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ゆるしのひかり

ある日の昼過ぎ、蓮が店の準備をしていると、隼人と深雪が訪れた。隼人はいつものように軽い調子で話し始める。


隼人:「あ、蓮!いいこと聞いたんだ。今度の三連休、あの旅館がリニューアル前で、客足を増やすために『プレセール』割引をしてるんだって!新しいオーナーが入る前に、格安で泊まれるチャンスだよ。どうだ、休んで行かないか?」


蓮は少し考え、ふっと顔を上げる。居酒屋にとって連休は稼ぎ時だから、なかなか行けないな…と心の中で悩んだ。


蓮:「休みの日はどうしても店が忙しくなるから、僕は…」


その時、深雪がにっこりと微笑んで、言葉を続けた。


深雪:「実は、桜ちゃんにも聞いてみたの。そしたら『いいですね!ぜひ行きたいです!』ってすごく喜んでいたわよ。」


蓮は少し驚き、咳払いをしてから「そ、そうなんだ…桜ちゃんが、ね。」とつぶやき、視線を伏せた。桜がそう言っているのなら、行かないわけにはいかない気持ちが湧いてくる。


蓮:「じゃあ、僕も…行くよ。」


隼人は嬉しそうに手を叩いて笑った。「よし、決まり!みんなで楽しもうぜ!」


深雪も柔らかな表情で頷いた。「桜ちゃんもきっと喜ぶわ。皆で一緒に過ごせる時間って、やっぱり大切よね。」


蓮は心の中で、少しだけ桜と過ごせる時間への期待を感じていた。


旅行当日、早朝、蓮は少し緊張した気持ちを抱えながら、駅で深雪、隼人、そして桜と合流した。桜は、いつもより少し弾んだ様子で、旅行が楽しみで仕方ないという気持ちが伝わってきた。彼女の顔に浮かぶ笑顔を見て、蓮は自然と気持ちが和らぐ。


桜:「この旅行、本当に楽しみ!みんなでゆっくりできるなんて、嬉しい!」


蓮はその言葉に微笑み返す。桜がこんな風に楽しみにしていることが、どこか自分にも嬉しさを感じさせていた。


隼人は蓮を気遣うように「お前も…たまにはリフレッシュしろよ。仕事ばかりじゃ疲れるだろ?」


蓮は少し肩の力を抜くように軽く頷き、「そうだね、たまには休んでリフレッシュするのもいいよね」と応じた。


電車に乗り、旅館に向かう途中、桜は窓の外を見ながら楽しそうに話し続けていた。時折蓮に話しかけるその声には、どこか自然体で優しい響きがあり、蓮は思わず耳を傾けてしまう。


桜:「こうやってみんなでどこかに行く事が出来るなんて…誘ってもらえて、ありがたいです」


蓮:「そう思ってくれるなら、誘って良かったよ」


桜は照れたように微笑み、「蓮くんがそう言ってくれると、もっと楽しみになる」と小声で答えた。その柔らい笑顔に、蓮の胸が高鳴るのを感じた。


旅館に到着すると、広々とした敷地と美しい庭園が迎えてくれた。桜はその景色に目を輝かせ、深雪も嬉しそうに周囲を見渡していた。隼人はすでにのんびりとした様子で、チェックインを済ませるためにカウンターに向かっている。


