続・異世界転生
『豊穣の悪魔』第一章 -播種-
たった今、俺は自殺した。
今日も変わらずいつも通りの一日で、朝、スマホのアラームで目を覚まし、カーテンを開け、窓を開ける。
予約して炊けたご飯とインスタント味噌汁で朝食を簡単に済まし、ご飯と作り置きしているおかずを弁当箱に詰め、昼食の準備をするついでに空になった炊飯器の釜と食器を洗う。
寝癖を整え、服を着替え、窓を閉めて、カーテンを閉めて、鞄に弁当箱を入れて仕事へ向かう。
家から駅へ向かうにつれて人が増えていき、駅そして車内で通勤通学の人ごみはピークを迎える。電車から降りて駅を出ると、それぞれの目的地に歩く人は一定数を保ち、進むに連れて少しずつ建物に吸い込まれていく。そして自分もその内の一人で、行列から抜け出し、出社する。
仕事もいつも通りで、どこにでもある管理業務を行っていた。社員の出勤確認やその日の業務を確認してスケジュールを組み、昼食前に一度、進捗状況を見て仕事を割り振り直す。基本的には社員と業務を把握し、営業が取ってきた契約内容に沿って納期を守るだけで、余裕があれば上司や部下、他部署との他愛ないコミュニケーションを取り、今後も円滑に仕事を行う為の関係を築く。定時になって退社し、飲み会や買い物の予定がない限りは、活気付いた街に触れることなくまっすぐ帰宅する。
家に帰ると、カーテンは開けずに窓を開け、鍋に水を入れ、コンロに火を点ける。手を洗い、米を研ぎ、朝炊きあがるように予約を入れる。沸騰した鍋に乾麺を入れ、夕食用と明日の弁当用の具材を冷凍庫から取り出して解凍し、麺をかき混ぜながら具材を適当に仕上げ、弁当用は冷蔵庫に入れる。
夕食は麺類で簡単に済まし、食器を洗い、洗濯機を回してシャワーを浴び、冷蔵庫から飲み物を取り出してグラスに注ぎ、椅子に座ってパソコンの電源を点け、ネットを見ているうちに洗濯が終わり、干してまた椅子に戻る。気付けば時間は過ぎ、それでも日を跨ぐ前にはベッドに入って眠りに就く。
そういう一日を繰り返して6年、何の問題も不自由もない生活だったけれど、いつからだったか突然死のうという感覚が湧き上がってきた。最初の内はうっすら疲れのようなもので、回数が重なっていくとはっきり死のうと認識できるようになっていて、次第に方法を調べていたり簡単に想像出来るほどに強くなっていった。
誰にも言わなかったのは、それを認識しても何を考えているんだ俺は、と微笑みながら思い直すことができたから。その感覚に囚われる時間も長くなっていたけれど、夜眠るまでには消えていたから高を括っていた。決して死んでもいいやという考えを持って生きていたわけではない。
とはいえそれでも、必ず来るものだったのかもしれない。それが今日だった、ということ。
「今日じゃないんだよその話は。」
そう、俺は自殺したはずだった。
なのに意識があって、誰かが俺の考えに応えてくる。
「そろそろ三日ってところか、お前が死んだのは。」
(三日?そんなわけないだろう。)
「そりゃそうだ。本当ならお前は今日のまま、いや、その瞬間からただただ擦り切れていくだけなんだから。」
(何を言っているんだ。というか、俺は誰と会話しているんだ。)
「いろいろ気になると思うが、とにかく俺は急いでてな。ちゃんと説明はしてやるから、とりあえず連れてくぞ。」
(え?どこへ?天国とか地獄とかそういうところか?俺は今どうなっているんだ。)
「着いたぞ。」
(はや。いや、速いも何も。俺は俺の部屋で、俺の死体を未だに目の前にしているんだが。)
「そうか、お前には目がないんだから、目を与えてやらなきゃな。今俺の視角をやろう。」
突然、俺の部屋が消えた。俺の死体も何もかも。そう、何もかも消えて広大な平野が広がった。そして、高い場所からその平野を見下ろしている。その高さに内臓が浮き出すほどに。
「あいつ、やっぱり気付いたか。」
見下ろしている先には人と、馬。白い馬に乗った赤い服を着た人がいる。あと、その前には仰向けに倒れている人が一人。
「ま、気付かれたところで問題はないか。早く戻らねぇとならないしな。」
遠くてわからないけど、赤い服の人が馬の手綱を引き、倒れている人に背を向け走り始めた。視界が馬を追って行き、先には離れたところで多数の人が倒れていて、建物が崩れている。更に向こうでは土煙が上がり、何かがうごめいて、とても慌ただしい感じがする。
(音のない映画のようだ。いや、音もないし、何のにおいもない。)
次第に落ち着いて周りを把握し始めると、床がないことに気付いた。
(床が、ない?俺はどこに?待て待て待て待て、落ちる!?)
「うるせぇ!」
一気に意識が消え、声だけが伝わってくる。
「いいか、お前はこれからあいつの代わりにあいつになる。まぁお前はこの世界の人間じゃないが、あいつの体はこの世界で生きてきた。そんなに困ることはないだろうよ。」
「ああ、少し力み過ぎたか。でもお前が悪いんだぞ?ごちゃごちゃ考えてるだけならまだしも、騒ぎ出すんだから。心配すんな、意識ならすぐ戻ってくる。あーでも、その前にあいつの魂が出てきそうだな。ま、生き返って新たな人生歩めるんだ、せいぜい楽しめよ。」
意識が戻り始めると、馬の前で倒れていた人が視界に浮かび上がってきた。
「いいか、俺の名は悪魔ブルゼ。次に会う時まで忘れるなよ。」
どうやら下まで降りてきたらしい。そして、自分の腕じゃない黒く鍛えられた腕、指先の尖った手が白く淡く光っているものを倒れた人の胸に押し込んでいる。すると、見えていたものが消えた。また何もかも消えてしまった。
読んでいただき、ありがとうございます。
仕事しながら書いているので、更新は不定期とさせてください。
今後ともよろしくお願いします。