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1侘寂ブラックホール

迂闊に先を急いだためその大きなホールの存在には気が付かなかった。天下の茶人である千利休の180cm近い巨体はホールにすっぽり飲み込まれながら闇へと消えて行くと、さらにその奥の方へと引きずり込まれていく。

昼の闇に包まれここまでの人生が頭の中で渦巻く。

”関白への助言は何か功を奏するのか”、”侘は後世に継がれていくのか”…、

待庵と銘じられた4畳半茶室の小さな空間で上下別け隔てのない時間を共にしてきた人々の顔が次から次へと浮かんでは消えていく。

もはや覚悟は決まっていた。目を閉じて身を任せた。

だが、奈落の底へと落ちていくのには数秒もかからなかった。

底に落ちた際の衝撃はそうでもなく、呼吸もそう乱れることはなかった。

棺桶に横たわるように仰向けで両手の指をみぞおちの上で組む。起きたことを反芻するように目を閉じ瞑想していると、

高めの波動が耳に入り込んできた。

意識がそちらに行くに従い、その波動は人の声であることがわかってきた。しかも笑い声のようで何か気分が悪くなって薄く目を開けてみる。

朧月のような丸い光が目を開けるごとに鮮明になり、

月兎のごとく円光の中に人のシルエットが現れた。

「おおっ、随分派手にハマったのう。さすが利休、そんな中での寝姿も美しい」

丿貫(へちかん)だ。やりかねない男だが、こんな大仕掛けは全く予想だにせず油断していた。

「なかなかの景色でございました」

そう言うと平然を装い利休はゆっくりと腰を起こす。立ち上がればホールの深さは胸ほどであった。

丿貫に茶に招かれての道すがらの出来事だったが、それにしてもかなり手荒いもてなしだ。家に招き入れられると風呂と着替えが用意されていた。

天下の茶人ともてはやされ世の雑念にまみれた利休の浄化を図ったのだ。


丿貫は真行草どの茶様式にもはまらない独自の茶でその名を知られた。

茶は所作、もてなし、床の掛け軸、花、香炉、茶器、茶室、庭等々、

全てに妥協せず最高を追求する、いわば総合芸術。

掛け軸は客に合わせ都度掛けかえ、いわれを解説する為、絵画や書、

その書意まで知識を備えるので、禅語の教えをも身につける。

丿貫は道具などにこだわらず、雑器で気ままに茶を楽しんだのだが、

すべての知識は抑えた上でのことだった。

というよりそれを超越した結果の茶だった。

真理に向き合い続けるにつれ、禅僧のように人間の本質を求め、

丿貫の場合はさらにその根源である脳、意識、

それを構成する”何か”について考え続け、

自身の意識は地球を飛び出し宇宙空間へと向かっていった。

宇宙を構成する”何か”、について考えたところで今回のホールをやらないではいられなくなったのであった。

増殖したものは一度飲み込まれ、新たに創出されるべきであると。

つまりこの穴は丿貫ブラックホールなのである。


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