桜:「わあ、ここ、すごく素敵ですね。こんなところで過ごせるなんて、夢みたい…」


蓮もその景色に目を細めた。普段の忙しい生活から離れ、こんな静かな場所で過ごせるのは貴重な体験だと思った。


深雪:「みんな、荷物を部屋に置いてから、旅館を見て回らない?」


桜:「いいですね!」


桜と深雪、蓮と隼人は2部屋へと向かった。部屋は広く、畳の香りと温かみのある内装が心地よかった。桜は窓から外を眺め、ほっと一息つく。


桜:「こんなに静かで、贅沢な気分です」


その言葉に、深雪も同じ気持ちだと感じ、少しだけリラックスするように微笑んだ。


夕食は皆で集まった。地元の新鮮な食材を使った料理が次々に運ばれ、桜も深雪も隼人も満足そうに食べ進めていた。


桜:「これ、すごく美味しいですね!こういう贅沢な食事、久しぶりです」


蓮も頷きながら、「料理が一つ一つ丁寧に作られていて、どれも美味しいな」と答えた。


食事を終えた後、みんなで夜の庭を散歩することにした。夜風が涼しく、星空が広がり、静かな時間が流れていた。


桜がふと蓮に話しかける。


桜:「蓮くん、こうしてみんなで過ごせる時間って、本当に貴重だね」


蓮はその言葉を噛みしめるように静かに頷きながら桜を見つめた。普段は自分の気持ちを表に出すことがない彼だが、今日、桜と一緒にいることで少しずつ心がほぐれていくのを感じていた。


その夜、蓮は桜と過ごす時間が日常の忙しさから解放される特別なひとときだと気づき、心が少しだけ軽くなったような気がした。


露天風呂の湯気に包まれ、深雪と桜は静かな時間を過ごしていた。夜の温泉には心地よい音楽が流れ、外には夜景が広がっていた。肌に優しい湯の温もりが二人の心も和ませていた。深雪はリラックスした表情で桜に話しかける。


深雪:「こうしてのんびりできるのも久しぶりだわ。桜ちゃん、リフレッシュできてる?」


桜は一瞬考えた後、微笑みながら頷いた。


桜:「はい、すごく気持ちいいです。また頑張ろうって気になれた気がします」


その時、温泉の入り口から近づいてくる足音が聞こえた。桜は何気なく振り向くと、そこには舞香が立っていた。驚きが顔に表れ、一瞬、戸惑いが交錯(こうさく)する。


舞香:「あ…桜…深雪さんも…こんばんわ…」


桜はまばたきをして、冷静を装うように舞香を見つめ、ゆっくりと答えた。


桜:「…舞香、こんなところで会うなんて、偶然ね」


深雪はその場の微妙な雰囲気を察し、少し困った表情で舞香に話しかける。


深雪:「舞香ちゃんも泊まりに来てるの?温泉、楽しんでる?」


舞香は少しぎこちなく頷き、桜と深雪の様子を(うかが)うような目を浮かべていた。


舞香:「ええ…敦司の仕事関係に同行して来たんです…でも、まさか…会うなんて思わなかったわ…」


桜は、舞香への複雑な気持ちが込み上げるのを感じつつも、あえて何も言わず、湯の中で静かに目を閉じた。その沈黙が、舞香に伝えたかった言葉以上の意味を込めているかのようだった。


そんな時、舞香が言葉を選びながら桜に向き直る。


舞香:「桜、あの…前のこと、ごめんね。本当に謝りたいと思ってるの」


桜はその言葉に一瞬だけ視線を向けたが、返事はしなかった。まだ完全に許す準備はできていないものの、舞香の中に変化の兆しを感じている自分に気づき、少し心が揺れる。


桜:「…謝罪はいいの。これは私自身の気持ちの問題だから」


湯船に浸かりながら、桜はそっと顔を上げ、舞香を見た。だが、お互いの視線がかち合った瞬間、気まずい沈黙が湯気の中に漂う。


舞香は何か言いたそうに口を開きかけたが、言葉を飲み込み、視線をそらした。桜も舞香のその様子をちらりと見ながら、何も言えずにいる。気まずい空気が重く流れたまま、二人の間にはただ沈黙だけが残った。


「…あ、私、もう上がるね。」舞香はようやく静かに呟き、湯船から立ち上がった。バスタオルで体を覆い、少し慌ただしい足取りで浴室を後にする舞香の背中を見送りながら、桜は複雑な思いを抱えて湯に浸かったまま(たたず)む。


