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鬼畜

 僕が聞き逃さないようにはっきり告げられた。

 押し倒している彼女の顔は赤みを帯びている。

 それでも余裕があるように見せたいのか、彼女は少しぎこちなく微笑む。

「いつものキスだけじゃなくて、もっと……」

「……なんで、急に」

 唐突に、何の脈絡もない誘惑に頭の中では疑問が先行する。

「シたくなったから、かな」

 シンプル過ぎる答えが返って来た。

「いや待てって、何の準備もできてないだろ」

「私はできてるから大丈夫」

「だからって……。——それに、ここは学校だぞ」

「いいじゃん別に。ここには誰もいないし」

「そういう問題じゃないだろ」

「そういう問題だよ」

 強引ながら雅は僕に迫る。

 彼女の呼吸がだんだん乱れてきている。

 僕の右手を掴んだ両手は未だに離そうとする気配はない。

 ——本音を言えば、嫌というわけではない。僕だって男だ。

 けど、物事にはTPOというものがある。

 いくら人気がないと言ってもここは学校だ。

 神聖な学び舎、などと学校を神聖視するつもりはないが、それでも流石にそれはまずいと感じている。

 ムードも何もかもぶっ飛ばして、そんなことに及ぶことをよしとできるほど僕は非常識な人間ではない。

 それに、雅には——。

「浩二のことはいいのかよ」

 恋人がいる。

 そのことを忘れてはいけない。

 いつもの〝日課〟の時点で、浮気であることは確定している。それなのに、また男女の一線を越えることが許されるはずはない。盗みをしたからといって殺人をしていい理由にならないのと同じだ。

 浮気相手の僕が振るうべき正論ではないが、雅に対する忠告としてはこれが適切な判断だ。

 興奮気味になった彼女を落ち着かせようと彼氏の名前を出——



「関係ないでしょ。コージのことは」



 一蹴した。

 雅は「関係ない」の一言で、彼氏の存在を一蹴した。

 僕と雅のこの関係に、浩二が関係ないはずないのに。

 当事者の浩二を何の障害とも思わず、ただただ雅は言葉を発した。

「関係ないわけ——」

「関係ないよ。今は」

 冷めぬ興奮を身に宿しながら、雅はそう続ける。

「だって、ここには私とレンしかいないんだよ」

「そんなの——……っ!」

 捕まった手を振りほどき彼女から離れようと、その場から立ち上がろうとする。しかし、雅はそれを逃がすまいと僕の腰に足を絡みつかせ、自身の体重を掛け立ち上がりを阻止する。

 思わぬところに体重を掛けられ、姿勢を崩した僕は両肘を地面につけ、離れようとしたつもりがより彼女との距離を近づけてしまう。

 拳一つ分の間隔もないほどの距離に雅の顔があり、腰には彼女の足が纏わりついている。

 恋人でもなければあり得ないほどの密着度合いだ。

 彼女の体の火照りが僕にまで伝わってきそうだった。

 暖炉に体を接しているような、そんな熱さに見舞われる。

 気温のせいか彼女の体温のせいか、僕の体にまで熱が伝染する。

「いいでしょ、……レン」

 不規則な呼吸が僕の頬を掠める。

 雅の興奮が冷めるどころか、段々と燃え上がる。

「……スカート、捲れてる」

 足を絡みつかせたことによって、僕の下腹部に接したスカートの裾が上にズレていっている。

 場の雰囲気を変えようと、そのことを指摘するも。

「別にいいよ」

 雅はそれを意に介さない。

そして、言葉を続ける。

「どうせ脱ぐから」

 彼女はそっと目を閉じ、顔を近づける。

 甘い匂いに、熱い吐息。

 くらくら目眩がしてしまいそう。

 夢見心地のような、そんな感覚だ。

 ただ夢の赴くままに、体を委ねる。

 そこに僕の意思は混在しない。ただ委ねればいいだけ。

 ただ委ねれば、ただ快楽を得るだけ。

 その浅い快楽に、ただ溺れるだけ。

 ただ、するだけ。

 そこには、何の意思も、想いも存在はしない。

 だって、ただするだけだから——。


 パシッ。


 咄嗟だった。反射的な行動だった。

 近づく雅の唇を触れる寸前で僕は右手で覆い、制止させた。

 その拒絶ととれる行動に、閉じていた彼女の瞳が開く。

 開いた目は丸くなっている。予想外の僕の反応に彼女は驚いていた。

 ……僕も、少しだけ驚いていた。自分の行動に。

「…………どうして止めるの」

「……」

 すぐに言葉が出なかった。

 学校だから、準備ができてないから、浩二のことを考えたから。

 理由はいくらでもあるはず。けど出てこなかった。

「……気分じゃない」

 そう言って、誤魔化した。

 絡みついた足を払い、その場に立ち上がる。

 雅から離れたことにより、夢見心地だった頭が現実に引き戻されたようだ。

 ——雅は、未だに仰向けのまま起き上がろうとしない。

 驚いているのか、怒っているのか、ショックを受けているのか。僕にはわからない。

 ただ彼女は、空き教室の天井を見上げて、たった一言呟いた。

「…………鬼畜だなぁー」


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