3、支部長ガンジュ
「あー、酷い目にあった……」
支部長室へと続く廊下の途中、ソウは小さく呟いた。
結局、あの後は近くにいた冒険者に治癒術をかけてもらうことで、意識を取り戻した。
だが、目覚めた後もレイカからの説教は続き、規定を二度とやぶらないと誓い、何度も謝ることでようやくその場から解放され、支部長室への入室許可をとりつけたのだ。
(どうにも昔から、俺はあの人には弱い……)
(でも、そうだった。長いこと依頼の受注は師匠がやっていたから忘れていた。確か同ランクのダンジョンを攻略するときはパーティー、もしくはクランでの攻略が義務づけられていたんだったな)
パーティーとは主に前衛、遊撃、後衛、それから荷物持ち「ポーター」の役割で、構成されるチームのことだ。
中には、後衛がいない、前衛がいないなどの変則的なパーティもあるが、死亡率が大きく上がる為、冒険者協会は推奨していない。
ちなみにクランは大規模なダンジョンを攻略する場合やダンジョンの下層まで潜る場合を想定した20名以上からなるチームのことで、大規模な戦術で戦うことができる。
本来なら、冒険者協会から依頼を受注する際、こういったことが禁止事項として説明にあるのだが、今回の依頼は支部長がソウの師匠に緊急依頼として個人的に依頼し、ソウの師匠がそれを受注した為、その縛りを忘れていたのだ。
つまり、これは明確な規約違反にあたる。
ソウは支部長室に近づくにつれ、足どりが重くなっているのを感じていた。
できるなら、支部長室には行きたくないとソウは思ったが、そうもいってられないので、覚悟を決める。
支部長室の前に立ったソウは、扉を三回程ノックし、自分の名前を言った。
すると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた為、中に入る。
中では一人の男が、事務作業をしていた。
名前をガンジュという。
かつて、高ランク冒険者に名を連ねていた男で、年の頃は60代から70代といったところだろう。
白髪の頭を短く切り揃え、眼鏡をかけた男は、それほど筋肉質ではないものの、背筋をしっかりと伸ばし書類を手に持っていた。
「やあ、久しぶりだね。ソウ君、大きくなったね」
男は顔を書類からソウに向けると、優しそうな声と表情でそう語りかけた。
「お久しぶりです。支部長」
「やめてくれ。私と君の仲じゃないか。幼い頃のように、おじちゃんと呼んでおくれ。私は君のことを孫のように思っているんだ。そうだ!喉かわいてないかい?」
「かわいてます。」
ガンジュはソウの返答を聞くと、椅子から立ち上がり、前にあるソファに座るようソウに促した。
そして、ソウが座ったことを確認すると、自らは棚からパックと思わしきものを取り出し、おそらく温めていたであろうお湯をカップに注ぎ、あっという間に、何かの飲み物を作ってしまった。そしてそれを二人分作ると、そのうちの一つをそっとソウの前に置き、対面のソファーに腰を下ろした。
「これを昔の君はおいしい、おいしいと良く飲んでいたね。お口にあうか分からないが、まあ、飲んでみなさい」
「ありがとうございます。……懐かしい味」
それはソウが、昔よく飲んでいた紅茶だった。
正直当時は特別美味しいとは思っていなかったが、よく師匠が飲んでいたから、自分も興味をもち飲んでいた。
「久しぶりに、君に会ったら少し昔話がしたくなったよ。付き合ってくれるかい。大事な話もあるんだが、それは後で、おいおい話すとしよう。」
「あの……その前に今回の依頼のことで、罰則とかってないんですか。規約違反のことで。」
ソウは嫌な話は前に済まそうと、気になっていたことを聞いてみた。規約違反で、冒険者という資格を剥奪された冒険者もいるからだ。
冒険者の等級での最高ランクを目指す彼にとって、決して軽視していい話ではなかった。
その空気を感じとったであろうガンジュも、真剣な眼差しで、ソウを見つめる。
「一人で、ダンジョンを攻略した話かい。まあ、君についてこれる人材はうちにはいないしね。小さな都市だから。うちは。それにできたばかりだから、五階層の小さなダンジョンだしね。でも、僕は、アイツにお願いしたんだけどな。だから、罰を受けるならあいつかな。」
そういった瞬間、ガンジュの周りで魔力が吹き荒れた。
ソウは前のソファーで平静を装ってはいるが、吹き荒れた魔力の大きさに、内心驚いていた。
というのも、魔力というものは冒険者、一般人に限らず、全員が持っているものである。
100年前、ダンジョンが世界で、同時多発的に出現して以降、まるで人類に元から備わった力であるかの如く目覚め、闘いや生活に応用されていった。
ただし、一般人と冒険者、高ランク冒険者では持っている魔力の大きさが違う。
その原因はやはりダンジョンとモンスターにある。
ダンジョンには等級があり、現在まで、下はFランクから上はSSランクまで確認されている。この計測方法は冒険者協会が量産に成功しているダンジョン魔力計測器と呼ばれる機器で、ゲートから漏れ出す魔力の量を調べることで、おおまかに分かる。FランクとSSランクではダンジョン内の魔力濃度が大きく違い、上の等級になればなるほど、ダンジョン内にいるモンスターも強靭で強くなり、また知能も高くなる。
そして、魔力はモンスターも持っており、冒険者が討伐することによって少しずつ冒険者の魔力値が上がっていくことが、分かっている。
伸び幅は上位のダンジョンにいるモンスターを討伐する程、上がると実証されており、冒険者と高ランク冒険者では魔力量に大きな差が開く。
(引退して衰えているはずなのに、この魔力量。現役の時はどれだけ凄い冒険者だったんだろう)
ソウはガンジュの魔力量に身震いし、そっと背筋に力を入れた。
「興奮したら魔力が、少し出てしまったよ。ははは。でも、君はあいつのようになっては駄目だよ。」
「ならないです。師匠を反面教師に育ってきたつもりですから。」
「ははは、それはいいことだね。あいつは適当な所があるし。でも、まあ、依頼を受けてくれたことには感謝しているんだ。高ランク冒険者に依頼するためには莫大な報酬が必要だからね。それをあいつは最低限の報酬と、素材の採取やらの後始末はうちが持つという条件付きではあるが、引き受けてくれた。だから、僕は君とあいつに感謝しているんだ」
そう言うとガジュンは、自分の前に置いてあったカップを手に取り、ごくりと飲んだ。
「だから、まあ、今は年寄りの昔話しに少しの間、付き合ってくれないかい?」
「はい」
ソウの返答を聞いたガジュンはニコッと微笑むと、つり積もっている問題を今は忘れ、ソウと話すことを少しの時間、楽しみはじめた。