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別に彼女はひとりぼっちという訳ではなかった。
彼女は、母に愛されない代わりに乳母に育てられ、乳兄弟と転げ回りながら育った。
乳母は、実の子と変わらない位関心を向けて、大切に育ててくれた。
彼女の家の使用人たちも、実の子でありながら冷遇され乳母に育てられ、愛を向けられないその子のことを哀れんでいたし、素朴で心優しいその子に対して悪感情を抱いてはいなかった。
彼らは、彼女に与えてくれた。
心を壊さず育つために必要な関心を、知識を、生きていくために必要なモノを。
だが、彼らは与えられなかった。
彼女の欲する唯一絶対の愛を。
だからといって、彼女は突然できた異母妹を疎んだ訳では無い。
寧ろ彼女は、新しく出来た家族を大切にしようとした。
歩み寄り仲良くなろうとした。
彼女は知っていたから。
兄弟というものを。
彼女の乳兄弟は、弟がいたから。
今でこそ、外に学びに出ているせいで、疎遠になってはいるが、彼女は乳兄弟と実の兄弟のように育った。
だから彼女は、血の繋がりのあるその愛らしい娘と、姉妹のように仲良くなることを願った。
それは、何の打算もない純粋な好意だった。
そんな彼女のもうひとつの不運は、彼女の妹が、彼女を恨んでいた事だろう。
彼女の妹は、初めて屋敷に連れられた時に、その屋敷の大きさに驚いた。
キラキラした宝石の数に心踊った。
美しいドレスに瞳を輝かせた。
同時に、それを産まれた時から甘受している己が姉を羨んだ。
そして、憎んだ。
彼女を超えてやろうと心に誓った。
だから、彼女の妹は彼女の王子様を奪おうと企んだ。
貴族に見初められるほどの美貌を持つ母に似た、その姿を活かして。
実際、それは上手くいった
彼女の王子様は、常に完璧で美しい彼女に、それでも足りないと努力を辞めぬその姿に、コンプレックスを感じていたから。
だから、ただ、笑っているだけでなんの害もないその少女に惹かれた。
彼女の王子様は、あっという間に彼女の妹の物になったのだった。
だが、彼女は、彼女の王子様に対して恋心を抱いていた訳では無い。
いや、そう言ってしまうと嘘にはなるが、ただ、彼女の王子様が奪われたことは、怒り狂うほどのものではなかった。
なぜなら、彼女は期待していなかったから。
彼女が幾ら望んでも、愛を与えられたことはなかったから。
だから、彼女は己の恋心に気づかなかったし、彼女の婚約者であるその王子が、彼女の妹に心惹かれていると気づいても、彼女は空虚な寂しさを感じただけだった。
だが、彼女の心には小さな歪みが生まれていたのだろう。
彼女の婚約者が、学園の卒業パーティーの直前に婚約の破棄を申し入れた時。
彼女の父が喜んでそれを受けた時。
彼女の異母妹が、勝ち誇ったような目でこちらを見てきた時。
彼女の元婚約者が、彼女の妹と2人きりで逢瀬を重ねている事に気がついた時。
彼女の心は少しずつ壊れて。
壊れて。
壊れて。