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ある所に娘がいた。
彼女は、ファルラルトの王家に身も心も捧げた忠義の一族である、リールント公爵家の長女。
名をカナリーエという。
彼女の両親は貴族家ではよくある、愛のない結婚だった。
家と家のパイプになる為だけに結ばれた政略結婚。
ただ、彼らにおいて、いや、二人の間に産まれてしまった彼女において、最も不幸なのは、結ばれた女の方が男に恋心を抱いていたことだろう。
女は男を一目見たときに恋に落ち、それからずっと心を通わせる事を願っていた。
男が自分を愛することを望んでいた。
だが、男は女の方を見ることは無かった。
義務のように娘をなし、それからずっと女にも娘にも関心を寄せなかった。
女は、男を最後まで望んでいた。
お前がいるから男がこちらを見ないのだと、娘を憎んだまま、流行病で呆気なく死んだ。
葬式の時でさえも、男は女のために時間を割かなかった。
そして、娘もまた、母のために涙することは無かった。
己が必死に愛を乞うても、視線ひとつよこさなかった女に対して、もう何も感情を抱けなかったからだ。
だから、娘は愛を望んでいた。
誰かに愛されることを、誰かを心から愛せることを。
でも、父はそれをくれなかった。
彼女の父は、彼女の母が死んでも、相変わらず関心を寄越さなかった。
幼い彼女の記憶の中で唯一、父に言葉をかけられたのは、たった一度だけだった。
それは、彼女が当時の王太子の婚約者になった時。
彼女の父親から、婚約者に選ばれたと。
相応しくなるために励めと無機質に機械的に言葉を投げられた。
とても会話とは言えず、愛も何も感じられないそれが、当時の娘にとってかけがえのない宝物だった。
だから、彼女は励んだ。
王太子に相応しくあれるように、
常にすばらしくあれるように、
誰かに愛されるように、
父に、家族に、愛されるように。
ただ、父は娘を愛すことは無かった。
代わりに、父は娘に無慈悲な現実を突きつけた。
娘の母が死んで、早10年。
娘が15の歳をむかえて、学園への入学を控えたある日。
父はもう1人の娘と新しい母を連れてきた。
父が、自分たちの代わりに愛した家族を。
父が望み、願い、誕生と成長を何より喜んだ娘と、彼が心から愛した女を連れてきた。
娘は愛を望んでいた。
当然与えられるべきである愛を。
何ら特別なものでも無いそれを。
でも、彼女は与えられなかった。
なぜなら、彼女が望んだそれら全ては、彼女でない他の娘に与えられていたのだから。