうだな、その為のInovexだ。準備は万端か?室長。」



「出来てますよ、仕事ですから。」



東堂はその真帆の返事に笑みを深める。



「記者会見はいつだ?」



「再来週の月曜の予定です、出ますか?変わりますよ。」



「Inovexは独立機関だ、俺は預かり知らんよ。」



「バレバレですよ?」



「お前の独断だ。報道機関監視機構、思い切ったな。」


東堂の返答に沢木真帆は息を漏らしながらこくりと頷く。



「かしこまりました、機構の理念システム、運用方法。全て10日後の記者会見で発表させて頂きます。承認宜しくお願いします。」


真帆は書類の束を東堂にお辞儀と共に差し出す。



東堂はそれを受け取り印を押す。



報道機関監視機構


Inovexの役割が明確になる。





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