やがて、深雪がそっと声をかけた。


深雪:「…桜ちゃん、無理に話さなくていいからね。でも、今夜こうして少しでもリラックスできてよかったわ。心が少しずつ軽くなるといいね。」


その言葉に、桜は静かに微笑みを返し、心がほぐれるのを感じた。舞香とのわだかまりは完全には消えていないが、一歩だけ前に進めた気がした。


一方、舞香は敦司と共に廊下を歩いていたが、ふと目に留まった男性の姿に足が止まった。「まさか…尚樹がここに?」と胸がざわつき、一瞬、動揺が顔に浮かぶ。


「いや、そんな偶然があるわけない…」と心の中で否定しつつも、不安な気持ちは残ったままだ。舞香は何とか気持ちを落ち着けようとし、そっと深呼吸する。


その時、部屋から出てきた深雪が舞香と敦司に気づき、少し心配そうな表情を浮かべながら歩み寄った。


深雪:「舞香ちゃん、敦司くん、桜を見かけなかった?」


舞香:「桜…?見てないわ。何かあったの?」


深雪:「うん、さっき一緒に温泉から上がってきたんだけど、『忘れ物したから先に行ってて』って言われて…でも、ずっと戻ってこなくて。」


深雪の顔には心配の色が濃くなり、舞香の胸にも重い感覚が広がった。桜がまだ戻ってこない理由が気になり、不安が募っていく。


舞香:「…私も探すわ!」


舞香は深雪を見つめ、決意を固めるように言った。桜が無事であることを願いながらも、何か嫌な予感が(ぬぐ)えなかった。



---


その時、桜は脱衣場で忘れ物を見つけ、部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。突然、背後から声をかけられる。


「…桜?」


振り返ると、そこには予想もしなかった人物、尚樹が立っていた。桜の心臓が一瞬止まるような感覚に襲われる。


尚樹は冷ややかな視線で桜を上から下まで見つめる。桜は動揺を隠せず、足早にその場を立ち去ろうとしたが、尚樹が素早く手を伸ばし、彼女の腕を強く掴んだ。


桜:「な、何…!」


尚樹:「無視するなよ、桜。少し話がしたいだけだ。」


桜はその不気味な言葉に鳥肌が立った。必死に腕を振りほどこうとするが、尚樹の握りはさらに強く、逃げられない。尚樹は顔をぐっと桜に近づけ、耳元で低く(ささや)く。


尚樹:「お前のせいで、千紗に振られたんだ…何か吹き込んだんじゃないのか?」


桜は驚き、体が震えた。尚樹の目には怒りと冷たさが宿っている。


桜:「何を言ってるの…私は何もしてない!」


必死に反論しようとする桜だが、尚樹はさらに強く腕を握りしめ、桜は青ざめて叫んだ。


桜:「いい加減にして…離して!」


桜は必死に振りほどこうと、尚樹の腕に力を込めた。しかし、尚樹の力強さに太刀打ちできず、逃げられない。その時、桜は周囲を見渡し、隙間を見つける。背後にあるドアがわずかに開いているのが見え、そこから裏庭へと通じる小道が続いていた。


心臓が激しく鼓動する中、桜はその瞬間を逃さず、そのドアを目指して足を速めた。尚樹の腕が再び桜を引き寄せようとしたが、桜は無理やりドアを押し開け、裏庭に飛び込んだ。


尚樹は怒りの表情で追いかけ、桜が壁際に追い詰められるのを待って、ついに声を上げた。


「おい、待て!責任取れよ、桜!」 尚樹の声が裏庭に響いた。「千紗に振られたのはお前のせいだろ!お前が俺を振らなければ、俺は千紗と幸せになれたんだ!」


桜は混乱と恐怖で動けなくなり、ただ必死に叫んだ。「何を言ってるの…私は何もしてない!」


しかし、尚樹はその声を無視し、桜にさらに近づいてきた。「お前が全部悪いんだ!」


桜は必死に逃げようとするが、尚樹が迫ってきて、逃げ場を失った。息が詰まるような圧迫感の中で、尚樹は桜を無理矢理引き寄せた。


「やだ!離して!」桜は叫びながら、必死に抵抗しようとした。しかし、尚樹の手は桜を強く引き寄せ、逃げることができなくなった。その力強さに、桜の心臓は激しく鼓動し、冷や汗が背中に流れ落ちた。


