訪問
荒野をギンが走り抜ける。
俺は背中に当たる何かを意識しないようにし、その状態に慣れようとした。
強靭な精神力でもって己を律し、どうにか成功する……こんな時のために鍛えたわけではなかったのだが。
「だが、三人だとくっ付かざるを得ないか」
「アイク様、何か仰いましたか?」
「いや、なんでもない。そろそろ、次の村に着くと思うのだが」
「サーラ、どうかしら?」
「そうですね……地図をみたところ、あと少し先にかと」
「ウォン!(ならば急ぐのだ!)」
ギンがさらに速さを増し、景色が次々と通り過ぎていく。
そして、数分ほどで……次の村付近へと到着する。
驚かせないために、一旦ギンから降りて徒歩で向かう。
「最初の村では近づきすぎて驚かれてしまったからな」
「ウォーン(すまないのだ)」
「ギン君は悪くないですよ。ただ、実際に見ると……驚きますよね」
「街で見慣れると忘れそうになりますが、魔獣フェンリルなど伝説の生き物ですから」
「ウォン!(うむ、我はフェンリルなのだ! 決して、大きなわんちゃんではない!)」
最初の村では、住民達が騒いで説得するのも大変だった。
無論、モルト殿から村々には通達が出ている。
なので、逆に疑われるということにはならなかった。
ギンがいるということは、俺が領主という証にもなる。
「そんなことより……」
「ウォン!?(主人!?)」
「はいはい、わかったよ。お前は伝説の魔獣で、誇り高きフェンリルだ」
「ウォン!(わかってるならいいのだ!)」
……こいつは、こんなにちょろかったか?
いや、良い意味で子供帰りしているのか。
ならば、このままのびのびとさせた方がいいだろう。
「さてと……とりあえず、サーラさん、前の村からどれくらいで着いた?」
「そうですね……三十分くらいかと。ギン君の速さなので、馬では二、三倍はかかると思って良いかと」
「そうなると徒歩となるとキツイか。下手すると、遠くの村からだと一日以上かかってしまう」
馬は維持費もかかるし育てるのも大変で、一般の村に置かれる数は少ない。
とてもじゃないが、村人全員分は無理であろう。
そうなると、徒歩で歩く者達も出てくる。
「ええ、野宿などをする可能性もございますので危険です。何より、徒歩ではお年寄りの方々が大変かと」
「そうなってくるか。しかし、お年寄りの方々こそ楽しみにしているという話だったな」
「そうらしいですね。街に集まり、そこでお祭りをした幸せな記憶があるのでしょう」
「是非とも、参加してもらいたいものだ」
しかし、考えることは山ほどある。
街道整備もしかり、途中で休憩できるような施設。
盗賊や魔獣、そして妖魔から人々を守るために戦力も配置しなくてはいけない。
せっかくの思い出を、悲しいものにしてはならない。
「ウォン!(それよりお腹が減ったのだ!)」
「ギン君、二人は難しい話をしてるからもう少し我慢しようね?」
「ウォン……(うむむ……)」
「はい、良い子いい子〜」
「ウォン!?(こ、これ!? そこは……!)」
顎の下を撫でられて、ギンがニマニマとしている。
俺とサーラさんは顔を見合わせ、ひとまず村の中に入ることにした。
今度はゆっくり行ったので混乱することなく、村の中へと案内される。
村長を名乗る初老の男性についていき、村の中を歩いていく。
「嬉しいですな! まさか、豊穣祭の再開のお知らせなんて! しかも、領主様自らが……感謝いたします」
「いや、顔見せも兼ねてのことだ。それより、生活に何か不都合はあるだろうか? あと、街に来る際について……遠慮なく言ってくれ」
「い、いえ、特に不都合など……」
やはり、俺は威圧的に見えてしまうのか。
しかし丁寧に接しても……ガルフとかに、逆に怖いわいとか言われるし。
一体、俺にどうしろというのだ。
……そうか、こういう時に頼れば良いのか。
俺は少しだけ後ろに下がり、そっとセレナ様の耳元に近づく。
「セレナさん」
「ひゃん!? ど、どうしました?」
「後で、セレナさんの方から村長に聞いてみてくれ。今現在の不満でも良いし、豊穣祭をやる際に気になる点など」
「わ、わかりました。ただ、急に囁くのはなしですよぉ……」
「ん? 難しいなら無理をすることは……」
「い、いいえ、私がやります。それが、私に与えられた仕事ですから」
「そうか……では、頼りにさせてもらおう」
「〜!? はいっ、嬉しいです!」
すると、セレナ様が嬉しそうに微笑む。
同時に、後ろにいるサーラさんがウインクをしてくる。
どうやら、これで正解だったらしい。