桜の挑戦
桜は職場でのチームビルディングイベントに参加することが決まり、胸が高鳴った。普段あまり話す機会のない同僚たちと親しくなれる良い機会だと思ったからだ。
ある日、オフィスの廊下で、桜がふと気を抜いた瞬間、背後から近づく気配を感じて振り返ると、そこには舞香が、いつもの余裕そうな表情で立っていた。
「ねえ、桜。チームビルディングイベント、張り切ってるみたいね?」と舞香が、どこか挑戦的な視線を投げかける。 「…まあ、みんなともっと仲良くなりたいしね」と桜が少し躊躇いながら答えると、舞香はクスッと笑い、「でも、私がこのイベントで一番になって、みんなに注目されるからね。桜に負けるつもりはないわ」と自信満々の声で宣言する。
桜は驚きつつも「負けるとか勝つとか、そんなこと考えてなかったけど…でも、舞香がそういうなら、負けないよ」と冷静に返した。
イベント前夜、桜は蓮にもこの話を伝えた。「蓮くん、私、会社のイベントに出るんだよ。テレビに映るかも知れないから応援してね」と照れながら言うと、蓮は少し驚いた表情を見せてから「もちろん、応援するよ。頑張ってね、桜ちゃん!」と笑顔で答えた。その時の蓮の声は、いつもよりほんの少し優しさが増しているように感じた。
イベント当日。桜が会議室に入ると、普段あまり話さない同僚たちが集まっており、少し緊張感が漂っていた。司会者の楽しい掛け声で場の雰囲気は和やかになり、アイスブレイクとして趣味や特技を話す時間が設けられた。
桜が自分の番になると「アニメやゲームが好きです。最近、対戦ゲームにはまってます」と話すと、同僚が「お!ぜひ対戦して欲しいな」と笑顔で反応してくれた。桜は心が躍り、自然と自信を持って自分の好きなことを語ることができた。蓮との会話が、いつの間にか彼女の背中を押していたのだ。
イベントは次第に盛り上がり、さまざまなチームアクティビティが行われた。桜は同僚たちと共に楽しみながら、自然と距離が縮まっていくのを感じていた。しかし、舞香がリーダーとして前に出てくるたびに、桜の中で競争心が刺激されていくのだった。
特に印象的だったのは、リレー競技だった。舞香が走り出し、リードを取る中、桜は自分の番を待っていた。舞香の姿が目の前で輝いて見えたが、同時に負けたくないという気持ちが強くなっていく。
「負けない…!」と心の中で呟きながら、桜は自分の番が来るのを待った。舞香がゴールに近づくと、桜は全力で走り出す。周囲の応援の声が背中を押してくれる。「桜さん、頑張れ!」という声が響き、桜は舞香に追いつき、ついには彼女を追い越してゴールを切った。
その瞬間、歓声が上がり、桜は仲間たちと喜びを分かち合った。しかし、舞香は悔しそうな表情を浮かべたまま去って行った。その後味が少し気になる桜だったが、彼女自身も新しい仲間たちとの絆を深めたことを感じていた。
その日の夜、居酒屋「赤提灯ひとや」に立ち寄ると、蓮が少しだけ照れくさそうに近づいてきた。「桜ちゃん、今日のイベント、テレビで見たよ。すごく楽しそうだったね」と、いつもより優しい目で微笑む。
「ほんと?ありがとう、蓮くん。みんなと一緒に頑張ってきたよ!」と桜が照れくさく笑うと、蓮はふっと視線を逸らし、何かを隠すようにカウンターを拭き始めた。
しかし、その動きがどこかぎこちなく、いつも落ち着いているはずの彼が、なぜか少し不器用に見える。
そんな様子を見た常連のおじさんがニヤリとし、「蓮くん、桜ちゃんがテレビに映ってるとき、完全に釘付けでさっきの煮物、塩辛ぁくしちまったんだよな?」と、蓮を肘でつつきながらからかう。
桜は思わず「えっ?」と驚き、日本酒を吹き出しそうになる。「え、ほんとに? それはごめんなさい…?」と半笑いしながらも困惑気味の桜。
蓮は照れ隠しに慌てて「おじさん、煮物は…その、味に深みを出したんです!」と、少しあたふたしながら言い返した。
しかし、おじさんは負けじと「いやいや、蓮くん。深みって塩だらけのことかい?」と大笑いし、周りの客もつられて笑う。その場の和やかな雰囲気に、蓮も苦笑いしながら「まったくもう…」と肩をすくめた。
蓮のそんな姿に、桜はふと胸の中が温かくなり、「もしかして、蓮くん…お疲れなのかな?」と小さな心配が芽生えた。しかし、彼がいつもと違って少し照れている姿が頭から離れず、桜も自然と微笑みがこぼれるのだった。




