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心に咲く花

桜は赤提灯ひとやのカウンターに座り、目の前のグラスに注がれた焼酎を静かに見つめていた。店内は賑やかだが、彼女の心には重い雲がかかっている。尚樹の無邪気な笑顔が脳裏を離れず、彼に対する怒りと悲しみが胸の中で渦巻いていた。


「あのお肉、私のために買ったのに…」桜は小さくため息をつき、孤独感がさらに彼女を締め付ける。グラスを持ち上げ、一口飲み干すと、焼酎の香りが鼻をくすぐり、心が少しだけ緩んだ。


その時、蓮が桜の近くに来て微笑んだ。彼の笑顔は、柔らかな光のように彼女の心に降り注ぎ、一瞬にして周りの喧騒が消え去った。穏やかで優しい仕草に、桜は強く惹かれていく。


「お一人ですか?」と蓮が声をかけた。温かく優しい声に、桜は一瞬戸惑いながらも、「はい、一人で…」と答えた。彼女の心は、今にも溢れ出しそうな感情に揺れていた。


「少し飲みすぎじゃないですか?」と蓮が心配そうに言う。彼の真剣な眼差しに、桜は少しだけ心を開き始めた。


「うん、少しね…」桜は笑いながら言葉を濁す。蓮の優しさが、彼女の心の奥深くに染み込んでいく。


「無理しないでくださいね。もし何かあれば、話を聞きますから。」蓮の言葉は、桜にとって心の救いだった。誰かが自分を気にかけてくれる、それだけで少し心が軽くなった。


「実は…」と桜は言いかけたが、口にする勇気がなかった。彼に話すべきかどうか迷いながら、再びグラスを傾けた。


蓮は優しく微笑み、「ここにいると、少しは楽になれるかもしれませんよ。何か好きなものがあれば、私が作りますから」と言ってくれた。


「だし巻き玉子が好きです」と桜は思わず答えた。


「だし巻き玉子ですね、いいですね。すぐにお作りします」と蓮は柔らかく微笑んで、調理に取り掛かった。


桜は、だし巻き玉子を待ちながら蓮の姿を目で追っていた。何か特別な感情が彼女の中で静かに芽生え始めていた。それは尚樹に対する複雑な感情を薄め、新しいつながりを感じさせるものだった。


隣に座った常連客の中年男性が声をかけてきた。「前にも一人で飲んでたよね。名前は何て言うの?」


桜は一瞬戸惑ったが、少し微笑んで「桜です」と答えた。


「へえ、可愛い名前だね」と彼は優しく返したが、その瞬間、蓮がすかさず口を挟んだ。「ナンパはダメですよ」と冗談交じりに笑いながら言う。


蓮の柔らかい対応に、桜はますます彼に惹かれていく、まるで運命的な出会いのように思えた。


桜の前にふわふわのだし巻き玉子が置かれた。上には輝くようなイクラがのっている。


「どうぞ」と蓮がにっこり笑う。


「ありがとう、蓮さん。」


その言葉に蓮は驚き、桜が自分の名前を知っていることに気づいた。桜は、常連さんたちが「最近の蓮くんの新メニュー、最高だよね!」と話しているのを耳にしたことを伝えた。「みんな、蓮さんのことをすごく褒めてましたよ。」


その言葉に、蓮は柔らかく微笑み返した。「そう言ってもらえると嬉しいですね。」


桜は蓮の笑顔に心が温かくなり、感謝の気持ちが溢れた。彼の優しさが、自分の心に()をともしてくれるような気がした。そして、ふと蓮が「桜さん、同じ花の名前ですね」と静かに言った瞬間、胸が高鳴った。


桜は、胸の高鳴りを抑えきれず、思わずテーブルに頭を打ち付けた。その音が店内に響き渡ると、蓮は驚きのあまり目を大きく見開き、桜に近づいた。


「え、今のは何?大丈夫ですか?」蓮の声には心配が込められており、優しさが彼の表情から溢れ出ていた。桜は一瞬、驚いた顔で彼を見上げたが、次第に顔が熱くなり、恥ずかしさがこみ上げてきた。


「ごめんなさい、ちょっと…気持ちが高ぶっちゃって…」と、桜は笑顔を見せるが、その目には困惑が浮かんでいた。


「無理しないでくださいね。」蓮は優しく手を伸ばし、桜の肩に軽く手を置いた。「何かあったら、話してくれればいいですから。」


その瞬間、桜の心に温かい気持ちが広がった。彼の真剣な眼差しに、心が少しだけ軽くなり、ついには思わず笑ってしまう。「大丈夫、蓮さんのおかげで少し元気になりましたよ。」


蓮は微笑み返し、「そう言ってもらえると嬉しいです」と安心した表情を見せた。


桜は、ふわっと柔らかなだし巻き玉子を口に運び、その優しい味わいに心が少しずつ解きほぐされていく。ふわふわの食感と出汁の香りが口いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれた。


「おいしい…」


小さな声でそうつぶやくと、蓮が「気に入ってもらえてよかったです」と優しく微笑んだ。その笑顔に、桜の胸はまた高鳴った。尚樹との複雑な感情が少しだけ薄れ、蓮との新しいつながりが芽生えていくのを感じた。


「また来てくださいね。」蓮はそう言って、桜に軽く会釈をした。


桜は微笑みを返しながら、「はい、また…」と答えた。その時、蓮とのこれからの関係が少し楽しみになっている自分に気づき、心が温かくなった。


赤提灯ひとやを出た桜は、夜風を感じながら少しだけ前を向いて歩き出した。蓮との出会いが、彼女に新しい希望を与えてくれたようだった。

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