熱気
「まあとりあえずメシにでもしようぜ。上映時間までちょっと余裕あるしさ」
「ん、だな」
「サンセー!」
短く頷く僕と意気揚々な雅は、前日にグループメッセージで話していた最近オープンしたというレストランへと向かう。
集合場所もそのレストランに近いところを選んでいるため、時間はさほどかからないはずだ。
「あのさ……、すげえ今更かもしれないけど、雅は今日来てもよかったのか? 昨日の晩に急に決まったけど、ホントは他に約束あったりとか……」
並んで歩いている最中、浩二は雅に尋ねる。
確かに雅の参加は急遽決まったことだ。
人並み以上に友人が多く、土日のほとんどはその友達と遊んでいる雅は他の予定が入っていてもおかしくない。
その上での急遽参加に、浩二は彼女の交友関係を気にしての問いだった。
「なぁに? ついてきちゃダメだったの?」
「いやいや全然! むしろ来てくれて嬉しいっつうか……」
「ふふっ、ならいーじゃん。——まあ実を言うと遊ぶ約束はあったんだけど、どうしても行かなきゃいけないわけでもなかったし、何より、私の彼氏が私の男友達を誘って恋愛映画デートなんて企んでいたらしいから「これは邪魔してやるしかねえ!」と思ったの」
「デートじゃないから、ただ遊ぶだけだから」
「なるほど、つまりコージはレンと遊びの関係ということ」
「語弊しかない言い方すんな!?」
「レンの男心を弄ぶなんてコージってばサイテー」
「いや弄んでないから! まず漣とそういう関係ですらないから!」
「じゃああの時言ってくれた言葉は嘘だったの……、酷いわ!」
この泥沼寸劇にノッかるように僕は顔をりょてで覆い隠し若干の女口調で傷ついたフリをする。
「お前もノるのかよ、漣!?」
「おーよしよし、カワイソーに」
浩二に弄ばれ傷ついた男心を慰めるように、雅が僕の背中をさする。
そして言われもない濡れ衣を被せられた浩二は戸惑い気味だ。
こんな調子で、僕らは歩幅を並べるのだった。
◆
ちょっとした寸劇もレストランが近づいてきたということで閉幕し、レストランにて入店する。
「やっぱ結構混んでるな」
「まあ町中にある昼頃の飲食店なんてこんなもんじゃねえか?」
「それにしたって混んでるよねぇ」
雅の言う通りだ。いくら休日の昼と言っても、これは尋常ではない。
店内には明らかな人数過多が引き起っている。テーブル席カウンター席どころか、案内待ちの椅子さえ一つも空きがない。
原因は、——あれか。
僕の視線の先にはオープン記念ということで全品20パーセントオフを宣伝する店内ポスター。
日にちに時間帯に立地、そして値段という四つの要素がすべて良であるこの店に人が押し寄せるのは必然だ。
「大変申し訳ありませんお客様。只今大変混み合っておりまして、ご案内が2時間待ちとなっております」
来店した僕らに気づいた店員が対応する。しかし対応であって席への案内はできそうにないようだ。
「2時間だと映画始まっちゃうね」
映画前の腹ごしらえできたのに、上映時間が過ぎたら本末転倒だ。
「なら今から別の店探すか?」
困った状況下で浩二が提案する。
まあ人気アトラクション並みにある待ち時間を待つよりはマシかもしれないが——。
「今から探すってなると時間がかかり過ぎるかな。それにちょうど昼飯時だからどこの店も混んでるだろうし」
「だよな……。……なら昼飯は諦めるか?」
「まあこんなに混んでたらしょうがないかもな」
映画館でもポップコーンやらなんやら買うわけだし、食事より多少腹が膨らまなくても空腹で映画を見ることはない。
それより問題は映画館の食品は値段が高いことだよな。普通にご飯食べるのと比べれば倍近くかかるかもしれない。それは学生の懐事情的にかなり痛手である。
悩ましい決断ではあるが、仕方のないことだと割り切るしかなさそうだ。
僕と浩二が諦めることを良しとした時、
「あのさ、あそこ空いてるんじゃない?」
雅が口を開きある場所を指さした。
そこはテラスである。
屋外に椅子が四席と丸テーブル一つが確かに置かれており、そこには誰も座っていない。
「ねえ店員さん、あそこ座ってもいいですか?」
「えっと、構いませんが、……よろしいのですか?」
「……? どういうことです?」
店員の念押しに雅は首を傾げる。
しかし僕には店員がお勧めしたくない理由はわかる。
あのテラスに誰も座ってないということは、2時間待つより躊躇われる悪条件がそこにはあるということ。
「店員さんが言いたいのは、テラスはあんまり立地良くないですけどいいですか。ってことだ」
伝わってない雅のために僕が店員の言葉を自己解釈して伝える。
「立地?」
「あそこ、明らかに人通りの多い歩道に接してあるだろ。これじゃあ人目が多くて落ち着いて食事できない」
