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不幸

『キーンコーンカーンコーン』

「あっ、チャイム。——それじゃあ、俺席戻るわ」

 朝のホームルール開始を知らせる鐘が鳴ると、浩二は自分の席へと戻る。

「じゃあまたあとで」

「ん、またねえ」

 僕と雅は席に戻る浩二に軽く手を振り見送る。どうせ同じ教室で授業受けるんだけどね。

「んじゃ私も、っと」

 そして雅もまた自身の席である窓際の一番後ろの席、つまり俺の真後ろの席に座る。

 すると、彼女は席に着くと早々に「ねえねえ」と言いながら、僕の背中を指で小突いてくる。

 それに対して僕は上体をひねり、後ろの席の彼女と対面する。

「あのさ、今日の放課後もいい?」

 周囲に声を聞かれないよう、彼女は声のボリュームを絞って問いかける。

「あー……、今日はちょっと無理かな」

「えぇー、いっつも放課後は空けといてって言ったじゃん」

「無茶言うな。僕にだって用事があるんだよ」

「どうせ大した用事じゃないくせに。この雅様との用事を無下にするなんて、レンのくせに生意気だぞ」

「どこぞのガキ大将かお前は。……とにかく、今日は無理だから」

「ぶーぶー、ケチケチぃ」

 彼女は唇を尖らせ、文字通りぶーぶー文句を言う。

「明日はちゃんと空けとくから、それで勘弁してくれ」

「……うむ、ならば許して進ぜよう」

 僕が妥協案としてそう提案してくれると、雅お代官殿は何とか気を静めてくれたようだ。

 ——と、そんな会話をしてほどなくすると、

『ガラガラガラ』

 教室のスライド扉が開く音が教室に鳴り響き、若干の騒がしさを帯びていた教室が静まり返る。

 僕もまた雅との話を中断して、正面に向き直る。

「はい、みんなおはよう」

 入って来たのは我が二年三組の担当教師である雷坂らいさか つむぎ先生である。

 綺麗な黒髪は丁寧に結われ、ザ大人の女性って感じの凛々しい顔立ちをしており、女性の割には長身だ。

 しかしそんな何処か棘のありそうな雰囲気とは裏腹に、彼女の人柄はとても優しく、生徒からも好評だ。

「ムギちゃんおはよー」

「ツムちゃん今日も可愛いぃ!」

「はいはいありがとねー」

 クラスメイトからそう茶化されるも、先生は軽くそれを受け流し出席簿を開く。

 クラスメイトからは先生、というよりは一つ上の年代の友人のような存在で、「ツムちゃん」とか「ムギちゃん」だとかそんな愛称で呼ばれている。

 教師としての尊敬はなくとも、同じ目線で接してくれる彼女は他の教師らよりも慕われる存在となっている。

 それがいいかどうかは、当人である雷坂先生にしかわからないが。

「じゃあ、出席取るね。——雨無あめなし 漣君」

「はい」

 出席番号一番である僕は早々に名前を呼ばれ、後ろの席からでもしっかり先生に声が届くよう少し声のボリュームを上げて返事をする。

「雨無君出席っと、……じゃあ次は——」

 雷坂先生が出席番号順に生徒の名前を呼ぶ中、またしても雅が背中を小突いて呼んでくる。

 先生が教壇に立っているため、黒板に背を向けて離すわけにもいかず、僕は椅子を少し後ろに寄せて耳だけ傾けた。

「ねえあのさ、今唐突に思い出した話なんだけどね」

「それ、今じゃないとだめなのか?」

「いいじゃん、ちょっとくらいおしゃべりに付き合ってくれても」

「一応ホームルームの真っ最中なんだぞ。私語は禁止だ」

「いやマジメかっ」

「真面目だよ」

 彼女のツッコミに対して僕もまたツッコミ返す。まあ雅のはツッコミというよりボケだったけど。

「それでなんだけどさ——」

「結局話すのかよ」

 僕の言葉なんて無視して、彼女は勝手に話し始める。

「レンも〝無差別嫌がらせ〟は知ってるでしょ」

「……まあ、この学校で知らない奴はいないな」

 無差別嫌がらせ。

 この学校では時々そのような事例が起こっている。

 机に傷を付けられたり、体操着を破かれたり、酷い時には怪我人が出た時だってある。

 そのような嫌がらせ行為を学年男女問わず無差別に行っている者が、この学校の何処かにいるそうだ。

 実際は陰湿ないじめが横行していることから生まれただけの出任せなのかもしれないが、噂好きの学生たちの間では話の種として重宝される都市伝説のようなものだ。

「それでね、その無差別嫌がらせの犯人は、……この学校に住み着いた悪霊なんだって……!」

「……はぁ」

 雅がおどろおどろしい声でそんなことを言うも、僕はあまりに下らない俗説に溜息を吐く。

「だって無差別で嫌がらせするなんて絶対あり得ないじゃん。それにオカルト部の友達が昔ここでは自殺した生徒がいるって言ってたもん」

「オカルト部はそう言うこじ付けみたいな説を作るのが活動なんだろ。それを鵜吞みにするなよ」

「でもでも、そうじゃないと説明つかないじゃん。なんの共通点もなしに嫌がらせするなんてありえないじゃんかぁ」

 共通点はない、か。

 この都市伝説が流行っている理由は、共通点不明の無差別な嫌がらせというミステリックな現象だからだ。

 謎が多ければ多い程よい。非日常に飢えた高校生たちはそういうものが大好物なのだ。

 ——けど、言うほどこの「無差別嫌がらせ」は謎過ぎる事象でもない気がするがな。

 だって、

「共通点ならあるだろ。ちゃんと目に見えて明確なものが」

 僕はボソッと呟く。

「え、そんなのあるの!? なら教えて——」

 それを聞き取った雅が興奮気味に食いついてくる。

「こほん。……晴家さん」

 しかし、今はホームルーム中だ。

 当然、大声を出して興奮気味に食いついてくれば先生に注意されるのは目に見えている。

「ホームルーム中に男子とイチャイチャしてると彼氏に嫉妬されちゃうわよ」

 悪戯めいた雷坂先生の発言に教室ではドッと笑いが起きる。

「あ、あははー、すいませーん。コージもごめんねぇ」

 雅もまた冗談めいた様子で先生と浩二に謝る。それによって教室は更に笑いに包まれる。

 浩二もまた教室の雰囲気にのまれ笑っているため、僕と雅のイチャイチャに対してさほど気にしている様子はなさそうだ。実際イチャイチャなんてしてないから当たり前だけど。

「雨無君も、ホームルーム中はお喋り禁止だからね」

 決して生徒を傷つけるような物言いではなく、優しい声色で注意してくる。

「……はい」

 生徒のことをよく理解している先生だ。

 高校生という難しい年頃の者たちから嫌われずに教鞭をとるというのは存外難しいことだ。

 反骨精神旺盛な高校生は気に入らない点があればすぐに人を批判する。

 特に、教師という生き物はその対象になりやすい。

 だからこそ、雷坂先生はそれを理解して彼らに目くじらを立てられないよう教師としての身の振り方を考えているのだろう。

 友達の延長線上のような関係が、一番生徒と良好な関係を築く上での身の置き場として適している。

 ——それがいい先生であるかどうかに関係するかはわからないけどね。

 まあでも、生徒たちからしてはいい先生なのだろう。

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