【第6話 俺だけに無い過去の記憶】
こんにちは。
御覧いただき、ありがとうございます。
舞台原作「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」
是非、お楽しみ下さい。
俺を除く2人の足取りは軽かった。金城に至っては歌を口ずさみながら石段を登っている。神社への道のりが永遠に見える。いや一応ゴールの鳥居は遠くに見えてるんだよ? とは言えね。俊介は息が切れてないけど死んでるの? 機械なの? 何なの? 帰宅部の俺はそんな体力持ち合わせてないよ、マジで。
「着いた~!」
金城の弾む声が少し上から聞こえてきた。どうやら第一陣は目的地に到着したようだ。
俊介が優しい微笑みでこちらを見ている。仲間にしますか? はいorはい。そして負ぶってもらおう。引き返してまで負ぶってもらおう。
まさしく奥歯を噛みしめ頂上へと到着した。噛み締め過ぎてアイスの棒が竹箒みたいになってる。
「あ、またアイスの棒噛んでる! 危ないから止めなさいってば!」
「あと単純に品が無い」
待てよ金城・俊介。俺は今お前らの相手をするほど元気はない。そもそも思春期真っ盛りの高校2年に品を求めるんじゃねぇ。ほっといてくれ。俺はこのガリガリしたアイスの棒を噛むのが好きなんだよ。
「なあ、お前アイス2本続けて食う事ある?」
俊介が唐突にアホな質問をぶつけてきた。馬鹿め。お前は俺の幼馴染でありながら何も分かっちゃいねぇな。俺は食った後のアイスの棒を最低でも1時間は噛み続けるんだぞ? アイスの棒噛み続けるギネス記録があるのなら俺は優勝するだろう。優勝とかじゃないけど。
「昔くわえたまま転んで彩夏ちゃんに助けてもらった事あったろ? ちょうどあの鳥居らへんで」
「へー」
覚えてないな。
「すごかったんだから!」
金城が興奮気味にかつ、何故かドヤりながら話し始めた。
「私すんごいこの世界がスローモーションに見えたんだから!」と金城もスローモーションで動いてみせる。
「いや、むしろあれは時が止まってたね」ふふん、と鼻を鳴らし「でも誰も信じてくれなかった!」と言って膨れてみせた。
いや、膨れられても覚えてないものは覚えてないのだから仕方があるまい。俊介は若干ばつの悪そうな顔をしているからこいつは信じてくれなかった側だな。
「記憶にねぇなあ。でも、そん時はありがとな!」
「覚えてない事感謝されても嬉しくない!」
おっと藪蛇。
「徹、お前は別に記憶力が良い方じゃないし忘れ物もするしその日習った公式も覚えてないし自分がいくら持ってるかも覚えてないし自己管理しきれてないしお年玉すぐに使っちまうくらい計画性も自己を抑制する能力も欠落してるけど、まあそれはいいとするだろ?」
いや、よくはない。そんなにまくしたてて責められても覚えてないものは覚えてないし、むしろ記憶に関係ないところまでディスられてない?
「子供の頃の記憶に関しては覚えてないってレベルじゃないよな」
「私たちは覚えてるのにね。この神社で遊んだ事も、アイスの棒の事も」
「別によくない? お前らの事は覚えてるし、ちゃんと生きてるから不都合ないだろ」
「お前昨日カラオケ行った事覚えてるか?」
「いや?」
「ほらな」
「いや別にカラオケくらい忘れる事もあるだろ」
昨日何食ったか、今何色の靴下履いてるかとかいちいち覚えてねぇよ。そんな事覚えてるやつは変態だ。
「徹ちゃんがカラオケ奢ってくれたのに?」
え、嘘? マジ? え、だから財布に3千円しかなかったの? お小遣い日は昨日だったんですけど。
「でも楽しかったな~」
さっきから楽しそうにくるくるしやがって。人の金で歌うカラオケはそりゃ楽しいでしょうよ。
「いや、まあ俺も何となく楽しかったって感情の記憶はあるんだけどさ」
「じゃあいっか」
「よくねぇよ! お小遣い日初日にほとんどお前らに奢っちゃったじゃん! なんで!?」
「「ジャンケンで負けたから」」
2人の声が綺麗にはもった。
「理由うっす」
愕然とする俺を見てふたりは笑っている。笑うがいいさ、思う存分。むしろ俺の払った金の分だけせめてお前らの笑顔をくれよ。
しかし思う存分すら笑ってくれなかった。ふたりの笑いは早々に収束に向かい、笑い終わった後の「あーあ」を言うと少し静かになった。
その合間を縫って誰かが竹箒で掃く音が聞こえてきた。
2025/06/08まで毎日18時に更新されますので
楽しみにお待ちいただければ幸いです。
2025/06/08で「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」は完結します。
全部で4部作ありますこのシリーズ。
恐らく全てがラノベ化されると思いますので
そちらも合わせてお楽しみいただければ嬉しく思います。
応援の程、よろしくお願い致します。