尚樹が桜を強く抱きしめるその瞬間、桜は彼の顔が自分の近くにあるのを感じた。彼の唇が首筋に触れるたび、桜は身をすくめた。浴衣の薄い布がその接触をさらに強調し、桜は息が詰まる思いで震えた。


「お前のせいで、千紗に振られたんだ。責任取れよ。」尚樹の声は冷たく、桜の胸に重くのしかかった。


桜は息を呑み、恐怖と怒りが入り混じった感情の渦の中で必死に抵抗を続けた。しかし、尚樹の手が浴衣の中に滑り込んできた瞬間、桜の中で何かが爆発しそうな感覚が走る。


限界に達した桜は、心の中で雷の召喚獣ボルグドライグを呼び覚まそうとした。恐怖で震える体を奮い立たせながら、彼の力を心で強く念じる。


そして、桜は心の中でボルグドライグが尚樹を雷で撃ち抜く姿を描いた。彼の力が尚樹に向かって稲妻のように走るイメージが脳裏に浮かぶ。


が、現実では桜は妄想に留まらず、渾身(こんしん)の拳を振り下ろした。


「うっ!」尚樹は不意打ちを受け、顔を歪めた。その一撃で尚樹は足元がふらつき、顔に痛みが走った。


桜はその瞬間、ボルグドライグの雷が尚樹を打ちのめしたかのような感覚に包まれたが、現実では自分の拳で彼を撃退したのだ。



---


舞香が桜を探しながら裏庭の扉に差し掛かると、少し開いた扉の向こうから微かな声が聞こえた。


「桜…?」舞香は心の中で呟き、急いで扉を開ける。目の前には尚樹が桜を追い詰め、手を振り上げている姿が見えた。


「尚樹!?やめて!!」舞香は叫びながら桜の前に飛び込んだ。


その瞬間、尚樹の手が舞香の頬を一撃し、血が滲んだ。痛みを(こら)えつつも、桜を守ろうとした舞香はその場に倒れ込んだ。


「舞香!」桜は声を震わせた。


舞香の頬に滲む血に、桜の心は締め付けられる。自分のために傷つく姿に、桜の胸には怒りが込み上げた。


「舞香…!」桜は震える声で叫び、彼女に駆け寄って手を取った。


舞香は桜を見上げ、わずかに微笑んで言った。「大丈夫よ、桜。あなたを守りたかっただけ。」


桜は涙ぐみ、そっと舞香の手を握りしめると、込み上げる思いに耐えられず嗚咽した。


その時、蓮、深雪、隼人、敦司が裏庭に駆けつけ、尚樹の暴力を目の当たりにする。敦司は怒りに満ちた表情で尚樹に詰め寄った。


「お前!何をしているんだ!」敦司の声には静かな怒りが滲んでいた。


敦司が尚樹に一歩踏み出し、さらに怒りを強めたその瞬間、舞香が震える手で彼の腕を掴み、小さな声で懇願(こんがん)するように言った。「敦司、ダメ。すべてが台無しになる…視察も買収も、何もかも。」


敦司はハッとし、深呼吸して冷静さを取り戻した。視察の重要性を感じ取った敦司は、舞香の目を見て頷いた。


一方、蓮は桜に近づき、肩にそっと手を置いて優しく声をかけた。「桜ちゃん、大丈夫?」


桜は震える声で小さく頷いたが、その瞳には不安と戸惑いがにじんでいた。それを察した蓮は、そっと彼女を抱きしめ、「無理しなくていいよ」とささやいた。桜は蓮の胸に顔を埋め、涙を流し始めた。彼の温かな腕の中で、ようやく心が落ち着き始めた。


