帰還
それから数日をかけて領内を回り、無事に日が暮れる前に街へと帰還する。
この旅で思ったことは、サーラさんがいてくれて良かった。
セレナ様と一緒の部屋で寝るわけにはいかないし、お風呂などの問題もある。
もしいなかったと考えると……恐ろしい話である。
「アイク殿! お帰りなさいませ!」
「モルト殿、留守を預かってくれて感謝する」
「いえ、慣れたものですから。今日はお休みいたしますか?」
「いや、話は早い方が良い。できれば、すぐにでも話がしたいところだ」
確かに疲れてはいるが、割と緊急性が高い。
すぐに話し合い、明日にでもすぐに行動を開始しなくてはいけない。
「わかりました。それでは、このまま領主の館に向かいましょう」
「すまない。サーラさん、セレナさんを頼む」
「……ふぇ? わ、私も行きますっ」
「お嬢様、ここは甘えておきましょう。慣れないことでお疲れですので」
「ああ、そうすると良い。では、ひとまず館に行くとしよう」
館まで一緒に行き、ふらふらしているセレナ様をサーラさんに預けて、俺は自分の仕事部屋に入る。
そしてすぐに報告を済ませ、今後の話をすり合わせる。
「なるほど……やはり、その辺りの問題は出てきますか」
「ああ、懸念通りではある。それと……他の連中は何をしているのだろうか? 何処にも見当たらなかったが」
「……彼らには仕事を任せております。豊穣祭に向けて、街を綺麗にしないといけないですから」
「それは必要だな。後は、新しい家なども用意できるといいか。もしカップル成立とかした時用に」
「え、ええ、新しい家作りなども並行して行なって参ります」
……モルト殿にしては珍しく歯切れが悪いな。
何か、負担をかけるようなことを言ってしまっただろうか?
「すまない、色々と押し付けてしまって……俺に出来ることがあったら言って欲しい」
「いえ! そういうわけではないのです! ……ただ、して欲しいことはあるかもしれません」
「何だろうか? なんでも言ってくれ」
「豊穣祭では領主として挨拶と、みんなと一緒に祭りに参加してください。そうすることで領主の顔を覚えますし、親近感を覚えるでしょう。それは、今後の統治に必要なはずですから」
「ああ、もちろんだ。苦手だが、どうにかしよう」
その後も、話を続ける。
急を要するのは人の移動手段と、街道整備など。
それらはすぐには用意できないので、遠い村から順番に迎えに行き、街に連れてくることになった。
こちらの空き家に泊めて、祭りの日まで過ごしてもらう。
そしたら、また迎えに行きを繰り返すことで話はまとまった。
そして、肝心の村を空けることについては……話を終えた俺は、庭にいるギンの元に行く。
「ウォン?(主人よ、話は終わったのか?)」
「ああ、ひとまずな。それより、ギン……体を洗ってブラッシングでもするか?」
「ウォーン!?(なんと!? 当然するのだ!)」
「よし、決まりだな。では、夕飯前に洗うとしよう」
井戸水を組み、身体全体にかける。
そしたら、石鹸で全体を泡立ててやる……それが終わったら、お湯で洗い流す。
最後に風の魔石を使い、乾かしながらブラッシングをする。
この風が吹く魔石は、戦友であったエルフが別れ際に俺にくれた物だ。
別に焚き火の熱や自然の風でも乾くが、こちらの方が気持ちいいだろう。
「ウォン?(それは例のエルフがくれたやつ……貴重品だがいいのか?)」
「ああ、今回は頑張って貰ったからな。お前がいなければ、それこそ領内に知らせるだけで一ヶ月かかっていた可能性もある。それに、道具は使ってこそだ」
「ウォン(うむ、我にかかればお茶の子さいさいなのだ)」
「だな。なにせ、伝説の魔獣フェンリル様だ」
そこで、ギンの顔色が変わった。
ようやく、変なことに気づいたらしい。
むしろ、遅すぎるといったところか。
「……ウォン?(何が狙いなのだ?)」
「人聞きの悪いことを言うなよ。単純に、日ごろの労いをしているだけさ」
「ウォン!(嘘なのだ! そういう時は待ての訓練とか躾の時間があったのだ!)」
「おっ、小さい頃なのに覚えているのか。あの頃のお前は、そりゃやんちゃでな……大変だったよ」
人間など信じないと大暴れをしたり、俺の手足に噛み付いたり。
慣れてからも全然言うことを聞かないし、あちこちでおしっこするは。
その度に、俺はあちこちで謝っていたっけ。
幸い、みんなも可愛がってくれたからいいが……もう、ほとんど生きてはいないが。
「……ウォーン(……黒歴史は勘弁なのだ)」
「はいはい、わかったよ。まあ、確かに……狙いはある。簡単に言えば、頼みごとだが」
「ウォン!(やっぱりそうだったのだ!)」
「まあまあ、好物の干し肉や焼いた肉を食べさせてやるから。ギンには、民が村を空ける際に心配しないでいいようにしてもらう」
「ウォン……?(……アレをやれということか?)」
「ああ、そうだ。そうすれば、一時的ではあるが、人が居なくても平気だろう。どうだ、やってくれるか?」
「……ウォン!(ええい!わかったのだ! その代わり、ブラッシングの回数を増やすのだ!)」
「よし、交渉成立だな」
俺はギンの親であり主人ではあるし、契約魔法を結んでいるので厳密に言えばギンは俺には逆らえない。
だが、だからといって無理強いをして良い理由にはならない。
俺は丹念にブラッシングをしつつ、ギンに与えるご褒美について考えを巡らせるのだった。