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抗え、前作主人公!

 一度世界を救って英雄になるも、田舎で静かに過ごしていた男、前作(まえさく) 主公(ゆきひろ)。世界に再び危機が迫ったとき、彼は平和で衰えたにも関わらず剣を取る。

 本来なら、新たな芽に託してここで死ぬべき運命だが、男はある執念によってその運命を覆した。


「童貞のまま死んでたまるか!!!」


 これは、ある男が私欲のために世界を救う、ある意味悲しい物語。

 私はかつて英雄だった。そして次の英雄のため、ここで死ぬべきはずだった。


 一度世界を救い、田舎でひっそり暮らしていた。しかし、そんな俺すらも見逃さないほど、今回の危機とやらは用意周到らしい。


「我が名はスターク。偉大なる主に使えるものだ! かつての英雄、前作よ。我らが主の覇道のため、その首貰うぞ!」


 どうやら新たに世界を欲するなんたら王とやらが生まれ、そいつに従う幹部的な何かが俺の首を取りにきたようだ。何一つ情報はないが、聞いている感じ多分そうだろう。

 

 俺、前作まえさく 主公ゆきひろは14歳でこの世界に渡り、1年で世界を救った。その後、なんやかんやあったものの、田舎に引っ込んでもう7年近くになる。全盛期と比べれば、衰えたと言えるかもしれない。森の魔物を狩る用の、今にも折れそうな安い剣。それを抜き、幹部相手に構える。


「カッカッ。かつての英雄が、今じゃ楊枝を構えるか! 本気のお前と戦いたかったが仕方ない。死ねぇ!」


 長い爪に闇を纏わせ、俺に振るう。当たれば簡単に死ねるであろう一撃。しかし俺は────


「童貞のまま死ねるかぁ!!!」


 腕ごと叩き切った。それこそ、10年縛られた悲しき鎖ごと切るつもりで。なんとか幹部のスタークとやらは、腕を飛ばされ狼狽える。


「何っ! お前が現れてからもう10年。衰えたはずではなかったのか!」

「俺にはまだ、失ってないものがあるんだ!」


 その場から離れようとするスタークの足を一本飛ばし、距離を詰めつつ語りかける。


「大体な、衰えたとか言うが俺はまだ24だ! この世界の平均寿命は知らないが、まだ戦える! むしろ現役だ!」

「なに! 現役だと!」

「毎晩毎晩、俺は俺の剣を研いできた。いつでも戦えるようにな! 毎日欠かさず、一人寂しく、研いだんだ! この気持ちがお前に分かるか!」

「ぐっ!」


 力量を見誤ったのだろう。最初に俺と相対した時と比べ、かなり顔が青くなっていた。溢れ出る精なる力を開放し、より追い打ちをかける。


「それと訂正しろ! 俺の剣は楊枝なんかじゃねぇ! ロングソード……いやバスタードソードだ! 抜刀しねぇだけありがたいと思え!」

「いや、でもそれ小さ……」

「小さくねぇ!!!」


 見てもねぇ癖に失礼なやつだ。腹いせに立派な角を叩き折る。もとは自信家なイケメンであったが、今はそれも見る影がない。いいぞ、俺に楯突くイケメンは滅ぼすべきだ。


「全く、こんな深夜にきやがって。たまたま済んでたからいいものの、剣を研ぐ最中だったらどうしてくれるんだ。」


 ついでにもう一本落とす。残る角は下に一つだ。


「どうだ、これが俺の10年だ。幹部だかなんだか知らないが、一人で挑んだのが間違いだったな!」


 すると、スタークは倒れた体を起こし、不敵に笑う。


「くっ、ははははは! 残念だったな! 確かにお前の力量を見誤った私の負けだ! 個人戦は勝ちを譲ってやろう。しかし戦争とは数。いでよ、我が軍勢!」


 突如、地面に巨大な魔法陣が現れる。それが視界を奪うほどに輝き、収まった頃には、目の前は敵の軍勢に覆われていた。……ザッと見たところ、可愛い娘はいない。


「我が軍勢よ。まずは目の前のチンケな村を潰せ! 英雄に、己の非力さを思い知らせてやるのだ!!!」


 スタークが振りおろすのに合わせ、軍勢は進軍を始める。目標は俺の住んでいる小さな村。薬屋の娘のラナちゃん。宿屋の若女将、セレーヌさん。女狩人のアリス。若くして村長を継いだフィーネ。この村に住んでから関わった、大切な人らの顔が浮かぶ。みんなの大切なこの場所を、こやつら如きに壊させる訳にはいかないのだ。


