序章
神は、生贄を選ぶ。
化け物は、ただ待っている。
肉を裂かれ、心を焼かれながらも、まだその眼に光を宿している。
彼はまだ、屈してはいない、だからこそ選ばれる。
折れぬから、膝をつかぬから。
首を垂れぬ獣には鎖を、飼いならしやがて食らうまでの刹那。
「東堂で十分でしょう。」
会議室にこだまするその声は、契約の印。
白いテーブル、沈んだ照明、カーテンの隙間から差す午後の陽。
静謐な空間に、名が、投げ入れられた。
「そうですね。わざわざ他を探すほどの話でもない。」
こ
椅子が軋む。背広の擦れる音、カップを置く音、
そのすべてが罪を共有する者たちの静かな儀式に思えた。
「しかし、あの男は神木の右腕だった男だぞ?」
「それが何か? 神木は奴を捨てた。我々が拾って捨てるには、丁度いいでしょう。」
「つまり、道具として扱うなら問題ないと?」
「その通り。」
「使い捨てですな。」
同意の声が、無感情な波のように重なった。
「では、東堂で決まりですね。」
「賛成。」
「賛成。」
「異議なし。」
そして、最後に問われる。
「会長も、よろしいですね?」
全員の視線が、一点に集まった。
会長と呼ばれた男は、黙っていた。
長い沈黙。
その背筋から、空気が凍るような気配が漏れ出す。
やがて、彼はゆっくりと西の言葉で許容する。
「それでええ。」
それは裁定。
火刑の鐘が、静かに鳴る。