走り寄る想い
桜は幹事として、職場の人々を紅葉狩り兼少し早い忘年会に迎え入れていた。秋の澄んだ空気に包まれ、紅葉の色づく風景が心を和ませてくれる。会場の公園内にある食事処に集まった社員たちと合流し、桜はこの場の雰囲気に心地よさを感じていた。
桜が会場に到着する頃にはすでに日が落ち、木々はまばゆいライトアップに照らされている。紅葉の赤やオレンジが光に映え、まるで輝く宝石のようだ。風がそよぐたびに、葉が揺れ、光の影が幻想的な模様を地面に描き出している。
澄んだ秋の夜空に、ライトアップされた紅葉がひときわ鮮やかに浮かび上がる。ライトが木々の枝先を柔らかく照らし、紅葉そのものが光を放っているかのように輝いている。足元には赤や黄色の落ち葉がカーペットのように敷き詰められ、光の小道を歩んでいるような感覚に包まれる。
桜はふと上を見上げ、ライトに照らされた紅葉が夜空に大きな花火のように広がっていることに気づいた。その美しさにしばし見とれ、秋の夜の静寂と彩りに息を呑む。
やがて、桜は白井課長の隣に座り、課長が嬉しそうにスマホを取り出すと、家で撮った赤ちゃんの写真を見せてくれた。
「桜さん、これ見て。うちの子、こんなに小さくて、すごくかわいいんだよ」課長は頬をほころばせ、画面を桜に差し出した。
桜は笑顔で写真を見つめ、「わぁ、かわいいですね!」と目を細めて答えた。赤ちゃんの丸い顔と無邪気な笑顔が愛らしく、桜の心がほんのりと温まった。
「本当にね、毎日が幸せなんだ。大変なことも多いけど」課長は微笑みながら語る。桜は、その温かい雰囲気に触れ、思わず和やかな気持ちになる。職場でも人気者の課長が、家庭でも愛妻家として知られていることが改めて伝わってくる。
桜が楽しそうに話す中、舞香は少し離れた場所で一人静かに座っていた。桜と目を合わせることもできず、じっと手元のカップを見つめる姿には、どこか痛々しいものがある。心の中で謝りたい気持ちが募りながらも、どうしても言葉にできなかった。あの出来事以来、桜との関係はぎこちなく、簡単には許されないとわかっている。舞香は、自分が桜に与えた傷の深さを痛感していた。
しばらくして、舞香は桜が白井課長と楽しそうに話している様子に胸が締め付けられた。桜が笑顔でいるのを見ると安心する反面、後悔と痛みも心に込み上げてくる。自分があのとき桜を裏切ったことが、今も深く心に残っていた。
舞香は思わず桜に近づきたくなったが、勇気が出ない。あのときの記憶が頭をよぎり、桜と話すことすら怖かった。彼女の笑顔を見つめると同時に、胸が痛む瞬間だった。
桜がふと窓の外に目を向けると、公園の奥で見覚えのある3人が歩いてくるのが目に留まった。蓮、深雪、そして隼人が、紅葉のライトアップに照らされながら談笑している。桜は驚いて目を見開いたが、蓮たちは会話に夢中な様子だ。
桜が思わず見つめていると、蓮がふと視線を上げ、こちらに気づいた。
「桜ちゃん……?こんなところで何してるの?」と、驚いたように目を丸くする。
桜は少し恥ずかしそうに微笑んで手を振り、軽く挨拶した。
隼人が「おお、桜ちゃんじゃん!」と声を上げると、深雪もにっこり微笑みながら、「職場の集まりかしら?」と桜を見つめた。
桜が軽く手を振り返したことで、蓮はふと足を止め、視線をその方向へ向けた。桜は白井課長と楽しげに談笑しており、二人の間には穏やかで落ち着いた空気が流れている。白井課長がにこやかに身振り手振りを交えて話しているのに、桜も自然と微笑みを返している様子だった。
蓮はその光景を遠くから見守りながらも、心の奥でかすかな違和感を感じていた。「桜ちゃん、あんな風に誰かと…」とふと思ったが、自分でもこの感情が何なのかはっきりと言い表せなかった。彼女が他の誰かとリラックスして笑い合っているのを目にして、何か胸の奥に引っかかるものがあったのだ。
そのとき、隼人が蓮の様子に気づき、冗談っぽく「どうしたんだ、蓮。気になるのか?」と軽く笑いながら問いかける。蓮はわずかに表情を崩し、「別に…ちょっと考え事をしてただけだよ」と、自然に笑顔を作って答えた。
すると、深雪もほほえみながら蓮の顔を見て、「桜ちゃん、すごくいい笑顔よね。何かいいことでもあったのかしら?」と穏やかに言った。
蓮はふと、その深雪の声に反応して少し戸惑ったように振り返り、無言で視線を交わす。「深雪さん…」と心の中で呟き、短い時間の中で色々な思いが去来する。「まだ、君のことを引きずっているのか」と自問しながらも、その問いに対する答えが出せずにいる自分がいた。
蓮は視線を桜へ戻し、心の中で小さくため息をついた。自分でも理由はわからないが、なんとなく物寂しさが胸をかすめた気がする。「こんな気持ちじゃ、桜ちゃんに失礼だよね」と心の中で呟き、蓮は自分の胸の奥底にある混乱した気持ちを静かに見つめ直していた。
その時、白井課長が何か面白い話をしたのか、桜がふっと小さく笑うのが見えた。蓮はその笑顔に思わず目を留めてしまい、ふと自分がそれを見つめ続けていたことに気づいて静かに息をつき、内心で複雑に絡まる感情をなだめながら、何も言わずその場を見守り続けるだけだった。
忘年会が終わり、会場の外で人々が散り始める中、桜はふと何かに気づいたように足早に歩き出した。そして、急に走り出すと、その足取りはどこか焦っているようだった。
蓮たちのところに向かって桜が走り寄ってくるのが見えた。彼女の姿が、まるで何か大切なことを伝えようとしているかのように見えて、蓮は不思議と胸が高鳴った。
「蓮くん、隼人さん、深雪さん!」と、桜が少し息を切らしながら声を上げると、蓮は思わずその言葉に反応し、振り返った。
桜は息を切らしながら走ってきて、少し笑いながら皆の前に立つと、少し照れくさそうに言った。「あ、あの…ほんの少しでも顔を見られてよかったなって思って、走ってきました!」
隼人が笑いながら、「まさか、桜ちゃん、走ってきたのか?」と言うと、桜は「だって、皆さんにちゃんと挨拶をしたかったんです!」と明るく答えた。
蓮は微笑みながら、「そんなに急いで走ってきて、途中で転ばなかった?」と心配そうに聞くと、「ちょっとだけ…でも、無事でした!」と笑って返し、「じゃあ、これで! またね!」と小さく手を振って、照れ隠しにササっとその場を離れようとする桜を、蓮は微笑ましく見送りながら「またね!」と言った。
桜は振り返って、「もちろん、またね!」と元気よく答えて、そのまま歩き去っていった。
蓮はその姿を見送りながら、心の中で少し思った。「桜ちゃん…やっぱり、素敵だな」と。




