前兆
☀
レンは安曇さんの車に乗り込んでいる。
私はそれを玄関前から眺めている。
運転席に座る安曇さんと助手席に座るレンが談笑している。
私はそれを玄関前から眺めている。
ただじっと、眺めている。
「親戚とはいえあんな綺麗な人と漣が知り合いなんてビックリだよな」
「うん、そうだね」
「あんな綺麗な人と親族なんて本当羨ましいぜ。ハハハ」
「うん、そうだね」
「あっ、わりぃ! こういうのは彼女の前で言うのは良くないよな……」
「うん、そうだね」
「……? 雅?」
「うん、そうだね」
私は、眺めている。
窓ガラス越しから見えるレンの笑顔を眺めている。
私にではなく、安曇さんに向けた笑顔。
「……なぁんか、嫌な気分だなぁ」
ポツリと呟く。
——そうして、やがて車は走り出す。
どんどん遠のいていく車を、私はただ、眺めている。
◆
翌日。
いつものように登校し、浩二と雅と何気ない話をする。
相変わらずの日常だ。
この日常は、翌日も、翌々日も続いていく。
きっと変わらない。
いや変わって欲しくないだけかもしれない。
何処にでもある変哲もない日常。
僕はこの日常が楽しい。
どうでもいい話を三人でして、何気ないことで笑い合って、休日とかは三人で遊びに出かけたりする。
そんな日常がたまらなく楽しい。
勿論、この三人だけではなく他の人間。例えば雷坂先生だったり、姉さんだったり、クラスメイトだったり、そんな人たちとの日常も楽しい。
——きっと、今この瞬間どれだけ楽しい思い出を作っても、それは大人になってから有効活用されるわけでもなく、言ってしまえば時間の無駄程度で終わってしまう。
楽しい思い出があるおかげで受験が有利になるわけでもないし、就活に役立つわけでもないし、給料が上がるわけでもない。
でも、人生なんて大体そんなもんだ。
人生の大半は時間の無駄である。
なら、無駄であるなら、最大限に楽しむことこそ正しい選択だ。
僕はそう思う。
僕だけじゃなく、多分皆が同じようなことを思っている。
——人生楽しんだ者勝ち。
人生に勝ち負けなんてないが、実際その通りだ。
なら僕はその信条に則り、人生を楽しむ。
この日常を最大限に楽しむのだ。
……先に言っておくけど、これは別に世界がゾンビパニックになる前振りではない。
楽しい日常が崩壊する前兆ではない。
この日常はきっと僕が死ぬまで続く。
周りを取り巻く人間は変われど、日常は変わらず続いていく。
——じゃあなんで、僕が日常について今更説いたのか。
それは、前振りだ。
日常崩壊の前振りではない。
僕が送るその日常の〝裏側〟を語る上での前振りだ。
そう、裏側。
裏側と表現したが、別に裏表の表現に固執する必要はない。
暗部と表現してもいいし、影と表現してもいい。
とにかく、人には見せたくない、見せられないような日常。
そんな日常だ。
裏側の日常。
暗部の日常。
影の日常。
背徳の、本性の、秘密の、日常。
——そして、どうして僕がこの日常を語ろうとするのか。
人に見せたくない、見せられないような、
裏側で隠すべき、暗部として忘れるべき、影として背けるべき、
そんな日常をどうして僕はこれから語ろうとしているのか。
それは、その日常が、表側の日常より、明部の日常より、光の日常より、
ずっと、とっても、とぉっても、——楽しいからだ。
18時にも投稿します。