【第68話 お母さん】
こんにちは。
御覧いただき、ありがとうございます。
舞台原作「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」
是非、お楽しみ下さい。
咲良ちゃんの手を引き、おばさんの場所まで走った。
勇気を出すのはとっても大変で、その一歩がなかなか出ないんだ。
でも、だったら、俺がその一歩になるよ。
俺が背中を押すよ。
近くまで行くと咲良ちゃんはおばさんの元に駆け寄った。
「美希さん!」
咲良ちゃんがおばさんを抱き起こし呼びかける。
ギギギと空が歪んだ。
「空間が崩壊します」オモイの言葉を思い出した。
息も絶え絶えにおばさんはゆっくりと咲良ちゃんの方を見る。
何年ぶりのお母さんの温もりだろう。
何年ぶりに声を聞いたのだろう。
もっと甘えたかっただろう。
もっと叱って欲しかっただろう。
もっといっぱいお喋りしたかっただろう。
今自分の手の中で最愛の人が消えようとしている。
「……あなた達は……どこかで会った事があるかしらね」
「美希さん! 美希さん!」
咲良ちゃんは何度も何度もおばさんの名前を呼んだ。
今、その腕で抱きしめているお母さんが消えてしまわない様に。
「私の名前をさん付けで呼ぶのは、うちの旦那くらいなものよ」
「美希さん!」
「そぅ……そうなの。……頑張ったね」
おばさんの顔が優しくほころんだ。
気付いたんだ。
自分の娘が、時を超えて今こうして会いに来た事を。
「おばさん……」
「こんなに大きくなっちゃって」
ギギギ……!
さっきよりも強く空の歪む音がした。
空がさきほどよりも早く渦巻いて空間が崩れ始めた。
「ごめんね。卒業式も入学式も……見に行けそうにないや」
そう言っておばさんは力なく笑った。
「美希さん!」
「高校生になったのかな? おめでとう」
力を振り絞りおばちゃんは、咲良ちゃんの頬に優しく触れた。
咲良ちゃんもお母さんの手を握り返す。
「美希さん!」
「ねぇ、わたしの娘の話聞いてくれる?」
「うん! 聞くよ! わたし聞くよ! 美希さん!」
空間の崩れが少しだけ遅くなった。
「咲良って言う名前の娘なんだけどね、花が咲く、良い。って書いて、咲良って読むの」
突如激しい痛みが襲ってきておばさんは咳込んだ。
刺された場所を強く押さえて堪えている。
「美希さん!」
「意味があってね」
再び、おばさんは強く咲良ちゃんの目をしっかりと見て話し始めた。
咲良ちゃんに伝えたい事を、今おばさんも必死に伝えようとしてるんだ。
「咲って、笑顔って意味もあるの。あなたの人生がいい笑顔で溢れますようにってね、願って付けたの。だからね、咲良には沢山沢山笑って欲しい」
安心させる様に、とても穏やかに笑って見せた。
「美希さん! 私笑うよ、いっぱい笑う! 沢山、笑うから!」
咲良ちゃんは大粒の涙を流し、おばさんに話しかけた。
おばさんの手を両手でぎゅっと握りしめる。
「そう、よかっ……」
おばさんは柔らかな笑顔を咲良ちゃんに向け、目を瞑った。
咲良ちゃんが握りしめていた手は力を失いゆっくりと滑り落ちた。
おばさんは最後の最後まで咲良ちゃんに沢山の愛してるを伝えてくれた。
咲良ちゃんも、お母さんの手を握る事が出来た、会う事が出来た。
その命が消える最後まで咲良ちゃんもおばさんに大好きを一生懸命伝える事が出来たんだ。
お母さんを抱きしめ、手を強く握り泣いている。
咲良ちゃんが何かを喋ろうと一生懸命に口を動かし、声を出そうとしている。
「お……お……」
お母さんって言おうとしてるんだ。
今、その手で抱きしめてる最愛の人に、お母さんって。伝えようとしてるんだ。
「あ、あぁ、……おか……お……か……おかあ……お母さん」
言えた。
咲良ちゃんが心を閉ざし、感情を無くし、人を愛称で呼べなくなってから初めて、お母さんって呼んだ。
それから堰を切ったように咲良ちゃんはお母さんを何度も呼んだ。
何度でも何度でも。ずっと言えなかったお母さんを今、その腕に抱いて。
「……お母さん……お母さん……お母さん! お母さん! お母さん! お母さん! お母さーん!」
この耶志眞町中に届く程、大声でお母さんを叫んだ。もう決して届かないお母さんを。
空気が吸い込まれていく音がする。
辺りが少しずつ輝き光り始めた。
時が戻ろうとしている。役目を終えて。
「時が戻る。咲良ちゃん、戻ろう。未来に。僕らは、未来を生きよう!」
俺は咲良ちゃんの手をまた強く握った。一緒に帰ろう、未来に。
完結するまで毎日18時に更新されますので
楽しみにお待ちいただければ幸いです。
2025/06/08までに「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」は完結します。
全部で4部作ありますこのシリーズ。
恐らく全てがラノベ化されると思いますので
そちらも合わせてお楽しみいただければ嬉しく思います。
応援の程、よろしくお願い致します。




