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館内

「映画館にとうちゃぁ~く!」

 腹ごなしを済ませた僕らは、本来の目的地である映画館へと来ていた。

「館内では静かにしろよ」

 一人だけ遊園地テンションではしゃぐ雅をいさめる。

「もぉ~、なんでレンはそーゆう水を差すようなことを言うかなぁ……」

「一般的なマナーだ」

「ハハ、お前ら親子みたいだな」

 浩二が本当に何気なく、そんなことを口にする。

「……」

「え~、そうかなぁ? ——ねえ、パパはそう思う?」

 何故満更でもなさそうに微笑むんだ。そしてパパとか言うな、こそばゆいから。

「……僕はこんな手のかかる娘は嫌だ」

 切実なる本音だ。

「——それより、早く席決めよう。いい席なくなるぞ」

 強引に話の腰を折り、地検と売り場へと我さきへと向かった。

 すると、その前に——。

「ちょっと待っただよ、レン」

 ガシッ、と雅に肩を掴まれ引き留められる。

「ああ、まだ行ってはいけないぞ。なんせ俺たちは、まだ大事なことを決めてないからな」

「大事なこと?」

 ここまで来て決めることと言ったらシアターの座席くらいだろう。

 他に決めること、しかも大事だと念押しされることなど果たして——。

「「——誰がチケットを買うかだ!」よ!」

「…………は?」

 双子タレントみたいな息を合わせての台詞に小首を傾げる。

「何言ってんだよ。チケットならもう——」

「ああ、確かにあるな。——……2枚だけ」

「…………あっ」

 そうだった。

 貰ったチケットは元々2枚。そして今いる人数は3人。

 小学1年生のカリキュラムを受けている人間ならわかるだろう。

 数があっていない。

 要は、一人だけ手元にある前売りチケットを使うのではなく、自腹を切って当日チケット購入しなくてはいけない。

「「「…………」」」

 少々の沈黙が流れる。

 雅と浩二は僕と違いバイトをしていないし、僕だって無駄な出費は避けたい。

 自分から名乗り出るような金持ち高校生も救世主も聖人君子もここにはいない。

 誰もが前売りチケットでタダの鑑賞を望んでいる。

 全員の意見が対立した。

 誰一人として譲る気はない。

 そうなれば、起こりうる事象は一つのみ。


「「「————最初はグー! じゃんけん……!!」」」



                    ◆



「いやぁー、すまんな。漣」

「にゃはは、勝負の世界とは非情なのじゃよぉ」

「…………」

 僕は自身が出したチョキの手を眺めている。

 ——結局僕が負けた。

 僕が考える限り最悪のオチだ。

 特別見たいわけでもない映画のために1500円を払うのは、お財布事情以上に気持ち的な問題で辛い。

 浪費とまではいかずとも無駄な出費ではある。

 この1500円があれば——……いや、よそう。それを考えたらますます辛くなるだけだ。

 僕はトボトボと少しだけ軽くなった財布をポケットにしまいながら二人の後をついて歩く。

「あっ、そういえば私ポップコーンが食べたいなぁー。……チラッ」

「俺はホットドックとコーラがいいかなぁー。……チラッ」

「こっち見んな。絶対買わないからな」

 無駄な出費させた僕に奢らせるとか、鬼かよコイツら。

 友人二名の倫理観に疑念を抱きながら、シアターへと進む。

 四番スクリーンへと足を踏み入れると、そこには案の定というか、席がガラガラだった。

 休日の昼間なら映画館自体は混んでいるだろうが、この興行失敗が確定したような作品をわざわざ1500円も払って見る人はそういない。

 僕だって払うことがわかっていたら来たりなんかしなかったよ。

 最早どこに座ってもいいような空席度合いだが、ちゃんと施設のルールに則ってチケットに書かれた座席へと座る。

 席順はロクな話し合いもせずに、右から、浩二、雅、僕、の順で座る。

 映画館に来るなんて小学生ぶりだろうか。なんだか懐かしい心地だ。

 座り心地の良い映画館の座席を背中で感じ、昔の記憶に想いを馳せる。しかし、十年程ぶりに見る映画がこれだと感慨深さもへったくれもない。

 まあでも、実は名作という可能性もまだなくはない。限りなくゼロに近いだけで、決してゼロではない。

 昨日の夜、映画の内容が少し気になってレビューサイトを見たら星5評価で1,4だったけど、まだ可能性はある。

 と、期待と呼んでいいのかすらわからない気持ちを抱きながら、スクリーンに流れる他作品の予告編を眺めている。その間に「あっ、こっちの作品の方が面白そう」と思う機会が、決して少なくない頻度であった。……やめよう。そんなことを考えたら余計見るのが億劫になるだけだ。

