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【第36話 腹笑亭町田徹】

こんにちは。

御覧いただき、ありがとうございます。


舞台原作「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」


是非、お楽しみ下さい。



 それからは様々な落語を聞き、文字に起こした。

 師匠たちの一挙手一投足、その全てを見逃さす全て記録し、それを鏡を見ながら限りなく近付けた。

 「プロジェクトX」か「情熱大陸」に出演出来る。

 我ながらそう思った。もちろん補習など受けている場合ではなかった。

 学生服の内側からイヤホンのコードを伸ばし袖の中から手のひらへと通す。それをその手で頬杖をつくように耳を覆って隠せばあら不思議! 授業で問題に悩むふりをしながら落語が聞けるのだ。俺は勉強よりも大切な事がこの世界にはあると思う。

 ちなみに俺はコードレスを信じないタイプだ。


 ってな訳で俺はひたすらに落語を覚え、それを披露する機会を虎視眈々と狙っていた訳だ。

 中途半端な落語を見せる訳にはいかない。特にその落語が彼女の人生で初めて触れるものなら尚更だ。初めて経験した時の感情はその後の人生に多大な影響を及ぼす。


 補習が終わって1週間後に4人で遊ぶ約束をしてから、俺は1歩も外に出なかった。

 この1週間で俺は片を付けなければならない。

 鈴森さんの笑いのツボがどこにあるか分からないのだ。様々な引き出しを用意しておく必要がある。

 その前に俺はひとりの表現者として目の力や抑揚、所作などを完璧にしなければならないのだ。

 でもあまりにガチだと引かれそうなので、家にある着物には手を出さなかった。あくまでフラットな会話からそれを枕にして自然と落語へ持って行くのだ。


 努力がバレる事ほど恥ずかしい事は無い。

「頑張ったね」って言って欲しい訳じゃない。「楽しかったです」って笑って欲しいんだ。


 その為には呼吸する様に落語が口から出なければならない。

 24時間×7日。俺はひとつの作品に一体何分の時間をさけるのだろうか……。



 1週間後、その日は「鈴森さん大爆笑大作戦」と題して集まった。

 集まってから気付いた。この題名がハードルを上げ、かつスベッている事に。



 まあ内容自体はそんな大層な事はしないのだが。皆でチキン南蛮が美味しい定食屋で昼飯を食べて、ファッションセンターに行ったり、すげぇしょぼいゲームコーナーでゲームをしたり、海にいって平たい石を見つけて投げたり、それはもう普通に楽しい事をしようぜと集まった。

 大切なのはトークである。


 和菓子屋さんの横を通ったのをきっかけに、俺は落語の王道「饅頭こわい」をごく自然に会話の流れからぶち込むことにした。


「今若い人の中には、和菓子が嫌いだって人もいるみたいですなあ」


 いい滑り出しだ。


「何だ急に?」

「どうしたの?」


 何故か疑問を持たれているがまだ序盤だ。

 ここは無視して自分のパフォーマンスに集中しよう。


「あっしは粒あんは好きなんですが、こしあんがどうも苦手で。皆さんは嫌いなものとか苦手なものはあるんですかい?」

「時代劇でも見たのか?」

「私はね~、チーズ饅頭が苦手!」


 若干金城が脱線させようとしてくるが違和感なく、かなり上手に普段の会話から落語へと移行出来たと思う。

 その証拠に鈴森さんはとても真剣に俺の話を聞いてくれている。俺は順調に話を進めていき、そしていよいよ大オチへと辿り着いた。


 最高の間とテンポ、そして表情を持って俺は言った。


「そこでそいつはこう言ったんだ……「今度はお茶が怖い」」


 この台詞を喋る為にどれだけの努力を重ねてきたか分からない。



「へー!」

 金城がすごく納得したように頷き喜んでいる。

 違う、そうじゃない。


「へーって感想が出てる時点で間違ってる気がするぞ」


「何でお饅頭が怖いのでしょうか? お茶もお饅頭も生き物ではありませんし」

 鈴森さんはとても真剣な顔で考え込んでいる。

 違う、そうじゃない。


「以前の問題だな」

 俺はへこたれない。

 大丈夫だ。

 弾数は用意してきたさ。

「よし次だ!」


 俺はいよいよ、海沿いの少し小高い沿道に座り込み姿勢を正した。

 ポケットから扇子を取り出す。いい緊張感だ。

 金城も鈴森さんも俺の話を聞く姿勢になっている。

 俊介はこの際無視しよう。


「あるところに寝てばっかりで酒を飲む漁師が居てね」

「問題はそこじゃないぞ?」

「しまったぁ! 枕忘れてた!」

「マクラ?」

「お昼寝ですか?」

 鈴森さんは天然なのだろうか。


「枕っていうのは落語の前にする、本題に移る前の雑談みたいなものだよ。よし見てて!」

「落語から離れろ」

「うるせぇ俊介邪魔すんな! 落語王に俺はなる!」

「何キャラだよ」

「でも確かに落語は違うね」

 金城は縁石からぴょんと飛び降り、石ころを蹴っ飛ばした。


「おい金城。お前は人一倍、誰よりも俺の落語を楽しそうに聞いてくれてたじゃないか」

「だって楽しかったから!」

 そんな笑顔で言われたらもう俺に返す言葉はないよ。


「おい金城。その無駄に持って来たテニスラケット貸せ。今度は物ボケだ」

「無駄じゃないし! 皆でテニスしようよ」

「やだよこんなにあちぃのに」


「私、落語を聞いたのは初めてでした。とても楽しかったです。勉強になりました」

 鈴森さんは礼儀正しく俺に頭を下げて感謝の意を示した。


「だからね鈴森さん。そーゆー楽しさじゃダメなんだよ?」

「だから違うって言っただろ?」

 俺は俊介に詰め寄った。


「その言葉を! 一週間前の俺に伝えてくれ! 俺は古典に分類される落語約300の中から厳選された200を暗記したんだぞ」

「厳選してねぇ」

「すごいですね」

鈴森さんがパチパチと拍手をくれた。

「ありがとうございます!」

「徹ちゃんもやれば出来るんだね!」

「もう目指せよ落語家」

「目指さねぇよ!」


 俺は絶対に鈴森さんを笑わせる事を諦めない。

 それが例え、方向性がズレていたとしても。


 次のネタを考えていると意外な人たちと出会った。




完結するまで毎日18時に更新されますので

楽しみにお待ちいただければ幸いです。


2025/06/08までに「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」は完結します。


全部で4部作ありますこのシリーズ。

恐らく全てがラノベ化されると思いますので

そちらも合わせてお楽しみいただければ嬉しく思います。


応援の程、よろしくお願い致します。

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