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黒ずくめの男と揺れる信頼

桜は友人の舞香に紹介された尚樹と初めて会うことになった。彼は一つ年上で、普通の男性という説明しかされておらず、デート前から少し不安を抱いていた。舞香の「桜、あなたにぴったりな彼氏だと思うよ!」という言葉が頭の中で何度も響いている。


桜は恋愛経験がほとんどなく、異性との付き合い方もよく分からない。だからこそ、「初めての彼氏」という響きに特別な期待を抱いてしまう。それは期待と同時に不安を伴い、舞香の「彼は彼女と別れたばかりで、出会いが欲しいそうなの。桜の初めての彼氏になると私は嬉しいわ」という言葉にも、心の中で微かな疑念が生まれていた。


「そんなに簡単に誰かと付き合えるものなのだろうか?」と、桜は心の奥で問いかけながら、待ち合わせ場所に向かう。自分の服装や髪型がこれで合っているのか何度も確認しつつ、期待と不安の入り混じる感情を抑え込もうとする。頭では「普通のデートなんだから」と自分に言い聞かせるが、心は冷静になれない。


尚樹と初めて顔を合わせた瞬間、彼は思っていたよりも背が高く、優しい笑顔で挨拶をしてきた。第一印象は悪くない。彼は話しやすく、気取らない雰囲気を持っている。だが、話が進むにつれて、舞香が「仕事をしている」と言っていたのは、少し違っていることに気づかされた。


「実は今、少し休んでてさ…前の会社を辞めたんだよね。」と、尚樹は少し照れくさそうに打ち明けた。


その瞬間、桜の心に小さな違和感が生じる。舞香の話と違うことに戸惑い、無職だという事実に驚く自分がいた。だが、それ以上に、無職だからといって彼を否定してはいけないと自分に言い聞かせる。「人を外見やステータスで判断するのはよくない」と、心の中で繰り返しつつ、彼を理解しようと努力する桜。しかし、尚樹が「別に大したことないよ」とあっさり流した言葉に、心の奥で少し引っかかるものが残った。


デートはその後、順調に進み、二人で夜景を眺める時間もあった。桜は次第に不安を和らげ、彼と話すのは心地よいと感じ始めていた。「これが彼氏というものなのかもしれない」と、淡い期待が心の中に広がる。自分が少しずつ彼に惹かれていく感覚があった。


だが、その帰り道に、予想外の出来事が起こる。


「ちょっとコンビニ寄ってく?」と尚樹が軽い調子で提案してきたので、桜も「はい、いいですよ」と答えた。ところが、コンビニへ向かう途中、向こうから黒ずくめの服装でマスクをし、サングラスをかけた男性が歩いてくるのが見えた。桜は瞬時に危険を感じ、心がざわついた。


自然と尚樹の側に寄り添い、彼の反応を待ったが、次の瞬間、尚樹は無言で早足になり、桜を置いてコンビニへと一人で入ってしまった。


「え…?」桜はその場に立ち尽くした。尚樹が何も言わずに自分を置いて行ったことに、驚きとショックが押し寄せる。彼が自分を守ってくれるどころか、一人で先に行ってしまったことが、桜の胸に深い不信感を残した。


その後、黒ずくめの男は何事もなく通り過ぎたが、尚樹の行動は桜の心に強く刻まれた。「彼は私を本当に大切にしてくれているのだろうか?」という疑問が、次第に大きくなっていく。


「なんで私を置いて先に行っちゃったんですか?怖かったんですけど…」桜は尚樹に問いかけた。


「え?ああ、さっき?別にそんなに危ない状況じゃなかったし、早くコンビニに着きたかっただけだよ。黒ずくめの男ってただの通行人だったじゃん。怖がりすぎだよ。」尚樹は軽い調子で言ったが、その言葉に桜は冷たさを感じた。


桜は、尚樹の軽々しい「別にそんなに危なくなかったし、怖がりすぎだよ」という言葉を聞いて、言い返したくなる感情を必死に押し込んだ。「じゃあ、なんで尚樹さんも普通に歩かなかったんですか?」と心の中で問いかけたが、言葉には出さなかった。デートはこれまでそれなりに順調だったし、今ここで不必要な摩擦を起こしたくなかったからだ。


苦笑いを浮かべ、無理に何事もなかったように振る舞うが、尚樹への信頼がゆっくりと揺らぎ始めているのを感じる。「これが本当に私の初めての彼氏になるのだろうか?」そう自問しながら、心の奥に小さな不安が積もっていく。


その後、尚樹とのやり取りはごく普通のメールが続くだけになった。特に興味を引く話題もなく、ただ形式的なメッセージを交換しているだけ。そんな日々が数週間続いたある日、尚樹から急に長文のメールが届いた。


「俺さ、昔、芸能人と付き合ってたことがあるんだよ。名前は言えないけど、かなり有名な子でさ…」その自慢話が長々と続いていた。桜はスマホの画面を見つめながら、その話に対して興味を示しながらも、どこか現実味のない言葉に疑問を抱いていた。「これ、本当に彼の話?それともただの作り話?」


さらに、数日後のメールでは「昨日、芸能人の友達と久しぶりに長電話してさ。あいつ、今じゃテレビでよく見るだろ?今度桜にも紹介してあげるよ。」という内容が書かれていた。桜はその言葉に対して一瞬反応を止めた。「紹介って…本当に?」


桜の胸の中に、これまで見過ごしてきた小さな疑念が再び顔を出す。彼の言うことに対して、どこまで信じられるのか。実際に彼の生活と彼が話す内容のギャップに気づき始めていた。


「尚樹さんって、いつも話を盛ってるんじゃないの…?」桜はそんな考えが頭をよぎるが、直接問い詰める勇気はなかった。自分がどこまでこの関係を続けていきたいのかも、まだ明確に答えを出せずにいた。


それでも、何かを壊したくなくて、桜は「すごいですね!楽しそう!」という短いメッセージを送るに留まった。しかし、彼の言葉に対する信頼が徐々に薄れていくのを止めることはできなかった。

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