 なけなしの期待をなんとか胸に留めながら、いざ本編が始まる。

 ……開始十分ほどで、なけなしだった期待が遂に潰えた。

 主演もヒロインも役者は前作と違う人で、前作を見たせいで逆に作品を見る上で没入しづらくなる。エキストラの台詞はお遊戯会を彷彿とさせる棒読み。あと物語とは関係ないシーンが散見しており、内容がすんなり入ってこない。——欠点を挙げるときりがない。

 これを見るなら一時間半仮眠をとる方が1500円の有効活用になる。そう思えるほどには駄作だった。

 いっそ本当に寝てしまおうか。そう思った時だった。

 ちょんちょん、と人差し指で右肩を小突かれる。

 横を向かずともわかる。右に座っている雅の仕業だ。

 映画館の中ということを配慮してか、声は出さずにボディタッチで僕に合図を送る。

 思い当たる用件は一つのみ。もはや言うまでもないだろう。

 ただでさえ駄作に1500円を払ったという事実でナーバスになっているのに、追い打ちをかけるように億劫な用件を持ってこないで欲しい。

 映画に夢中で気づかないことにしよう。そう思い、振り向かずにスクリーンだけを眺めていると——。

「ふぅ~」

 耳に生暖かい息がかかる。

「っ!?」

 背筋をなぞられるようなこそばゆさに襲われ、席からずり落ちる。

 体がずり落ちたせいで前の席に足があたり、前にいた客が怪訝そうにこちらを見ている。

その人に対し「す、すいません」と小さく頭を下げて謝罪する。こうなったのは絶対僕のせいじゃない。

「にしし、ビックリした?」

 仮にも映画鑑賞中ということで、雅は限りなく小さな声で話しかける。

「頼むからこの場所でその攻撃はやめてくれ」

 僕も同様に小声で話す。

「無視する方が悪いんだよ~」

「映画に集中してたんだ」

「ウソだぁ~。つまんなそうな顔してたじゃん」

「……」

 なんで僕の嘘はいつも容易く見破られてしまうのか。僕のポーカーフェイスが下手なのか、それとも雅の洞察力が鋭いのか、はたまたその両方か……。

「——それで、一体何の用だ」

 見当はついている。というか確信している。

 でも一応とぼけておいた。1パーセントも無いような可能性に賭けて聞き返した。

「とーぜん、レンとキスする用だよ♡」

 三人でのじゃんけんで負けるような僕に、1パーセント未満の確率を当てられるような運などありはしなかった。

「声に出して言うなよ」

「なになにぃ? 照れちゃってるの? かわいー♪」

「雅の右隣に聞こえでもしたら一巻の終わりだからだよ」

 小馬鹿にしたような発言に対して、至って冷静な言葉で返す。

 雅の右隣、つまり雅の彼氏である浩二に気づかれかねないということだ。

「ダイジョーブ、コージは映画に夢中だから」

 この映画にか? という疑心を抱きながら少し視線を奥にやると、本当に作品へ感情移入しているだろう雰囲気の浩二の姿があった。

 これに夢中になれる感受性を持っているなんて、捻くれた性格の僕よりさぞかし楽しい人生を送れるだろうな。と、皮肉家みたいなことを思う。

「——だからって、ここじゃなくてもいいだろ」

 夢中であろうと、隣でおかしなことをしている奴がいたら気が付かれる。もっと人目を忍ぶべきだと進言するが。

「んもぉ~、わかってないなぁレンは……。全く危険のないゲームなんてつまんないじゃん」

「危険が大きすぎるんだよ。それに、これはゲームじゃなくて現実だ」

 小学生でもわかる常識的な考え方だ。

 僕は楽しい人生を送りたいとは思っているが、綱渡りの人生を送りたいわけではない。

 スリルと楽しさは同義ではない。それを履き違えた雅と意見が合わないのは当然と言えば当然だ。

 だから、どうしても食い違う。

「だからこそ面白いんじゃん♪」

 僕の意見も危険も垣間見ず、彼女は強引に唇を押し付ける。

 不意を突かれるようなキスに避けることも受け止めることもできず、僕はなされるがままに唇を押し付けられた。

 浩二の視界内での行動に、いろんな意味で心臓がバクバクだ。

 それは僕だけじゃなく、雅もそうだった。心臓から遠い器官の唇からでもドキドキしているのが伝わっている。

 ——そっと、彼女は唇を離し、薄暗い映画館の中でもわかるくらいには満足気な笑みを浮かべていた。

 すぐに浩二へと視線を向ける。

 幸い、浩二は映画に夢中でこちらの行動に気づいている様子はない。

 どうやら、今回は一大事にはならずに済んだようだった。

 ……コイツと一緒に居たら、心臓が持たない。……いろんな意味で。


映画館ではお静かに。

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