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揺れる思い

連休の間、桜は毎日のように「赤提灯ひとや」を訪れた。尚樹との関係が次第に重く、息苦しくなっていく中、この居酒屋だけが桜にとって心を休められる場所だった。温かい照明、穏やかな空間、そして蓮の優しい笑顔が、彼女の疲れた心を救っていた。


しかし、蓮の存在が心の支えである一方で、桜は次第に自分の中に芽生えつつある感情に気づき始めていた。尚樹への不安や苛立ちが膨らむたび、蓮に引かれる気持ちが増していく。それを認めるのは怖かった。尚樹がいるのに、彼以外の男性に心を寄せている自分に罪悪感を感じていたのだ。


ある夜、桜はいつものカウンター席に座り、蓮が差し出した料理を静かに見つめていた。尚樹との関係が彼女の心に重くのしかかり、その重さに耐えきれなくなっている自分を感じる。けれども、それを誰にも話すことはできない。


「今日も来てくれてありがとう、桜さん。何か特別なことがあった?」蓮がふと声をかける。


桜は微笑みながら首を横に振る。「特に何も。ただ、ここに来ると落ち着くから。」


その答えに蓮は安心したように微笑んだ。彼の笑顔に、桜の心も一瞬だけ安らぐ。けれど、その裏側には言えない思いが渦巻いていた。


次第に、桜は自分の心が二つに割れていくのを感じていた。尚樹との関係をどうすべきか、そして蓮に対するこの気持ちをどう扱うべきか、自分でもわからなくなっていた。


桜は居酒屋のカウンター席からふと外に目をやった。そこには、蓮と深雪が立って話している姿があった。深雪は食材を届けに来たのだろう。二人は笑顔で楽しそうに会話していた。蓮のその笑顔を見た瞬間、桜の心はぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。


「蓮さん、あんなに楽しそうに…深雪さんが好きなのかもしれない。」その考えが頭をよぎると、胸の中にチクチクとした痛みが走った。


実は、桜は以前、偶然の席で深雪の結婚観について話を聞いたことがあった。赤提灯ひとやで蓮が忙しくしている間、深雪と隣同士になった桜は、軽く会話を交わしたことがあったのだ。その時、深雪は何気なく「私は結婚にはあまりこだわっていないんです。今のパートナーとの関係を大事にしたいだけで」と話していたのを、桜は鮮明に覚えている。


桜自身も結婚に強いこだわりがあるわけではなく、「できたらいいな」と漠然と思っている程度だった。そのため、深雪の自由で柔軟な考え方がどこか新鮮で、桜には眩しく映った。


深雪が何かの拍子に桜の方を見て、二人の視線が一瞬だけ交差する。桜は慌てて目をそらしたが、冷たい汗が額に滲むのを感じた。どうして自分がこんなに不安を感じているのか、自分でもよくわからなかった。ただ、蓮が自分に向ける優しさと、深雪に向ける笑顔の違いを感じ、心がざわめいていた。


「私、何をしてるんだろう…尚樹がいるのに、蓮さんのことばかり考えてしまって…」


その夜、蓮が店内に戻ってきた時、桜は何事もなかったように振る舞ったが、心の中はざわついたままだった。蓮が自分に優しく話しかけてくれるたび、彼が誰に対してもこういう人であることは理解していても、心のどこかで特別でありたいと願ってしまう自分がいた。


「蓮さんが好きなのは深雪さん。私はそれを見守るしかないんだ。」そう自分に言い聞かせながらも、どこかで期待している自分がいる。蓮が自分を見つめ、手を差し伸べてくれることを。


桜は杯を持ち上げ、ゆっくりと飲み干した。頭の中は尚樹とのこれからの関係と、蓮への揺れ動く気持ちで混乱していた。彼女はその複雑な感情を静かに飲み込みながら、目の前の料理を味わうこともできず、ただ時間が過ぎるのを待っていた。


その夜、桜は自分の中で何かが変わり始めていることをはっきりと感じていた。それが尚樹との別れの兆しであることを、彼女はまだ認めることができなかったが、心の奥底で、その終わりが近づいていることを感じていた。

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