1話 シェイナの婚約破棄
「シェイナ、申し訳ないがお前との婚約を破棄させてもらう」
「えっ、婚約破棄……? な、なぜですか……?」
私は婚約者のギゼフ・ランバル侯爵に応接室に呼び出された。そこで聞かされた言葉がそれだ。婚約破棄……彼は一体、何を言っているのだろうか?
「私は幼馴染のロドリーと結婚することにしたからだ。お前との関係は今日限りで終わりにさせてもらおうか」
「そ、そんな……! いきなり婚約破棄だなんて言われても困ります……!」
ギゼフ様は確かに今までもこういうところがあった。婚約関係にあったこの1年近くを見ていてもだ。私にほとんど興味を示さない時があったり、それでいて身体を重ねる要求はしてくるというか……勿論、断ったけれど。
「私はロドリーと一緒に居る方が自分の意見を通しやすいと思った。お前は身体を重ねることも拒み続けていたからな」
「いや、それは……」
ただの我が儘ではないのだろうか? 結婚するまでは身体の関係にならないのは普通のことだし。
「婚約の状態で身体の関係にならないのは、当然のことだと思うのですが……」
「それだよ、シェイナ。お前は本当に頭が固い。まあ、これ以上言っても無駄だな。とりあえず婚約破棄だから、屋敷から出て行け。邪魔だ」
「ギゼフ様……」
私は悲しくなってしまった……こんな酷いことを平気で言える人と結婚しようとしていたなんて。自分が情けなくなってしまう。アルバート伯爵家にも申し訳なくなってしまう程だ。それから、自然と周囲に目配りをした……周囲には絵画が幾つか置かれている。ペンネーム「サリシャス」……全て絵画にそう書かれている。
「どうかしたのか、シェイナ?」
「いえ……これらの絵画についてはどうするのですか?」
「サリシャスの絵画か? お前には関係ないだろう?」
「は、はあ……」
やはりギゼフ様は知らないようね……まあ、私に興味がなさそうではあったし。仮面夫婦みたいなものか。彼の心は完全に幼馴染のロドリー・シンクレア侯爵令嬢に行っているのだろう。
「サリシャスは現役の画家では王国一人気があるだろう。他国にもファンが多いからな。他国の重鎮からもたくさんの注文が入っている。相当な儲けになってしまいそうで困ってしまうよ、わははははっ」
「……」
ちなみにペンネーム「サリシャス」の本名はシェイナ・アルバート 18歳。つまりは私のことだ。私は10歳から絵画を描き続けている。生来の速筆と相まって他の人よりも早く完成させることが出来ていた。
「さて、サリシャスの話はもう良いだろう? さっさと出て行って貰えるか? これからロドリーと会う約束があるのでな」
「わかりました、ギゼフ様……今までお世話になりました……」
「うむ、大義であったぞ。ではまたな、わははははははっ」
私は悲しくてしょうがなかった……でも、ギゼフ様の前で涙を見せることだけはしたくない。これはもう意地の世界だ。私はなんとか涙を堪えて馬車に乗り、アルバート家の屋敷を目指した。