表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

退屈

 はだけたYシャツを整えながら、ベッドから立ち上がる。

 寝室の電気は消し、ベッド横にあるランプの小玉電球だけが光っており、部屋全体は薄暗い。

 時刻は午後九時半。

 とっくに日は落ち、寝室から覗く窓には信号や街灯の光がイルミネーションのように輝いている。

 やはり高層ビルから見る夜景は違うな。

 如何せん高所から眺める景色なため、地上を歩く人の年代や性別を認識することができない。

 だが、住宅街から離れたショッピングモールやビルが立ち並ぶ割と都会な場所、そしてこの時間帯となると、外出している人は残業終わりのサラリーマンだったり夜遊びをしている若者くらいだろう。

 そんな彼らを僕は高層マンション三十八階の一室から眺めているわけだが。

「人を見下ろしていると人より偉くなった気分になるな」

 何の気なしに独り言を呟く。

 まあ気分なだけで、綺麗な夜景を見てこんなことしか思えない僕はきっと偉い人間にはなれないんだろうけど。

 一度外してしまったベルトをまた付け直しながら、愚かな自分を見つめなおす。

 せっかくの夜景もこんな荒んだ心で見てしまうと穢れてしまう。もっと子供の頃のような純粋さがあれば、と無い物ねだりをする。

 っと、まあそんなことはいいか。

 下らないことばかり考える思考を切り替え、身だしなみを整えた僕は窓から離れ、一度ベッドに腰掛ける。

 少しだけ疲れた。小休憩を挟んでから家に帰りたいが……。

 ちらりと、僕はベッドで横たわる姉さんを見る。

 掛け布団一枚で、すやすやと眠っている。

 起きたらまた「一緒に居て欲しい」と駄々をこねてきそうだし、眠っている間にコッソリ帰るとしよう。

 休みたい気持ちはあるが時間も時間だ。今日は帰るとしよう。

 夏場とはいえ少し冷えそうなため、姉さんに掛け布団を深くかけてあげる。

 穏やかな彼女の寝顔を優しく指先で撫でる。

「お休み、姉さん」


                   ◆


 九時半と人工的な光源がなければ真っ暗な時間帯でも、都会方面のここら辺には明かりとなる店や街灯がたくさんあり、夜中でも暗闇を感じさせない。

 通りすがる人は高層ビルから見下ろしていた時の予想通り、サラリーマンや若者ばかりだ。

 労働の疲労により破棄を失ったサラリーマンが、男女グループで和気藹々とする若者が、通っている道を、僕は帰路として歩いていた。

 九時半かぁ。普通なら怒られるよな。

 まだ学生の身で、連絡一つ入れずこんな時間まで外出していたら普通家の人に怒られる。

 

——けど、僕の家は普通じゃない。


しかし、然程困ってはいない。

 片親だけど、臨時収入がたくさんある仕事を〝彼女〟はしているから、生活に困窮してはいない。

 それに、僕もバイトでそれなりに稼げてるし。

 まあそのバイトは企業運営しているわけでもないし、言っちゃえば非合法の仕事だから姉さんから契約を切られてしまったら、その時点で収入ゼロ。

 なんだけど——。

『もっと、漣くんと一緒に居なきゃダメなの……』

 あの時言っていた姉さんの言葉を思い出す。あの感じなら、まだ大丈夫そうだな。

 ——とにかく、金銭的な問題はない。

 問題があるとすれば、〝彼女〟が親としての役割を果たしていないことか。

 放任主義なんて体の良い言葉があるが、言ってしまえば〝彼女〟がしているのは育児放棄だ。

 育児を放棄されて困る歳でもないが、世間体的にはどうなのだろう。

 家にいることはほとんどないし、ましてや〝彼女〟が家事をしているとこなんて見たこともない。

 必要最低限の金はくれるがそれだけ。

 親としての愛情や教育は何一つとして与えてくれなかった。

 ……けど、繰り返すようだが、困ってはいない。

 親の愛とかそんなホームドラマみたいなものを求めている僕など存在しない。

 今更〝彼女〟に求めるものなどない。

 僕も〝彼女〟も互いに不干渉の関係でいる。最近ではロクに顔を会わせてもいない。

 だが、それでいい。だって困っていないから。

 ただ親の居ない家に一人で暮らすだけ。

 だからいくら遅い時間帯に帰ろうが怒る人も心配する人もいないわけで、つまり僕は自由の身というわけだ。

 学生時代にこれほどの自由が許された人はなかなかいないだろう。

 だからもしかすると僕は、ラッキーなのかもな。

 親という存在がほぼないに等しいということは、親の束縛というのもまたないに等しい。

 って、流石に考え方がポジティブすぎるか。

 まあ、悲劇の主人公ぶるよりは鼻につかなくていい考え方だと自分でも思う。


 そんなことを考えながら、都会の街を歩いていると。

「あっ……、これって」

 店の壁に大きく張られた映画宣伝のポスター。

 光沢のあるポスター用紙が剝がれないよう丁寧に壁に貼り付けられており、街灯の光が僅かに反射している。

 不意に目がいき、その既視感に思わず足を止めてしまう。

 そのポスターに主演として映っている役者や作品のタイトル名にはとても見覚えがある。

 というか、ついさっき見たものだ。

『姉と弟の禁断の愛~2~』

 タイトルの下には、大ヒット上映中という文字がある。

 まさかの続編だった。

 でも確かに続編が作られてもおかしくはないくらいの、クオリティーの高い作品ではあった。

 まさかとは言ったが、しっくり来ていないわけでもなかった。

 けど、1がヒットしてそれに便乗する形で作られた続編映画なんて大抵失敗するものだ。1製作の時点で2製作予定があったならまだしも、1では続編をほのめかす描写が一切

なかったこの映画はまず失敗するだろうな。

 それに、……——いや、これは2が失敗するであろうという根拠よりは、比較的僕の主観が入った、いわば感想のようなものなのだが、


「この映画、……あんまり面白くなかったんだよなぁ」


少しでも良かったらブックマークや評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