「怖かったよね…もう大丈夫だから。」蓮の声は優しさに満ちていた。その言葉に、桜はまた涙が溢れるのを感じたが、彼の胸に少しずつ気持ちを落ち着かせていった。


敦司と隼人が尚樹に近づき、毅然(きぜん)とした表情で肩を掴んだ。敦司が低い声で告げる。「おい、少し外で話そうか。」


尚樹は驚いた表情を見せたが、二人の強い視線に()されて反論を飲み込むように唇を噛んだ。「…わかったよ。」


隼人がさりげなく出口へ誘導しながら、周囲に気づかれないよう配慮して尚樹を外へ連れ出す。外に出た途端、敦司が冷静な口調で言った。「お前がこれ以上騒ぎを起こすなら、ただじゃ済まないぞ。桜ちゃんにも舞香にも迷惑がかかってること、分かってるんだろう?」


尚樹は目を逸らしながらも肩を震わせ、うつむいて小さくうなずいた。


そして隼人が毅然とした口調で続けた。「自分の行動がどんな影響を及ぼしているか、もう少し考えてみろ。」


尚樹は悔しそうな表情を浮かべたが、二人の言葉には逆らわず、うつむいたまま黙り込んでいた。


周囲が静まり返り、尚樹はただ黙って彼らの言葉を受け入れた。


――尚樹が連れ出されたその後、自分の思い通りにならない状況に強い怒りを抱えながら、その場を離れた。怒りが収まることはなく、その思いが彼をますます追い詰めていった。


尚樹は内心で、舞香や桜に対して強い不満を抱えていた。自分が暴力を振るうのを止められたことで、深い屈辱を感じていたのだ。


「…俺がどうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ?」と、尚樹は心の中で繰り返しながら、自分の怒りを抑えきれなかった。


しばらくして、舞香が蓮に声をかけた。「桜、少し休ませた方がいいわ。…それと、尚樹は敦司と隼人さんが外へ連れ出してくれたから、しっかり対処していると思う。」


蓮は舞香に静かに頷き、「ありがとう、舞香さんは大丈夫?」と気遣った。


桜は深呼吸し、震える手で涙を拭いながら、小さな声で言った。「舞香、ごめんね…」


舞香は安堵の表情を浮かべて「私は平気」と頷いた後、桜を見つめ、「巻き込んだのは私だから、桜が謝ることはないわ」と少し切ない表情を見せながら言った。


二人のやり取りを見守っていた蓮は、優しく微笑み、「無理しなくていいよ。二人とも、ゆっくりでいいから。」と励ましの言葉をかけた。


桜は舞香の傷を見つめ、心が痛んだ。舞香はその痛みを隠すように、平静を装っていたが、桜はその顔に浮かぶ(かす)かな苦しみを見逃さなかった。


「舞香…その傷、私のせいで…」桜は優しく声をかけると、舞香は驚いたように顔を上げ、少しだけ目を逸らした。


舞香は苦笑いを浮かべ、桜を安心させるように言った。「大丈夫、桜。気にしないで。」


しかし桜はその言葉に納得できなかった。舞香が強がることで、逆に自分を傷つけているように感じていた。桜は思わず、震える手で舞香の肩を軽く押さえ、真剣な眼差しを向けた。「でも、跡が残ったりしたらどうするの?」


