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愛の痛み

クリスマスが近づいたある日、突然、尚樹から電話がかかってきた。桜が電話に出ると、尚樹の向こう側から大勢の男性の声が聞こえてきた。笑い声や話し声が混ざり合い、にぎやかな雰囲気に包まれている。


「桜?」尚樹の声が聞こえた。少し酔っているのか、いつもよりも口調が軽い。


「どうしたんですか?」と桜が尋ねると、突然、尚樹は大きな声で叫んだ。


「桜!付き合ってください!」


その瞬間、周囲の男性たちが一斉に「おぉー!」と盛り上がる声が聞こえ、桜は驚いて言葉を失った。心臓が早鐘を打ち、耳の奥がジンジンと響く。


「え…?」彼女の頭の中は混乱していた。何が起こっているのか、咄嗟には理解できなかった。尚樹は今、友達と一緒にいて、酔っている様子。もしかして、ただの冗談?それとも本気?彼が言った言葉が頭の中で何度も反響する。


「付き合って…?」


桜は、自分がずっと望んでいたものが今まさに目の前にあることを感じた。彼氏が欲しいと思っていた。尚樹とのデートも楽しかったし、彼のことをもっと知りたいと思っていた。でも、この状況での告白にどう応じるべきか、迷いが生じた。


心の中では「こんな急に?」という疑問が渦巻いていたが、周囲の声や尚樹の期待に応えるべきだという気持ちが強くなっていった。「彼氏ができるかもしれない」「これが私のチャンスかもしれない」と自分に言い聞かせた。


「…はい、いいですよ。」桜は声を絞り出した。


その言葉を聞いた瞬間、電話の向こう側で再び大きな歓声が上がった。尚樹は嬉しそうに「やった!」と叫び、友人たちもそれに応じて騒いでいる。


桜は電話を耳から離し、目を閉じた。彼氏ができた。ずっと夢見ていた瞬間なのに、どうして胸の中にモヤモヤとした不安が残るんだろう?周囲の騒がしさの中で、彼女の心は静かに揺れていた。


尚樹と雑誌を見ながらの会話が続く中、桜は無意識に彼を「尚樹さん」と呼んでしまった。すると、尚樹は少し眉をひそめて、優しい声で言った。


「桜、もう『さん』付けで呼ばないで。付き合っているんだから、もっと気軽に呼んでほしいな。」


その言葉に、桜は一瞬戸惑った。彼の言葉には親密さが感じられ、心臓が早鐘を打つ。頬が少し熱くなるのを感じながら、どう返せばいいのか分からず、口ごもる桜。


「え、でも…」


「尚樹って呼んでくれた方が嬉しいから。」尚樹はにっこり笑ったが、桜は心の中で何かが引っかかるのを感じていた。


「わ、わかった、尚樹…」思わず短くなった言葉が、彼女の心の中で強く響く。


尚樹は満足した様子で再び雑誌に目を戻したが、桜の心の中にはさまざまな感情が渦巻いていた。「尚樹」と呼び捨てにすることで彼との距離が近づいた気がしつつも、その期待と不安が交錯していた。


桜はベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見つめていた。尚樹の温もりはすぐ隣にあるが、心の中には重たい不安が広がっている。彼の手が彼女の肩に触れ、やがて静かに背中を撫で始めた。彼女はその手の動きに応じて身体を震わせながらも、心の奥で自問していた。


桜(心の声)

「本当にこれでいいの…?」


尚樹に誘われ、彼との初めての夜を迎えることを決意した桜だったが、心の中には何か引っかかるものがあった。不安と期待が入り混じる感情の中で、彼女はその場に身を委ねた。


彼の唇が首筋に触れ、熱い吐息が肌を包む。心を焦がすような刺激が広がる一方で、桜は異様な緊張感に襲われ、胸が締め付けられる。


「尚樹…」桜は彼の名前を呼ぼうとしたが、その声はかすかに震えていた。彼女の心の中には迷いがあり、それでも尚樹の手は止まらず、さらに内側へと進んでいく。何も言えない桜の心に、不安と期待が複雑に絡み合っていた。


桜(心の声)

「これは愛されている証拠だよね…私も彼に応えなきゃ…」


しかし、突然鋭い痛みが桜の体に走った。思わず身体が反応し、彼の動きを止めようとするが、力が入らない。痛みはさらに強まる。


桜(心の声)

「痛い…こんなはずじゃないのに…」


彼女の呼吸は乱れ、胸が詰まるような緊張感が全身を支配した。目に涙が滲み、声を出すこともできない。心の奥で彼を拒絶したいという感情が芽生えたが、彼を失望させるのが怖くて動けなくなった。


「痛い…」勇気を振り絞って口にしたその言葉に、尚樹は一瞬動きを止め、彼女を見下ろした。その表情は苛立ちに変わり、冷たく言い放った。


「そんなに痛がるなら、もういいよ。」


その一言が桜の心に突き刺さった。尚樹は無言で身体を離し、背中を向けた。その冷たさは、まるで拒絶そのもので、桜は自分が全てを間違えたのだと感じた。


桜(心の声)

「私、こんなにも不器用で…誰かを満足させることすらできないんだ…」


尚樹の無関心な態度が、まるで彼女の存在すら無意味だと言っているかのように感じられた。涙がこぼれても、尚樹は何の反応も示さない。桜はその冷たさに、自分の価値が全て失われたかのような感覚に囚われた。


桜(心の声)

「どうして?私がいけなかったの?もっと頑張らなきゃいけなかったの?愛されたいだけなのに…」


彼女はただ愛されたいと思っていただけだったが、今その愛は完全に消え去ったように感じた。尚樹の背中が、彼女の心に深い傷を残した。


桜は自分の体を抱きしめながら、声にならない悲しみを押し殺した。


桜(心の声)

「私は、何をしても彼にとって価値がない…私は、こんなにも無力なんだ…」

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