「させるか! バーニングスラッシュ!」


 小型の魔物を狩る剣だが、その一振りは空を裂き、スタークの軍勢の半数を、横一閃で切り裂いた。


「この村はな、可能性に満ちているんだ! なんもない空っぽな俺も、ここなら変われるかもしれない」


 もう一振りで、さらに軍勢を削る。


「ここまで抱えてしまった下らないものを、捨てられるかもしれないんだ。それをお前らに壊させる訳にはいかない!」


 トドメの一撃。スタークの周りを囲う重装備の戦士らを、一刀のもとに切り捨てる。一人残されたスタークは、支えをなくして崩れ落ちた。


「英雄、前作。まさかここまでの男だったとは……。ここで死ぬ訳にはいかない。我が主に知らせねば!」


 背中から羽を生やし、空へ舞うスターク。俺には一切構うことなく、その場から飛び去ろうとする。


「逃がすか!」


 斬撃を飛ばし、スタークの羽を切り飛ばす。地に落ちたスタークは、絶望した表情でこちらに顔を向けた。


「クソッ、せめて情報を持ち帰ることすら、我が主へ最後に一報入れることすら許さんのか!」

「当たり前だ! どうせお前ら、みんなで俺を笑うんだろう!」


 念の為、反対の羽も折りつつ告げる。


「お前らはいつもそうだ! 自分たちがあっさり手放せたから、いつまでも抱える俺たちを嘲笑う! 」

「私は……名誉を……」

「俺は俺の名誉を守る! わざわざ知り合いのいないこの村に引っ越してきたんだ、バカにされないようにな! それを失ってたまるか!」


 足や角や羽。それらを切り飛ばされて満身創痍なスターク。男を苛める趣味はない。当然逃がすつもりは当然ないので、ここらで楽にしてやろう。


「ま、待て! 取引だ、取引をしよう!」

「すまんな、スタークとやら。お前は生きているだけで俺の脅威になる」

「やめろ!」

「恨むなら、その顔と、ことごとく俺の地雷を踏み抜いた間の悪さを恨むんだな!」


 狩り用の剣を天高く掲げ、首元に振り下ろす。


「やめてくれぇぇぇぇぇ!」


 最期の絶叫にも構わず、スターク首を落とす。死亡したスタークは、仲間の軍勢と同様に、装備だけ残して塵となった。


 全く、今日は疲れた。すでにトレーニングを終え、剣も研ぎ、今から寝ようというところだった。よりによってこんな夜中に来やがって。来るとわかっていれば、2回も研がずにゆっくり待っていたものの……。


 まあいい。精剣はやつに振るうものじゃない。手入れを終えて、精神を統一したくらいが丁度いいだろう。体は疲れるがな。


「主公様、お迎えに上がりました。」


 適当に、落としていった鎧を蹴飛ばして待っていると、雇っている執事のセバスが迎えに来た。

 長い髪と中性的な顔つきで、あまりセバス感のない奴だ。しかし、本人曰く執事といえばセバスチャンと相場が決まっているそうで、そう名乗っているらしい。


「丁度いい、セバス。適当に抱えて送ってくれ。今日は色々と疲れた!」

「はい、畏まりました。それでは失礼して……」


 そういって何故かお姫様だっこで抱えられる。まあ、見ている村人もいないのでいいのだが。あとしきり腕が胸に当たる。


「野郎の胸が当たっても虚しいだけだな。よし、帰るぞ!」

「うっ、ははは。そうですね……」


 帰り道、セバスが一人でブツブツと呟いていたが、少し怖くて声をかけられなかった。これさえなければモテそうなのになぁ、勿体ない。

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[良い点] 前作さんにはがんばってほしいとおもいました(こなみ) コミカルな文体がとても読みやすかったです 場面そのものも画として思い浮かべやすく、想像を補強する描写もあったので動画のように読めました…
[良い点] なんだこれ!!!なんだか分からないけど勢いで笑ってしまいました。ギャグはあまり笑わない私なのですが、勢いがすごい。この勢い、私は好きです。 ーー「童貞のまま死ねるかぁ!!!」 ここから…
[良い点] ところどころ笑ってしまいました。 童貞のまま死ねないという気迫。 連想する下ネタ発言。 頭に浮かんだ村の大切な人たち、全員女性!(笑) なんだこの主人公(褒めてます) 読みやすくてノリ…
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