シャガ姉さん
「まったく相変わらず食道楽だね。あんたは……」
「えへへ。旨いものには目が無くて、この国の旨いものは大抵食べましたよ。でもま最後はおむすびと甘い物に行き着いちゃいますけどね」
そこは人も踏み入れないほど木々や草花が生い茂る深い深い森の中だった。
どこかで鳥か獣が鳴いている。
そんな森の中、ミコトはどこで手に入れたのか折りたたみの椅子に座り、干し柿をかじりながら
竹筒に入った湧き水きをすすり幸せそうな顔をしていた。
目の前には、これまた何故こんなところにいるのかわからないビシッと着物を着込んでカンザシが良く似合う30代ごろの女が一人。
切れ長の目が艶っぽく目つきがまた色っぽい。
そんな女が雑草の生い茂る草むらに座り、色事に全くもって興味のなさそうに恍惚と干し柿の余韻に浸っているミコトに微笑んだ。
「シャガ姉さんも一つどうです? この甘さは病みつきになりますよ」
ミコトが干し柿を差し出すとシャガと呼ばれた女は軽く手を上げ断った。
「あたしゃ、どうも”食べる”ってことまで出来なくてね 見てるだけで充分さ。遠慮しないで食べとくれ」
そう言うとミコトの持っている竹筒をもらい湧き水を一口飲んだ。
よく見るとゴザの上に座っているが足が無い。というよりまるで女は地面から生えているかのように見える。
干し柿を一つ食べ終わり意地汚くヘタの裏の部分まで舐めようとするミコトの頭をシャガは軽くはたいた。
「こら。意地汚い食べ方をするんじゃないよ。まったくあんたの父君が見ていたら説教一晩モノだよ」
「すみません」
ミコトはかしこまって座りなおしヘタを丁寧に近くの地面に埋めた。
「今日、あんたを呼んだ理由はわかっているね?」
「……土産話を聞きたいわけでは……ないですよね?」
シャガはまたミコトの頭をはたいた。
シャガの隣には拳大ほどの薄紫の花が凛と咲いている。その花がシャガの言葉に同調するように揺れている。
どうやらシャガは人間ではなくこの花の精霊のようだ。
「南の方角…”しまばら”という辺りに火の山があるだろう? その辺りにどうやら出たみたいだね」
「しまばらってあの島原? もしかして普賢岳のことですか? 遠っ!」
「気配を感じるんだ。おそらく”毒花”さ。今度こそ、そのあんたの毒の体と何か関係のある”毒花”かもしれない。
もしそうなら元の人間に戻れる手だても解るかもしれないよ」
ミコトは肩の力を落とし小さくため息をついた。
「シャガ姉さん。それ、私が行かなくちゃダメなんですか? いやね最近もうどうでもいいんですよね。
だって今の放浪の旅もそれなりに楽しいし色々な人に沢山会えるし、充実してるというか無理して人間に戻らなくてもいいような。
だいち、人間に戻った所で私の事を知っている人間なんてもう誰もいないわけですし、今更……」
シャガは、またまたミコトの頭をはた・・・こうとしたが途中で止めた。身構え目をつぶったミコトはゆっくりと片目を開けシャガを見た。
シャガは泣いていた。
「情けない。かの邪馬壹国の王族ただ一人の末裔が、このようなお気楽極楽無頓着な人間に成り下がるなんて、
亡き母君が生きていたらなんと言うか」
そうミコトは何を隠そう邪馬壹国の王子だったのだ。
だが漢の霊帝の怒りを買い度重なる大乱の中、国は漢の息のかかった卑弥呼なる巫女に乗っ取られた。
卑弥呼に代わる前の王こそ、ミコトの父親、その妻こそ母親であった。
ミコトはその戦乱の後、一人生き残るが気がつくと今の呪われたようなどんな生物も死に追いやってしまう猛毒をだす体になり
歳を取らなくなった。これは何かの植物と融合し精霊と人間の間のような存在になったのが原因だと後に解る。
そしてシャガはミコトの母親に大事に育てられた観賞用の花であったが大乱のあとも生き残り母親の代りにミコトの力になれるよう
現在まで花を咲かせ続け、精霊を出すまでに歳を重ねた。
しかし、いつのまにか実の付け方を忘れてしまいこの国にある”著莪”と呼ばれる花は全て同じ根から咲いたお同じ花になってしまった。
だが幸か不幸か、著莪の花が咲いている場所の情報は根を通じて土を通じてあたかもそこにいるかのように感じることができるのだ。
ミコトは困り無言のまま頭をかき口を尖がらせてシャガと目を合わないようにしていた。
なんとも言えない空気と時間が数秒過ぎる。
「わかったよ。だったら今すぐ、あたしを殺しとくれ。その忌々しいあんたの毒の体でちょんと触ればあたしゃ楽にあの世行きなんだから。
さあ!」
シャガは着物の胸の部分を広げ触れと言わんばかりにせまった。
ミコトはシャガの勢いに折りたたみの椅子から転び落ち尻餅をついた。
そのまま地面に置いてある荷物と共にじりじりとあとずさりする。
確実に逃げる様相だ。
シャガは足が無いためそれ以上ミコトには近づけない。
少しずつ逃げようとするミコトに冷たい視線を投げつける。
そしてチット舌打ちをすると、ハダケた胸をしまいツンとミコトから視線を逸らした。
「ああ、思い出した。そういえばあの山の近くには大きな湾があるそうだねぇ。なに食道楽のあんたさ。もはや知ってるだろうけど
そこの”ハゼの南蛮漬”ってのがもう絶品だって評判らしい」
ミコトの体がピタッと止る。
「な、なんばん?」
「なんでも捕れたてのハゼのワタをさっと取ってさ。熱々の油でカラッと揚げるんだって?」
離れていたはずのミコトはズリズリとシャガの方に近づいていく。
「それで、どうするんですか? カラっと揚げてその先は?」
「それであんたその揚げたてのハゼをジュッと漬け込むのさ。秘伝のタレの中に」
「ひ……秘伝」
ミコトは自分でも気づかないうちにヨダレを垂らしていた。
「秘伝のタレって何ですか? シャガ姉さん!」
気づくと迫っていたのはミコトの方だ。
「知らないよ。行ってみりゃいいだろ? あんたにゃあたしと違って立派なお足があるんだから」
「ええぇぇ? シャガ姉さぁぁん」
ミコトが甘え声を出していると突然ミコトの胸倉を掴み耳元で囁いた。
「アツアツのジュワァ…舌の先からノドの奥までアマジョパァァァ……」
ミコトの目がぐるぐる回った。
「は…はぜの…なんばんづけ…はぜの…」
ミコトはまるで夢遊病者のようにノロノロと立ち上がり荷物を持ち上げヨロヨロと歩き出す。
そして、突然走り出した。
「はぜの…なんばんづけぇぇぇ!!」
残されたシャガは冷静な目つきで走り去るミコトを見送った。
「どんだけだい」
一言呟くと大きなため息をついた。
今はちょうど真昼のはずだが森の中は生い茂る草木の葉や幹でかなり暗い。
もし普通の人間がそこにいれば、凛と咲き誇る一輪の著莪の花が暗い森の中を明るく照らしているように見えるだろう。
そこに絶景の美人精霊がいることは見えないにしても。
ご拝読頂きまことにありがとうございます。
今回も、ちょっと更新に時間がかかるかもしれませんが、確実に書き上げるつもりですので見捨てず読みにきてくださいね★