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女心

日間ランキングにちらっと載ってました。

 翌日、午前11時50分。

 集合時間の十分前、僕は駅前のベンチに一人腰かけていた。

 土曜の昼時ということもあって、人通りはいつにも増して多い。

 雑多な人たちの通行でごった返すここはどうも息苦しい。

 それに今日はやたら暑い。猛暑とまではいかないが、この時期にしては太陽が張り切り過ぎている。僕を見習って省エネになって欲しいものだ。

 首筋を通る汗が半袖のポロシャツの襟に着地する。

 炎天下に身を焦がされながら、腕時計を見ながら10分を待つ。

 いつもより秒針が遅く進んでいる気がする。

 ……こんなに暑いと知っていれば、待ち合わせをファミレスとかの店内にしておけばよかった。

 今更してもしょうがない後悔をしながら、集合時間を待つ。

 すると、12時が示されるよりも早く、

「おは~! いやぁ、一番乗りで来ているとはねぇ。感心感心♪」

 外気温と同じくらい暑苦しく陽気な声。

 聞き間違い用のないその声。顔を上げずとも声の主はわかり切っている。

 だからといって俯いたまま会話をするわけにもいかず、暑さで疲労感満載ながらも顔を上げる。

 そこには案の定、雅がいた。

 外出用のレディースサンダルにショートパンツという組み合わせで、くるぶしから太もも上部までの肌が露出している。上着のTシャツはへそが見えそうなほどしか裾がない。実に涼し気な格好だ。

「一人なのか? てっきり、浩二と一緒に来るのかと思ったんだが」

「集合場所が決まってるのに途中で合流する必要なんてないじゃん」

 随分と淡白なことを言う。

 まあ彼女の言う通り彼氏だからと言ってわざわざ行き道を合わせる理由もないか。

「——それに、おさらいもしたかったし」

「別に、忘れたりもとぼけたりもしないぞ」

「だとしてもだよ! ゲームをする前にルールを確認するのは当たり前でしょ?」

 ……ゲーム、か。

 雅にとってはそういう感覚なのだな。

 それに振り回される人間の身にもなって欲しいものだ。

「……はぁ」

 小さく溜息を吐いてから、雅が提示してきた「条件」をちゃんと覚えている証拠として、僕からそのことについて話す。

「僕と雅、それとまだ来てない浩二と三人で遊びに行く。ランチしたり映画見たりしてブラブラしている中、


——浩二にバレないよう僕が雅に3回キスする。


……それが条件だろ」

 端的に条件内容をまとめる。

 これが昨日、雅に提示された条件である。

「ザッツライト! 覚えていてくれて嬉しいよぉ。——あっ、補足ルールとして一度に3回するのは無しだからね。ちゃんと間隔をあけて3回するよーに」

「はいはいわかりました」

 しっかりと抜け道を塞ぐ雅。こういうところだけぬかりないんだよな。

 ……コイツ、本当にこのゲームの危険性を理解しているのだろうか。

 もし一度でも僕と雅がキスする瞬間を浩二が目撃でもしたら、それはもう言いようのない泥沼に発展することだろう。

 彼女はそれを「スリル」と表現するが、僕にとってはただ危険な綱渡りをさせられるだけでスリルもへったくれもない。

 なんせその危険なゲームには僕の社会的地位と親友の信頼がベットされているのだ。当然失敗すればそれらを失うことになる。

 そのくせ、もらえるものと言えば参加賞の「雅の機嫌が直る券」くらいだ。

 なかなかにクソゲーだよな、これ。

 これならまだスイーツ店で奢らされるほうがマシだったかもしれない。いや、何なら雅の機嫌が斜めったまま放置したほうがよっぽどよかった。

……でも、このゲームの厄介なところは——。

「ちょっと、楽しそうなんだよなぁ」

ポツリと本音が漏れる。

「ん? なにか言った?」

「……別に。ただ雅の格好が涼し気だな、って」

「ん? えへへ、そうでしょ~。今日はボーイッシュをテーマにしてみたんだけど、どう?」

 雅は見せびらかすようにくるりとその場でくるりと回って見せる。

「腹が冷えそうだな、腹巻でも買ってやろうか」

ちょっとした仕返しのつもりふざけたコメントをする。

「キスの回数5回に増やすよ」

「すみませんでした」

即刻謝罪する。

仕返しをしようと思った僕が浅はかだった。現状優位に立っているのは雅の方なのだ。

「んもぉ~。女の子の服装に対するコメントは「可愛い」か「似合う」か「最高」のどれかじゃないとダメなんだぞ」

「それ三つあるようで「褒める」という選択肢の一つだけだろ」

「その通りだよ。褒める以外は全部0点ですぅ」

 つまりふざけたコメントをした僕は0点だったというわけか。厳しい採点基準だ。

 ——僕が雅に補習確定の点数を突きつけられた時に。

「わりぃ! 遅れた!」

 駆け足で僕らの元に来たのは、雅の恋人兼僕の親友の浩二だった。

「おは~! コージ!」

「おう。雅も漣も早えな」

「浩二だって時間前に来てるだろ」

「ははっ、まあな」

 爽やかな笑顔に暑さでほんのり掻いた汗で、男前度合いにより磨きがかかっている浩二。

 僕という邪魔者がいなければ浩二にとっては彼女とのデートだ。服装にもそれなりに気合が入っているように見える。

 昨日の晩、雅含めた三人での外出を持ちかけたときには電話越しでも動揺していたのが伝わってきたが、今は随分と快活に喋っている。

「それよりさぁ、コージ。この服、どう思う?」

 雅は僕にやったように再びその場で回り、浩二に感想を求める。

「ああ、すげぇ似合ってる。最高に可愛いと思うぞ」

「ふふん♪ これが百点満点のコメントだよ、レンくん♪」

 褒められて得意気な表情の雅が視線を僕に移す。その視線には何処か小馬鹿にしたような意図が入り込んでいた。

「へーへー、どうせ僕は落第生ですよ」

 嫌味と自虐を混合させて言葉にする。

 0点を笑いたければ笑えばいいさ。

「……?」

 会話に途中参加だった浩二は何のことやらと言った様子で首を傾げている。

 だが疑問に思うほどでもないような些事である。

 ただ僕には乙女心がわからないというだけの話だ。


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