【第29話 狐の神、現る】
こんにちは。
御覧いただき、ありがとうございます。
舞台原作「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」
是非、お楽しみ下さい。
1日のほとんどを静寂の中で過ごす「耶志眞町駅」。
1時間に1本だけ電車が止まる。2両編成の電車から降りる人も乗る人もほぼ居ないこの駅でも、今日は違った。
プシューッと電車のドアが開くと巫女服姿の女の子が3人勢いよく飛び出してきた。下界に放たれたその無邪気の塊はすぐさま散り散りになってどこかへ消えてしまった。
その後ろから落ち着いた様子で一人の男が降りて来た。耶志眞町の地面を踏みしめやっと到着したその達成感を少しばかり味わっている様だった。
「アトロ様待って下さいよ~」
後ろからもたもたと一人女が降りてくる。
アトロと呼ばれた男は、この真夏にスーツをパリッと着こなし、クソ程暑いだろうに長いストールで口元まで隠していた。不思議と彼は汗のひとつもかかず涼しい顔をしている。
「モイラ、耶志眞町に着いたぞ」
男は銀色に輝く前髪を少し流して言った。
モイラと呼ばれたその女は馬鹿みたいに口を開けて「ほえ~」と鳴いていた。
「やっと着きましたかアトロ様。何で電車が1時間に1本しかないんでしょうね。乗り過ごした時本当に不便ですよね」
彼女はカジュアルなジャケットスタイルに赤色のメガネをしていた。ともすればお洒落なIT企業で働くOLと言ったところだが、長旅による疲れを彼女の服が見事に表現していた。
「君が寝過ごさなければもっと早く着いたのだがな」
「だって仕方なくないですか? 未だに切符なんですよ? この県で一番大きい駅が切符って。もしかして昭和くらいまで時が戻っちゃいました? 律さなければ!」
「いや、そもそも君が自販機に気を取られていなければあの電車には間に合った」
「だって自販機におでんが置いてあったら誰だってあぁなりますよ。しかも牛すじ入りですよ? すごくないですか?」
彼女は未だに牛すじの刺さっていた串をしがみながら満足そうに言った。
アトロは牛すじに興奮するモイラを置いて改札へと向かった。大人2枚。子供3枚を駅員に渡す。
「人数分だ。ご苦労」
「はい、どうも」
駅員のおじいちゃんがにこやかに会釈した。
「切符でごめんねぇ」
おじいちゃんはそう言ってモイラに話しかけた。
するとモイラはにこやかに笑ってこう言った。
「いいえ。不便でいい所ですね」
アトロの背中へパタパタと駆けて行く彼女を見送りながら、おじいちゃんは何とも言えない気持ちになった。
「モイラ。あの場合は「静かで」が正解だ」
「へ?」
何も聞いていない。何も感じていない。
アホだと一言で分かる返答が返って来た。
「いや、何でもない」
「で、私は何をすれば?」
襟をピシっと正し目を光らせる。
純粋なのだ、良く言えば。
完結するまで毎日18時に更新されますので
楽しみにお待ちいただければ幸いです。
2025/06/08までに「バック・トゥ・ザ・君の笑顔」は完結します。
全部で4部作ありますこのシリーズ。
恐らく全てがラノベ化されると思いますので
そちらも合わせてお楽しみいただければ嬉しく思います。
応援の程、よろしくお願い致します。