歩道とテラスは大きな間隔を空けず、隔てている柵があるわけでもない。
通行人がテラスで食事している人をジロジロ見るようなことはしないと思うけど、どうしても食事中の居心地の悪さは拭えないものだ。
それに——。
「それに、……外暑いじゃん」
切実なる本音を吐露する。
パラソルも差されていないテラスでの食事。この暑さだと正直キツイ。
外食に来た他の客だって、外に出てここに来ているのだから重々承知のこと。ある程度待ち時間が長くても冷房の効いた快適な場所で食事をとりたいというのは至って普通の考えだ。
「……あぁ」
納得したような声を彼女は漏らす。
短い言葉ながら雅の共感を得られたようだ。
「なら昼飯諦めるか? 俺はまあいいけど」
「まあ仕方ないか」
浩二の言葉に渋々ながら賛同する。僕暑いの嫌だし。
「2人がそう言うなら――」
雅も同意見であるようで、そう言いかけるも。
「……雅?」
少しの間考え、口元を手で覆う。
……さては笑ってるな。しかもイタズラめいた感じで。
見えないはずの彼女の口角が上がっているのが見える。
「……あー、…………やっぱテラスで食べない?」
そうして雅は先程とは違う返答をした。
「えっ、どうして急に」
浩二の疑問は当然だ。明らかに賛同する流れだったのに、雅は唐突に意見を180度回転させる。
「よくよく考えたら、私すっごくお腹すいてたんだよ! もう背中とお腹がくっついてペシャンコになりそう! だから今すぐお昼ご飯食べないと死んじゃうぅ~」
「「……」」
オーバーな身振り手振りで空腹を伝える雅に、僕と浩二は言葉が出てこなかった。
明らかなる嘘だ。フォローしようのない嘘だ。
そんなにお腹が空いているならなぜ最初に賛同しようとしたんだ。そしてどうして今になって空腹をカミングアウトしたんだ。
不可解な点が多すぎて、僕も浩二もまずどこからツッコめばいいのかわからず黙り込んでしまった。
「――まっ、流石にそれはオーバーすぎるよね。でもお腹が空いてるのはホントなんだー」
「なら映画館でポップコーンでもホットドックでも買えばいいだろ」
「そんなにいっぱい買えるようなお金もってないよ~、最近金欠だしぃ。……あっ、レンが奢ってくれるって言うなら別だけどね♪」
「それはいやだ」
「即答かよッ!」
僕の即断即決に雅は芸人バリの鋭いツッコミを返す。
僕だって出来れば出費は少ない方がいいのだから、断るのは至って自然だ。
「他のお店だって混み合ってるだろうし、お店探してる間に映画時間始まっちゃうかもだから、食べるにはここしかないっしょ?」
「……まあ、そうだけど」
浩二は同調しているが、何か言いたげだ。
僕も同じだ。だってそれは先程話して「食べない」という結論に至ったはずだ。それは浩二も思っている事だ。だがコイツは彼氏として彼女の意見をバッサリ切り捨てることは出来なのだろう。
仕方ない。代わりに僕がバッサリ言ってやろう。
「あのな雅――」
「それに20%オフだよ?」
「……っ」
「20%っすよ? 2割っすよ? こんなに割り引かれること中々ないよ。それこそオープンしたてでもない限り」
「…………それは」
「……そうだな」
忘れていた訳では無いが、確かに20%オフは大きいな。そこに目を向けると僕も浩二も狭間で揺れてしまう。
「でしょぉ? それのためなら、暑さや人目なんてヘッチャラじゃない? お金のためならどんなことも耐えられるっしょ!」
「その唆され方すっごい嫌」
「でもでも~、レンは結構揺れてるっしょ? だってレンはケチだもんねぇ~」
「……」
否定できないから黙ってしまった。だからその唆され方はすっごい嫌なんだよ。
「それにさ——」
彼女はいつもの明るい笑顔を向けて、続ける。
「やっぱり、三人で話しながらご飯食べるのってすっごい楽しいことじゃんっ!」
純真無垢な想い。
それを恥ずかし気もなく堂々と言えるなんて、流石雅だな。
僕だったら気恥ずかしくてそんなこと言えない。ましてや雅のように面と向かって言うなんてさらに無理だ。
本当にコイツは、正真正銘の——。
「雅がそう言うなら、しょうがねえな」
やれやれといった雰囲気ではありながらも、わずかながらに笑みをこぼしながら浩二は彼女の意見に乗っかる。
「やったぁ! 流石私の彼氏♪」
その場で飛び跳ねあざとく喜ぶ雅。
……これは、僕も乗っからざるを得ない状況だな。
雅の意見に浩二が取り込まれてしまった瞬間、もはや僕に意見はないも同然。ここで「僕は暑いの嫌ー」なんて空気の読めない発言はできない。
もともと僕の立ち位置はカップルの行動に同行しているお邪魔虫みたいなもんだ。2人はそんなこと思っていないだろうが、僕の発言権が最下位なのは目に見えている事実なのだ。
だから僕は、雅の術中に嵌るしかない。
……ハァ、……僕、アツいの嫌なんだけどな。