舞香は一瞬言葉に詰まり、息をつくと、ふっと目を閉じた。そして、桜を見つめると、静かに言った。「私が悪いの。桜を傷つけるつもりはなかった…本当に。」


桜はその言葉に、舞香がどれほど苦しんでいたかを感じ取った。そして、ふと心の中で気づいた。舞香は傷つけたつもりはなかったことを、ずっと悔いていたのだと。


桜は舞香の手を優しく握り、彼女を見つめた。「舞香、私はもう怒ってないよ。あなたのこと、許す。だから、無理しないで。」


舞香の目に涙が浮かび、彼女は桜の手を握り返した。あたたかなぬくもりが、二人の間に広がった。


舞香は深く息をつき、顔を上げると、桜に微笑んだ。「本当にありがとう、桜。あなたがいてくれて、本当によかった。」


桜は静かにうなずき、舞香をしっかりと抱きしめた。何も言わなくても、その胸の中でお互いの心が通じ合った。


その後、桜は少し遠くを見つめながら、心の中で誓った。これからは自分自身を大切にし、誰かを傷つけることなく、前に進もうと。舞香と共に歩んでいけるように、未来を築いていくのだと心の中で決意した。


その時、深雪が「桜ちゃん、舞香ちゃん少し休もうか」と優しく声をかけた。桜と舞香はほんの少しだけ微笑んで、「ありがとうございます…」と答えた。


そのあと、敦司と隼人が戻って来た。舞香は先に部屋に戻ってるわとその場を離れ敦司のもとに向かっていった。桜はその背中を見送りながら、舞香が抱える心の傷が少しでも癒されることを願った。


翌朝、桜と舞香は朝日の光が差し込む旅館の庭を静かに歩いていた。言葉を交わさず、穏やかな空気を共有しながら、桜は舞香との関係が少しずつ和らいでいくのを感じていた。舞香の心の奥底にある痛みを感じ取り、桜は心の中でその傷を癒していけるように自分ができることを考えていた。互いの間に広がっていたわだかまりが溶けていき、桜はこの瞬間、舞香と共に歩んでいく未来を感じ始めた。


少し離れたところでは、蓮が隼人と深雪と並んで座り、静かに会話をしている姿が見えた。彼らもまた、この穏やかな時間を共有しているように見える。桜はふと振り返り、彼らが見守ってくれていることに気づき、心の中で感謝の気持ちを抱いた。みんなと共に新しい一歩を踏み出していく自分を感じながら、桜は舞香と並んで歩き続けた。


やがて、穏やかな空気が二人の周りに広がり、そこにいた全員の心が静かに満たされていくようだった。


そんな中、敦司がにこやかに近づいてきた。手には大きなベンツの鍵を持ち、「そういえば、みんなにちょっと伝えたいことがあるんです」と笑顔で言った。


桜が顔を上げ、少し警戒しながらも「何かあるんですか?」と尋ねる。


敦司は一呼吸おき、穏やかに言葉を続けた。「実は、この旅館のオーナーに僕がなることになったんだ。だから、これからもよろしく頼みますよ。」


その言葉に、桜、蓮、深雪、そして隼人が一斉に驚きの表情を浮かべる。


「え…!?敦司さんが?」と桜が驚きながら問い返した。


敦司は自信ありげに頷き、「そうだよ。この旅館をもっと素敵な場所にするために、いろんなアイデアを実現したいと思ってるんです」と少し誇らしげに言う。


桜はまだ驚きを引きずりながらも、心の中で「すごいな…」と尊敬の念を抱いた。


舞香は初め不安そうな表情を浮かべていたが、すぐにその感情を抑え込むように微笑み、「でも、敦司がオーナーになったら、絶対に素敵な場所になるよね」と前向きに言葉をかけた。その表情には、ほっとした気持ちと少しの期待が入り混じっているのが感じられた。


桜も舞香の言葉に安心し、優しく微笑んで「頑張ってくださいね」と敦司に応援の言葉を贈った。


その後、みんなでベンツに乗り込む準備を始める。桜が乗り込むと、その広さと豪華さに思わず感嘆(かんたん)の声を漏らしながらも、少し憧れの気持ちを抱いていた。


車内では、静かに流れる音楽が心を穏やかに包んでいる。桜は窓の外を見つめ、旅館を離れることにわずかな寂しさを覚えつつも、胸の奥が温かく弾むような期待感でいっぱいになっていた。

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