打ち切り戦隊ヒーローのやり直し
戦隊ヒーローに憧れている小学5年生の優輝は、今日も一人でジャッジマンごっこをして遊んでいた。そこにクラスの問題児である乃々花が割り込んでくる。何とか撃退に成功した優輝だったが、なぜか気分が晴れない。そんなとき、目の前に本物の怪人が現れて、公園の遊具を破壊し始める。
憧れのジャッジマンになりきって怪人を撃退しようとする優輝だったが、まるで歯が立たずにやられてしまう。そこへジャッジマン・ピンクが颯爽と現れ、優輝は救われたのだが、ピンクの特徴がどことなく乃々花に似ていることに彼は気付いてしまう。乃々花の正体を探ろうと躍起になる優輝だった。
これは、怪人を倒すシーンの残虐性が社会問題となり、大人の都合でテレビ放送が打ち切りとなった戦隊ヒーローを、正義感あふれる小学生たちが救い出す物語である。
「怪人ブラーン! 皆の公園を破壊したお前の行為をジャッジする! カードセット完了、審議開始!」
腕に装着したカードスキャナーに怪人カードをセットすると、赤・青・黄色の光が点滅を始める。ピィーという合図と共に、判決が言い渡される。
青は無罪。
黄色は逮捕。
そして赤の場合は――
「宇宙裁判所の判決は『死刑』! 怪人ブラーン、今からお前を処刑する!」
「トオー」というかけ声と共に、僕はすべり台を駆け下りる。そしてブランコの上に怪人カードを立て、再びすべり台を駆け上がる。
ここから見ると、カードは豆粒ほどの大きさだ。
しかも、相手は揺れている。
息を整えながら、ショットガン型水鉄砲を肩に担ぎ、慎重に照準を合わせる。
ブランコまでの距離は12メートル。
水鉄砲の有効射程距離は10メートル。
けれど、それにすべり台の高さが加われば――
「ジャッジメント・バズーカー砲、発射ーッ!」
水鉄砲から噴射された水しぶきがカードに命中し、怪人ブラーンの処刑は無事に執行された。
「イエーイ!」
僕は両手を突き上げジャンプした。
1発で命中するなんて、今日はめっちゃ調子がいいぞ!
そう思ったのもつかの間、すべり台の斜面で足をすべらせて、後頭部をゴーンとぶつけ、そのまま背中ですべり落ち、最後には地面にお尻を強打した。
痛みよりも恥ずかしさで頭がいっぱいになった僕は、慌てて辺りを見回す。
公園周辺に目撃者の気配は無し!
確認と同時に痛みに襲われ、僕はうめき声を上げながら、その場にうずくまってしまったのである。
『宇宙警察ジャッジマン』――死刑判決の出た怪人の首をギロチンで切断したり、消し炭になるまで体に電気を流したりという残虐性が社会問題となり、テレビ放送がわずか半年で打ち切りになってしまった、幻のスーパー戦隊シリーズである。
放送された当時は、僕はまだ小学1年生で、この公園にも遊び仲間がたくさんいた。でも、親や先生がジャッジマンごっこをやっている僕らを注意して回るようになり、しだいに仲間は減っていった。翌年に別のスーパー戦隊の放送が始まると、とうとう僕は独りぼっちになってしまった。
けれど、4年経った今でも、目をつぶれば数々の名シーンが頭の中に浮かんでくるほどに、僕はジャッジマンに魅了されている。
大人はジャッジマンの本当のすばらしさが分かっていないんだ!
お尻の痛みをこらえて、なんとか立ち上がろうとしたその時、不意にエコーがかかった女子の声が聞こえてきた。
「ワハハハ、愚かな人間どもめぇー! この公園は秘密結社ノノーカが占拠したぞおー! つるっと滑って頭をごっちんこするような間抜けなジャッジンマンは、このノノーカ様がやっつけてやるぞぉー」
「はあァァァーーーッ?」
僕はガバッと立ち上がり、声のする方角に目を向ける。
白いシャツに青いジャパースカートを着た女子、相澤乃々花が土管トンネルのてっぺんから僕を見下ろしていた。
「さ、さっきの見てた?」
「見てた」
乃々花がニヤリと笑った。
「ああああああああーーーーーッ」
僕は両耳をふさいで、空に向かって雄叫びを上げる。
恥ずかしさで顔から火が噴き出そうだ。
そんな僕の反応を面白がっているのか、乃々花は土管トンネルから降りて、とことことこちらに歩いてくる。
「ねえねえ、早く戦おうよー! 今日のわたしは優君と遊びたい気分なんだよ! ほらほらー、早く遊んでくれないと、怪人ノノーカが暴れ出しちゃうぞぉー?」
「遊ばねーよ! 誰がお前なんかと……」
「えー? 優君、ノリが悪いよぅー! 前は一緒に遊んでくれたじゃないのぉー!」
「それ、何年前の話だよ……」
乃々花は3年前に親の仕事の都合で引っ越してきた転校生。そしてなぜか僕とジャッジマンごっこをしたがる変な奴でもあった。
一見明るい性格で、最初の頃は友達も多かったんだけれど、ある日を境に友達と遊ぶ約束をすっぽかしたり、授業中に突然席を立ってどこかへ消えてしまう行動が目立つようになった。だから、今では誰も相手にしない。
