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「カナリーエ!!!」
かすれる声で何かを述べたあとそのまま地に伏した彼女には、誰からも救いの手は差し伸べられないであろうと思われていた。
観衆はみな彼女の罪を咎め、王太子と愛らしい娘はまるでお互いしか見えていないかのような態度であった。
そんな中、悲痛な声をあげ輪の中心に踊り出た男がいた。
男は、カナリーエの兄であり幼馴染でもある、所謂乳兄弟であった。
突然の乱入に王太子は片眉をあげた。
「なんだ?」
カナリーエの乳兄弟であるジークというその男は、カナリーエを腕に抱いたまま問いには答えなかった。
ただ必死に、カナリーエに声をかけ、呼吸と脈を確かめる。
意識をうしなった彼女は幸運な事に、命だけは失っていなかった。
「直答を許す。何用だ?」
王太子は、再度問いた。
ジークは顔を上げずに言った。
「カナリーエ様の乳兄弟にあたりますジークと申します。緊急の事態ゆえ、御無礼をお許し下さい。」
王太子からの問いに、無礼と言われ切り捨てられても仕方ないような答えだった。
観衆は眉根をよせ、興味深そうにそれを聞いた。
ジークの声は揺らぎなかった。
「緊急?」
王太子は片眉をあげた。
ジークは、小さく頷き言葉を繋げた。
「このままでは、カナリーエ様のお命が危険だと判断致しました。」
「命の危機、ねぇ…」
ジークの真っ直ぐな答えに、王太子は疑問を呈する。
緊急と聞いても王太子にはピンと来なかった。目の前の女はただ、自分や他者の関心を引くためにわざと倒れたのだと信じて疑わなかったのだ。
ジークはさらに続けて言った。
「失礼を承知の上でお願い致します。」
「なんだ」
「このまま、カナリーエ様をこの場から退出させていただきますことをお許し願います。」
それは、ジークにとって賭けのようなものだった。
これが断られたら、ジークにはもうどうしようも無い。
カナリーエがその命を儚く散らすのを、遠くからそっと見守るのみである。
祈るような思いでいた。
王太子は言った。
「かまわん。好きにしろ。」
王太子はもう、カナリーエに興味がなかった。
十数年己の隣に立っていた目障りな彼女が、もうそこに居ないのであれば、何でも良かった。
愛おしい娘が腕の中にいれば尚更である。
その言葉を聞いた観衆も、その好奇心をおさめ始めた。
観衆たちは刺激に飢えていただけに過ぎず、根本的なところで彼女を恨んでいる訳では無い。
王太子がもう良いというなら良いのである。
ジークは1度頭を下げて言った。
「ありがとう存じます。失礼致します。」
ジークはその腕にカナリーエを抱き上げ、その軽さに一瞬目を丸くした後、そのまま退場して行った。
抱き上げた一瞬以外、その顔色を変えることなく堂々と去っていった。
舞踏会に静寂が訪れたのは一瞬の事だった。
直ぐに会場は活気を取り戻し、いまの一連の小芝居は他の噂話と共に流れて行った。
そんな世界であった。
その中で1人だけ、この結末に満足の行かない者がいた。
カナリーエの妹は、その愛らしい顔を醜くゆがめ、ジークが去った扉を睨みつけていた。
読んで下さりありがとうございます。
本編はひとまず完結です。
時間が合えば視点の違う番外編を更新するやもしれません。
お付き合い下さりありがとうございました。
この巡り合わせに感謝を。




