のんびりハイキング?
ギンの脚により、僅か数十分で森へと到着する。
その手前には見張り小屋があったので、軽く挨拶をしてから森の中に入る。
「しかし、ギンが速いとはいえ随分と街から近いな」
「ウォン(これでは魔獣や妖魔が出てきたときに対処が難しそうだ)」
「ああ。見張りが気づいてから知らせても遅いだろう。むしろ、よく今まで平気だったな」
「ウォン(森が豊かなおかげだろう。餌があるのに、わざわざ人里に出ることもない)」
「そうなると、開拓をすると人里に出てくる可能性があるか」
しかし人々を飢えから救うには、食料や物資を調達する必要がある。
それで魔獣や妖魔が出るようなら、やはり兵士達の編成も必要になってくるか。
その後、森を歩くが……何も現れることがない。
「……しまった。俺達が強くて、小物系は逃げ出してしまうか」
「ウォン(うむ、そのようだ)」
「前線近くの山脈には強い魔獣しかいなかったしなぁ……どうする?」
「ウォン(奥に進むしかあるまい。我らにも襲いかかるような猛者を探すぞ)」
「まあ、そうなるよな。まあ、俺達は大物担当といきますか」
俺もギンも気配を消すことは難しくないが、小物を取っても仕方ない。
何も現れないので、俺達はまるでハイキングのように森を進んでいく。
そして一時間くらい歩くと、幅五メートルくらいの川を見つけた。
「おっ、少し休憩にするか」
「ウォン(我は腹が減ったぞ)」
「はいはい、わかったよ。どれどれ……いるな」
川から少し距離を置いて、木の上に登り川の中を眺める。
すると、そこには大きな魚が泳いでいた。
「ウォン(うむ、我からも生き物の気配がする)」
「どうする? 釣りでもするか?」
「ウォン!(そんなに待てんわ!)」
「ちょっ!? おまえっ!」
ギンが物凄い勢いで川へと飛び込む!
俺が急いで木から降りて川に向かうと……ギンが、大きな魚を咥えて川から上がってくる。
その大きさは三十センチくらいの大きさで、銀色の鱗が光り輝いていた。
「ったく、お前ってやつは」
「ウォン(ほれ、早く飯にしよう)」
「ほんと、図体はでかくなったのに子供みたいだな」
「ウォン!(うるさいのだ! 我はお腹が減ったのだ!)」
「はいはい、わかったよ。それじゃ、木を集めるとするか」
「ウォン!(うむっ!)」
体をブルブルとさせ、嬉しそうに魚を咥える姿は魔獣フェンリルとは思えない。
まるで、ただのお腹を空かせた子犬である。
普段は大人ぶってはいるが、まだ成人には程遠いので可愛いものだ。
三百年を生きるフェンリルが大人になるには、あと五十年はかかるらしい。
「……お前が大人になるまでは生きられんか」
「ウォン?(主人?)」
「いや、なんでもないさ」
少しの寂しさを感じつつ、俺は枯れ木や草を集めるのだった。
その後、俺が用意を終えると……ギンがもう一匹を咥えてやってくる。
「ウォン!(主人の分!)」
「おっ、ありがとな」
「ワフッ?(もう火をつけても良いか?)」
「ああ、いいぞ」
「ガァ!(ふんっ!)」
ギンの口から火が出て、俺が集めた枯れ木に燃え移る。
そこに葉を足していき、しっかりと燃やしていく。
そこまでいったら、ナイフで削った自家製の棒に下処理をした魚を刺す。
あとは、焼けるのをじっくり待つだけだ。
「ほんと、お前を拾って一番助かったのはこれだよな」
「ウォン(我らは火を扱うことができるからな)」
「魔法を込められる魔石は貴重品だし、気軽には使えなかったし」
「ウォン(それに鉱山はともかく、それを上手く発掘したり加工したりできるのはドワーフ族だけだ)」
「そうそう。元々は、それが原因で戦争が起きたようなものだ」
魔法を込められる魔石は高く売れるし兵器にもなる。
それを欲した帝国は、ドワーフや労働力である獣人を酷使してきた。
それに嫌気が刺し逃げ出し、我が国が保護したのが始まりだと言われている。
もう、数百年も前の話らしいが。
「ウォン?(そういえば、あのドワーフは良かったのか? 何も言っていないのだろう?)」
「ん? ああ……挨拶に行ったら俺もついていくとか言いそうだから」
「ウォン(確かに言いそうだ。あと、戦場にいた部下達もいたが)」
「皆、優秀な人材だ。こんな辺境の地に呼ぶわけにもいくまい」
ただ、ドワーフのあいつに関しては……次に会ったら、絶対に殴られることは間違い。
今頃、皆も元気でやっているのいいが。
そんなことを考えると、香ばしい香りがしてきた。
「おっ、そろそろか?」
「ハフハフ(そのようだ)」
「おいおい、よだれがすごいことになってるぞ? というか、お前は生でも平気だろうに」
「ウォン(ぐぬぬ……生も悪くないが焼くのも美味いのだ)」
「やれやれ、すっかり人間臭くなったもんだ」
念のために数分待ってから、串を火から離す。
「では、頂くとしよう」
「ウォン!(はぐはぐ……! これはたまらん!)」
「早いって。もう少しゆっくりとだな……まあ、いいか」
俺もそのまま、豪快に腹の部分にかぶりつく。
すると、塩気と魚の甘みが同時に押し寄せる。
「うめぇ……めちゃくちゃ柔らかいし旨味が凝縮されてるな」
「ウォン(ここの豊かな自然のおかげだろう)」
「確かに川とかも綺麗だし、相変わらず自然は豊かなようだな」
心地よい日差しの中、ギンのふわふわの背中に寄りかかる。
美味しい食事と豊かな自然、そして頼れる相棒……こんなに心が休まるのはいつ以来だろうか?
十年以上戦い続けてきたんだ……少しくらいはのんびりしても、バチは当たるまい。