そう、こいつは問題児だったんだ。
「ちぇー、つまんなーい。あ、もしかして優君は怪人の方がやりたかった? ののかがジャッジマン役をやろうか?」
「は? バカ言うな! ジャッジマンは僕に決まってんだろ! お前なんか瞬殺してやるぜ!」
むかっときた僕が水鉄砲を構えると、乃々花はきゃっきゃとはしゃぎながら逃げていく。
一発目は寸前のタイミングでヒョイとかわされる。二発目はブランコの支柱に手をかけて、くるっと方向転換されてかわされる。
乃々花は体が小さい上にすばしっこいから、なかなか狙いが定まらない。
でも、この公園内で僕から逃げ切るなんてことは不可能なのだ。
水鉄砲でけん制しつつ、乃々花を公衆トイレとフェンスの間へと追い込んでいく。
するとその奥には――
「えっ、前からこんなのあったっけ?」
「ふふふふ、お前は知らなかっただろうが、地域のクリーン活動で集められたゴミがそこに置かれているんだよ。もうお前はもう袋のネズミだ! 食らえ、ジャッジメント・バズーカーッ!」
水鉄砲から噴射された水は、乃々花に命中した。
それでもあいつがはしゃいでいると思ったので、僕は何度も何度も引き金を引いた。
タンクの水が空になってハッと気付いたときには、乃々花の白いシャツが身体にピッタリと貼り付くほどに、びっしょりと濡れていた。
「もうーッ、優君のばかぁー!」
乃々花は泣きながら、僕の脇をすり抜けて行った。
あいつが帰ってからは、楽しいはずのジャッジマンごっこが、なぜかすっかりつまらなくなってしまっていた。
「ちぇっ、乃々花のやつ……ちょっと服が濡れたぐらいで泣きやがって……自分からやりたいって言って来たんだろう?」
何もかも、あいつのせいだ。
明日学校で会ったら、絶対文句を言ってやる。
きっと、あいつのことだから『アハハ、ごめーん』と笑って誤魔化そうとするんだ。
うん。きっとそれで元通り。
どうせ、あいつは問題児なんだ。僕はなにも悪くない。
今日はもう帰ろう。
そう思って、すべり台に置いた遊び道具を取りに上がろうとした、その時――
グギィィィィィィィ――――……
金属が歪むような嫌な音がした。
振り向くと、それはブランコの支柱をアメ細工のようにぐにゃりと曲げているところだった。
周りの光を飲み込んでしまうほどの漆黒の身体。痩せたゴリラのような体型で、手足の筋肉だけが妙に盛り上がっている。
怪人は本当にいたんだ。
そして、その姿はテレビで見たよりも、何十倍も恐ろしく気味が悪かった。
逃げなくちゃ。
でも……
僕が逃げたら公園はどうなる?
「ま、待てぇーい!」
ジャッジマン・イエローのセリフ。
怪人は動きを止め、ギョロッとした目を向けてきた。
「こ、公園の破壊は、僕が許さない! みんなの公園を破壊したお前をジャッジする!」
ジャッジマン・ブルーのセリフ。けれど、腕を立ててカードスキャナーを見せても、カードは飛んでこない。これがテレビなら、空から光のカードが手元に飛んで来るはずなのに。
「宇宙裁判所の判決は『有罪』! 怪人宇宙ゴリラ、今からお前を処刑する!」
ジャッジマン・レッドのセリフ。けれど、怪人はテレビのようにバズーカー砲を構えるまでは待ってくれなかった。
一瞬のうちに真っ黒な顔が目の前に接近し、少し遅れて怪人の長い腕が向かってくる。とっさに水鉄砲でガードしようとしたけれど、パキッと音をたてて粉々になってしまった。
「うわああああああーッ」
結局、僕はヒーローなんかじゃなかった。
それどころか、怪人の登場と共に最初にやられてしまうモブだったんだ。
死を覚悟した次の瞬間、僕の目の前で怪人の腕が空振りした。
僕の背中が、何か不思議な力で後方に吸い寄せられている。
怪人が、すべり台が、うんていが、ジャングルジムがスローモーションのように遠ざかっていく。
ドンと何かにぶつかってようやく止まった。
何か柔らかな物に背中からぶつかったんだ。
「ゆーく……ううん、キミが怪人の気を引きつけてくれたおかげで、わたしが間に合ったよ! ありがとう!」
その声を聞いたとき、一瞬乃々花の顔が頭をよぎったけれど、僕の予想をはるかに越える人物がそこにいた。
「あ、あなたはジャッジマン・ピンク!?」
ピンクの仮面にピンクのコスチューム。5人のジャッジマンの中でも、最も過激な必殺技をもつ、スーパーヒーローがそこにいた。
乃々花みたいなぺったんこではなく、ちゃんとおっぱいがあるお姉さんの身体つきだ。
それにしても……なぜかお腹と胸の辺りが濡れているのが気にかかる。
「ちょっとぉー、エッチなことを考えてるなら……殺すわよ?」
「…………」
ピンクは胸をかばうような仕草をしながら、ヒーローとは思えない言葉を吐いた。
訂正――これぞジャッジマン・ピンクという感じのセリフを言ったんだ。