第5章 第2話 松岡康二
控え室のテーブルには資料と飲みかけのコーヒーが散らばっている。
カメラチェックや進行の確認が行われる中、アキラ、玲奈、若菜の三人は番組のテーマについて話していた。
若菜が資料を確認しながら疑問を口にする。
「今度の特集は慈善活動をしている人たちを繋ぐ企画なんですけど。そもそも、慈善活動って、どういう人が向いてるんでしょう?」
「うーん、エリカチンみたいな人?」
玲奈が何の気なしに口にする。
一瞬、空気が止まった。
「いや、向いてないやろ。」
アキラは苦笑いしながら、コーヒーを口に運ぶ。玲奈と若菜は意外そうな顔をする。
「え? そうなの?」
玲奈が意外そうに聞き返す。
「いや、あの人は別にそういうのが目的で動くタイプじゃないし。」
アキラが何言ってんだという顔をする。
しかし若菜も意外そうな反応で、
「でも、投資とか事業とか、いろいろ手広くされてませんか?」
「それは儲かるからやってるだけやろ。ボランティア精神とかとは別や。」
「なるほどねえ」
玲奈は頷きながら、それでも何かひっかかるような表情を浮かべる。
「でも最近、エリカチンって何してるの?」
「さあな。最近海外行ったりで話せてないんだよなあ。」
それを聞いた若菜がふと呟く。
「移住とか、考えてらっしゃるんでかね?」
「どうなんかなあ、まあそれならそれで遊びに行けるしええけどな。」
アキラは興味もなさそうにするがそれでも返答する。
「あ、またこの気持ち悪い番組や、消せ消せ。」
「あんたホントにAI番組嫌いねえ、いつでもニュース流れてるし意外と好評なのよ、SILVER BULLET。」
玲奈はそう言いながらもアキラの要望に応えモニターに映るチャンネルを変えてやる。
「男性はこういうの好きそうな感じですけどね。」
若菜も嫌がるアキラを不思議そうに見やる。
「あかんねん、なんか知らんけどあの番組気持ち悪いねん。俺もロボットとかアニメとか嫌いやないけどなんか気持ち悪い。あのAIのキャスター出てきたらゾワワワってなんねん。」
アキラは両肩を上げ寒そうなリアクションをとる。
「意外と感性が爺なのかもねあんた。」
玲奈が憐れむようにアキラに言う。
「なんでやねん。」
アキラが玲奈に返す。
その光景を見ながら若菜は画面の消えたモニターを眺めていた。
大和テレビそばの高級ホテルのラウンジで松岡は静かにコーヒーのカップを傾けた。
窓の外、夜の街が広がっている。何度も使ったラウンジだ。
かつては、この景色を見下ろすたび、自分の力を誇らしく思っていた。
「神木、あの世で笑っているか?」
誰に言うでもなく、呟く。
あの日から何年が経っただろうか。
俺たちは、テレビを魔法の箱と信じていた。
だが、いつの間にか神木は死んで、俺は道を誤った。
いや、時代が変わったのか。
そして、ついに俺も画面の外へ。
「いつまでもメインキャストじゃいられない、まあ長居しすぎたのか。」
コーヒーの湯気がゆっくり消えていく。
松岡は小さく息を吐き、スマホを手に取って眺める。
「さて、最後にもうひと暴れ、いや。せめて顔くらい拝んでやるか。」
神木の命日だ、東堂を呼び出す理由にはなるだろう。
「なあ神木。」
松岡は光る街並みに少しだけグラスを掲げる。
社長室のソファに深く腰掛け、東堂はタブレットを適当にいじりながら、向かいのソファでダラけているアキラをチラリと見た。
「なあ、お前最近働いてるか?」
「いや、あんまり東堂さんこそ仕事してます?」
「まあまあ、だな。」
「じゃあ、俺もまあまあですね。」
二人はどうでもいい話をしながら、まるで仕事をする気がない。社長室の空気はゆるい。
そこへ、ドアをノックする音が響いた。
「失礼します!」
入ってきたのは玲奈だった。手にはスマホを握っている。
「お久しぶりです東堂社長、松岡さんからメッセージが届いてます。」
一気にいう玲奈。
東堂は眉を上げた。
「なんだ?」
「神木の命日だ。少し話そう、だそうです。」
一瞬、室内の空気がわずかに変わる。
「神木さんか。」
東堂はぽつりと呟き、ソファから立ち上がった。
「それじゃ行くか。」
「おっ、じゃあ俺も行こ。」
アキラが軽く伸びをしながら立ち上がる。
玲奈は少し驚いたように二人を見たあと、考える間もなく言葉を口にした。
「私も行きます。」
東堂は特に何も言わず、ただ頷く。
窓からは夜景が見下ろせるが、かつての松岡が好んだ重厚感あふれる場所とは少し違う。
