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短編集

ASMR

作者: 汐見かわ


 リモコンを押してテレビの電源を付ける。

 耳には芸人のやかましい笑い声が入って来た。


「どばーっと、出てしもうた。御堂筋で。あせりますやん」

「御堂筋で? そら、まずいな。親に顔向けできんね」


 げらげらと笑っている芸人の顔がアップでテレビに映し出される。何がそんなに面白いのか。途中でつけたものだから、一体何の話をしているのかさっぱりわからない。テレビはただのBGM代わりだ。


「いやぁ、ホント、焦りましたわ」

「その後はどしたの?」

「これ以上は公共の電波使って言えませんわ」

「もう手遅れですけどねぇ」


 冷蔵庫からコンビニで買ったチーズと缶チューハイを取り出す。

 芸人はひと通りの話を終えて、次の話題に移っている。司会者がサイコロを手にしてテーブルの真ん中に転がした。

 サイコロはころころと転がり、知らない芸人の名前を上に出してぴたりと止まる。


「じゃあ次は赤ネクタイ君で」

「ちょっと! 名前、名前! 名前で呼んで下さいよー」


 テレビの中からはどっと笑い声が押し寄せる。リモコンの音量ボタンを押して、テレビの音を少し下げた。


「まぁ、僕の友達から聞いた話ですけども。高校生の時、その友達と仲の良かった子がいまして」

「友達の友達だね」


 テーブル前の座椅子に腰を下ろし、缶チューハイをとんと置きチーズは少々乱暴にテーブルに置いた。 プシュと缶のプルタブを引き上げる。冷えた飲み物がこれから自分の喉に入って来ると思うと今週もお疲れさまでしたと、自分を労う言葉が頭に浮かぶ。


「その子、少し変わってたそうなんです。いつも昼休み一人で弁当食べるんですよ」

「ぼっちやんな」

「友達はいるんですよ。ただ、お昼休みの弁当の時間だけいっつも一人で」


 置かれたチーズを再び手に取りパッケージを眺める。薄いピンク色のパッケージ。見れば何味かすぐにわかるシンプルなデザイン。スモークサーモン味だ。

 このチーズ、気に入って最近はこればかりを好んで買うようになった。

 2本で1セット。真ん中の切り取り線より片方を離し、「開け口」と書かれた部分をめくる。中から白いチーズを取り出した。


「何や日の丸弁当が恥ずかしいんかいなと思いまして、ある日昼休みに覗いたんですって、弁当を」

「まぁ、気になるもんな」

「はい」


 このチーズは繊維状になっており、縦に割いて食べることができる。クセのない味と、きゅっきゅっという食感が気に入っている。スーパーだろうとコンビニだろうとどこでも見掛けるので、需要が高いのだろう。つまみにも子どものおやつにも良さそうだ。

 爪を引っかけ、チーズを割いた。


「痛い、やめて」

「見ると、普通の弁当なんですよ。こちとら肩透かしですわ。で、思わず言ったんですって。何でいつも一人で食べてるのって」

「ふんふん、それで?」


 割いたチーズを口に入れる。きゅっという食感が小気味良く、サーモンの香りが口から鼻へ抜ける。思っていたよりも本格的な香りと味。スモークサーモン味なかなかに良いじゃないか。気に入った。


「そしたらこそっと教えてくれたんですよ。君だけに教えたるって。内緒やでって」

「えらいもったいぶるよねぇ」


 リモコンの音量ボタンを押してさらにテレビの音量を下げた。

 爪をひっかけチーズを割く。


「いやだ、痛いっ」


 さらに爪を立ててチーズを大きく割くと、ひときわ甲高い女の叫び声が聞こえた。声は手元のチーズから発せられている。


「あれ、あるやないですか。普通の割くことのできるタイプのチーズ。時々売り物の中に紛れてるらしいですわ」

「ほー」

「チーズが叫ぶんですって」


 チーズを割く度に悲鳴が聞こえる。割く瞬間に女の叫び声が手元から聞こえる。ゆっくりと割くとチーズからは唸る声が聞こえ、素早く割くと叫び声。自分の好みで声の調節が出来るのだ。


「昼休みの教室なんで、うるさいんですけど、確かに聞こえるんですよ。うわぁっていう男の野太い声が。いろんな種類が出てるらしいですよ」


 画面は司会の芸人を大きく映した。肩でくつくつと笑っている。そして首をかしげて「つまらん」と書かれた札を出した。


「これはちょっとあれかなー。うん、関係各社に謝りなさい」

「えー、嘘じゃないですって。ホンマですよっ! 確かにこの耳で聞いたんですって」


 赤ネクタイは大げさに立ち上がり、わーわー何かを言っている。テレビに映る他の芸人もにやにやと下を向きながら笑っている。


「はい、じゃあ次に行きましょうかね」


 時々、売り物に紛れている。知る人が知る特別なチーズ。スモークサーモンは女の声。青のプレーンタイプは男の声。

 その叫びは助けを求めているようでもあり、恨んでいるようでもある。普段あまり聞くことのない人の叫び声は時々無性に聞きたくなる。聞くとなぜだか安心する。そんなものに心地良さを求める自分は特殊なのだろう。自覚はある。

 味だけでなく、耳にも美味しいチーズなのだ。最近はこればかりを買って食べている。




2021年6月作成。

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