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酸味

「んぅ~! パスタおいしいぃ~!」

「ははっ、そりゃよかったな」

 満足気な雅の顔を見て快活に笑う浩二。

 一方の僕は、暑さでぐったりだ。

 さっきまで空腹だったのに、注文した冷やし中華が届いた頃には暑さで食欲が抹消されていた。

「……? おい、漣。箸が止まってるぞ」

「ああ、見ればわかる」

 浩二の伸び続ける麵を気にしての問いに、僕は暑さに反してドライな反応をする。

 手に取った箸は一向に動かず、冷やし中華がだんだん冷やしではなくなってきているのをただただ見守っている。

「レン食べないの? なら私に少しチョーダイ!」

「ご自由に」

 明らかに低いテンションで、了承を得るより先に伸びていたフォークに連れさられる中華麺を見届ける。

「ハァ……、あっちぃ」

 思わず愚痴が漏れる。

 暑さ、というか、僕は気温の変化自体に弱いんだ。

 暑いのもダメだし、寒いのもダメ。つまり夏も冬も、若干寒い秋もダメ。季節がずっと春の国に永住したいくらいダメなのだ。

「おいおい、俺をいじってた時のあの元気は何処にいったんだよ」

「僕はそんなに意気揚々で浩二をいじっていたつもりはないんだが」

「そうかぁ?」

「やめてくれ。そんな怪訝そうな目で僕を見ないでくれ」

「じゃあ怪訝な目で見られるようないじりは控えるんだな」

「それは嫌」

「なんでだよ!?」

 脊髄反射のようなスピードで即断する。

 浩二へのいじりは僕なりの最大限のコミュニケーションなんだ。

 ほら、いじりってあまりかかわりのない相手にやったらいじめだけど、友達とやればじゃれ合っているに変換されるだろう? これって言い換えれば、いじるという行為は仲が良いことの証明しているものだと思うんだよ。

 だからこれは決して、いじるのが楽しいからとか、浩二のリアクションが面白いから、なんていう低俗な理由ではなく、いわば友情を確かめ合っているようなものだ。

決して、いじるのが楽しいからとか、浩二のリアクションが面白いからとかではない。

「レンはコージを愛してるからいじるんだよね~。むふふ、愛ですなぁ~」

「え、そうなの? ……悪いな、漣。お前の愛には、俺応えられないよ」

「謝る必要はないぞ。だって応えて欲しいとは微塵たりとも思ってはいないからな」

「一方通行の愛でもいいなんて、レンはケンシンテキなんだねー」

「そういう解釈はやめてくれ」

「すまないな漣。俺もう彼女いるから」

「五月蠅いリア充。今すぐ爆ぜろ」

 暑さのせいか、ツッコミもだんだん雑になってきた。

 これから本来の目的である映画に行くというのに、僕は遊園地で子供に振り回され続けた親御さんのようにげんなりしていた。通称帰りたい。

 それに、まだ厄介な課題があるんだよな。

 いろいろ憂鬱な僕は、思わずため息を吐く。

 そんな時——、

「……?」

 ちょんちょん、と脛を足先で小突かれる。

 まあ考えるでもなく、正面に座っている雅がやったことだ。

 ……浩二に見えないように机下で合図を送ってくるのには、浩二に勘づかれないよう伝えたい意図があると推察できる。

 この状況下で浩二にわからず、僕だけにわかるよう合図を送るのは、間違いなく例の「行くにあたっての条件」が絡んだことだろう。

 できれば気づかないふりをしてやり過ごしたい。

 けど、そうなると後々めんどくさいことになりそうだな。「なんで無視したの!?」とか「キスの回数十回に増やすよ!」とか絶対言われる。

 ならここは形だけでも理解していることを示しておくか。

「……!」

僕も二回、彼女の脛を足先で小突く。これで合図が伝わっていることは示せただろう。

 すると雅は、にまぁと笑みを浮かべる。

 これは、間違いなく悪巧みをしている時の顔だ。あーあ、気づかないフリしとけばよかった。

 そして、彼女は再び合図を送った。

 机下ではなく僕の視界の中で、彼女は自身の唇をトントンと指差した。

 …………まさか、ここでしろっていうのか。

 絶対無理だ。隠しようがない。100パーセントバレる。

 いくら浩二が食事に夢中になっていようが、身を乗り出して目の前の二人がキスをすれば気づくにきまっている。鈍感ラノベ主人公だって気づくレベルだ。

 首を横に振り、不可能であることを伝えようとした時——。

「……あっ」

 雅が偶然を装い、フォークを地面に落とす。

「あ、俺が拾うよ」

「ダイジョブダイジョブ、これくらい自分で拾うよ」

 浩二の好意やんわりと断り、テーブルの下へと潜る。

 その一瞬だった。雅が僕の視界から外れる僅かなタイミングで、僕に目配せをした。

 ……そういうことかよ。

 察したくないことを察してしまった。だが無視すれば制裁が怖い。

 彼女の思惑に乗るしかないのか。

「……あ」

 僕はプラスチック製の空のコップを、腕を動かしたら肘が偶然あたって落ちた、という風を装い故意に落とす。

「おいおい、お前もか」

 浩二は若干呆れたようにクスリと笑う。

「偶然だよ」

 故意におきた偶然だけど。

 僕もまた椅子から降りて、机下へと潜る。

 そこには、案の定フォークを持ちいまだ立ち上がろうとしない雅の姿があった。

「ふふ♪ ちゃんとできて偉いねぇ♪」

 声が浩二に届かないよう、小声で子供を褒めるように頭を撫でる。

 思い通りに事が進んでいる彼女はさぞかし気分がいいのだろう。

「いいから早く済ませるぞ」

 こんなところで長居していたら怪しまれるに決まっている。

 机下を覗かれれば一巻の終わり。ならば早く済ませることに尽きる。

「はいはい、せっかちだにゃ~」

 そう言いながら、彼女は「んっ」とそっと目を閉じ、自身の唇を委ねるように突き出す。

 ……僕からするのかよ。

 文句を垂れたい気持ちはやまやまだが、時間を食うわけにはいかない。

 僕は一旦の思考を放棄し、

 そして、雅と唇を交わす。

 彼女の柔らかな唇が、飲み水でほのかに湿っていた。

 焦りからか、少々乱雑なキスになってしまったかもしれない。

 それでも、彼女は唇を離した時に満足そうな顔をしていた。


 僕の唇には、ミートソースの酸味が微かに残っている。


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