松岡は無言で夜景を見つめている。
細く煙草をくゆらせ、ゆっくりと手を開く。
それは掴んでいたものを床へ落とすかのように、ゆっくりとそれでも慎重な動きだった。
東堂を先頭にアキラ、玲奈と続きラウンジに入ってくる。
「おう、お前ら遅かったな。先にやってるぞ。」
そう言いながら松岡は杯を掲げて見せる。
「おっさん、もしかしてこれって爺の飲み会かよ。」
アキラが遠慮なく席に就きワインを頼む。
玲奈は普段とは違う松岡の様子に面食らいながら会釈して席に着く。
「松岡さん、どうされちゃったんです、その感じ。」
松岡は玲奈をちらりと見て、薄く微笑む。
「ああ、お前にも見届け人になってほしかっただけさ。お前のことは嫌いじゃなかったぞ、桐山。」
付き合いも短く、彼女は敵のつもりだったろうが松岡にとっては敵ではない。
良く吠える子犬の様なものであり、最後の部下でもある。
玲奈は松岡のその言葉に驚く。
「え?」
松岡は返事をせず、視線を東堂に向ける。
「で、東堂。神木の命日だ。あいつならこう言うだろう、おまえらスマートじゃねえなってな。」
東堂は松岡の言葉に笑う。
「ああ、言うでしょうね。でもたぶんこうですよ「お前相変わらずサボってるな」ですよ。俺にはその程度でしょうが、あなたにはもっと手厳しいでしょうね。」
松岡は東堂のその言葉にふっと笑う。
「そうかもな。俺たちは昔、神木と視聴率三冠を目指そうって息巻いてたんだよ。
あいつは本気で正義と視聴者を信じてて、俺は裏で根回しばかりしていた。結局達成した時にはあいつは石の下。俺はこんな体たらくだ、それでも守りたかったがな。」
「ふうん、まあ、ビジネスってのは結果がすべてじゃね?」
松岡はぎろりとアキラを睨むがその眼光はすぐに緩まり、
「そうだな。結果がすべてだ。そして因果ってのは巡るぞ?」
松岡の言葉は静かでゆっくりしたものだった。
それでもその言葉がフロアに染み渡るまで他に声を発するものはいなかった。
「松岡さん、あなたはわかってたんでしょう? ここで終わることを。」
東堂は自らのグラスを眺めながら言う。
松岡は苦笑して答える。
「手は尽くしたよ。お前の勝ちだ、まさか神木の弟子が俺より汚い手を使うとはな。」
「自分が汚いって自覚あるんだ」
玲奈が呟く。
松岡は少し目を見開いて言う。
「あほう、桐山お前は少し礼儀以外も学べ。綺麗も汚いもお前のフィルター通して綺麗にしちまえばいいだろうが、お前の好きな東堂社長はやってんだろうが。せっかく素質あんだから化けてみろ三回目。」
絶句する玲奈をよそに松岡は言う。
「それとな、東堂。最後に言っとくぞ。」
「なんでしょう。」
「お前は神木の弟子だが、神木にはなれん。なる必要もない、今のお前は神木より強い。
だがな、神木の強さはブレない強さだ。お前は今回の件でブレた、使うなよ溺れるなよ、その力。便利で強い魅惑の力だ、俺は溺れた。」
松岡は席を立ち、煙草を灰皿に押し付ける。
「じゃあな、俺はもう行くわ。明日から忙しくてな、身辺整理しなきゃいけない。神木の墓参りもしてくるとするか。」
「そっか、いってら。じゃあね、おっさん。また暇になったら配信でも来てよ。」
アキラがニコニコ笑って手を振る。
「小僧、お前は、いやいいわ。お前にワシの言葉は届かんな。そのまま伸びてどこまでいける?」
「うん?知らね、もしつっかえたらやり方変えりゃいいじゃん。おっさん頭堅いんだよ、だから負けたんじゃないの?あ。痛っ」
あ、あんたちょっとは敗者に気を使いなさいよ、小声で玲奈がアキラを叱る。
「は!いいな小僧、成程お前の強さは柔らかさか、成程最強だ。」
楽しそうに笑う松岡。
「東堂、お前も俺らみたいになるぞ。あがいてみせろ。」
「俺はあんたたちとは違いますよ。松岡さん。」
東堂派仏頂面で答える。
「なんだその顔は。まあそうだといいがな、俺はどっかで眺めといてやる。まあ桐生に気をつけろよ。」
松岡はそう言い残すと背を向け去って行く。
「なんか、切ないですね...」
玲奈がその背を眺めて呟く。
「うん、でも、しゃーなし!」
「実際ヤバかったんだろ?」
アキラが松岡の背中を見ながら東堂に言う。
「まあな。」
東堂がつまらなそうに答える。
「社長どっかでご飯食べません?」
玲奈が目をキラキラさせながらおねだりする。
3人は連れ立って夜の街へと繰り出すのだった。




