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日出処の転生人

「英雄」に憧れた、一人の青年がいた。

彼は志半ばで命を散らしたが、運命か神か気まぐれか、異世界への転生を果たした。

それを知った男子の心が踊らぬはずもなく、異界にて新たな生を得ようとも、英雄に憧れた彼の夢は変わる事がない。


さてはて、彼が目指す「英雄」とはなんなのか?

周囲はもちろん、常識すらも置き去りにして、ただただ前へと彼は爆進する。

彼の旅路に、幸多からんことを!!

 古今東西、世界を救わんとする「勇者」や「英雄」と呼ばれる存在は、どこでも必要とされるものであります。

 それは悪しき竜を倒し、姫君を救わんとする若者の物語でも。世界を掌握しようと暗躍する元凶を倒すために旅立った、四人の若者達の物語でも。

 それらの物語を全く知らぬ、このマルストニアの世界でも、同じであります。


 世界を焼き尽くさんとする大戦が終わりを告げて、既に数百年。戦争の傷痕は既に癒え、遺恨も過去の話。新たに生まれた軋めはあれど、お互いがお互いを傷付け合う過去と比べれば、なんと平穏なことか。

 時が流れ、季節は巡り、春を迎えたルガリア学園都市は、世界各地から入学を求めた若者達を迎え入れんと、その門戸を大きく開いております。

 生まれも育ちも、そして種族すらも異なる若者達が頂点を目指さんと競い合う。それは恋も友情も変わらず、青き春の輝く花。咲くも散るも、手塩をかける当人次第といったところでしょう。


 しかし、それを悪用せんと企む者は、いつの時代でも闇に潜むもの。邪悪なる魔の手に絡めとらんと、音もなく、確実にゆっくりと、世界を蝕んでいるのです。


 これより皆様に語りまするは、運命の導きで異界より招かれ、転生を果たし、この地で新たな姿形の『英雄』を目指す者。

 心に煌めく刃、折れぬ勇気を携えた一人の少年が、世界を相手に巻き起こす『英雄』の物語であります。


 皆様の前で本日、この物語を披露できますこと。そして、その物語を皆様と共に見聞出来ますことをありがたく思い、語るべき物が無くなるその日まで役目を果たしていきたいと存じます。何卒宜しくお願い致します。


 さて、ルガリア学園都市はその名の通り、一つの都市でありますが、国家間の事業として『冒険者を育成する国営機関』でもあります。

 そのため、首都の城下町と謙遜なき規模を誇るわけであり、生産職に戦闘職、種族も年齢も問わず、人の出入りは活発。特に年に二度、学院への入学希望者が集まる春と秋は恒例行事と評されるほど。


 その人の大河のような流れ、大通りを行き交う通行人の中を歩く少年。彼こそがこの物語の主人公。弱気を助け、強きを挫く、悪事に立ち向かい、正義を示す快男児。その名は天道カイトでございます。

 黒い外套を風に靡かせ、大通りを堂々と歩く少年の姿は、他人の目を引き付けて止みませぬ。

 短くまとめあげた黒い髪に、雪原のようにきめ細やかな白い肌。そこに磨きあげられた人形のように整いし顔立ちが揃えば、長身痩躯で美男美女の多い種族であるエルフに負けず劣らずの端正な容姿。目の保養、とばかりに人々が眺め見るのは致し方ないことでありましょう。


 そのように注目を浴びながらも、この快男児、視線を意に介した様子は全くありませぬ。注目を集めるのが目的ではない故に、それは至極当然のこと。彼の関心は視線の先の建物、冒険者養成機関であるルガリア学園に注がれているわけです。

 懐を探り、取り出したるは、学園への入学推薦状。その字はこの都市より、遠く遠く離れた東の海の島国、蓬莱のもの。武術の師であり、育ての親でもある蓬莱の巫女が、彼の身の上を案じて持たせたものでございます。

 しかし過保護と言うなかれ。蓬莱の巫女は神託より、彼が異界より魂を招かれた転生人であることを知っている、数少ない理解者であります。故に、赤子の頃よりこの世界の常識を教え、身を鍛え、技を教え、彼の願いの礎を築かせるがため、親の心で送り出したのです。

 彼もまた、前世たる異界での記憶も、転生に際しての記憶も一切合切忘れずに覚えております。精神は大人、身体は赤子、という転生に思うところはありましたが、そこはグッと呑み込み、前向きに。蓬莱の巫女と共に、幾多の死線と困難を乗り越えたのであります。嗚呼、素晴らしきは二人の絆かな!!


 しかし、それはあくまで、巫女の威光が届く蓬莱の中での話。広き世界を見よ、とばかりに背中を押した親心が分からぬほど、カイトも子供ではありませぬ。いつかは里の皆に誇れし偉業を成して、威風堂々と凱旋せんためにこれは必要な時である、と理解しております。


 さて、ルガリア学園の正門を潜りますと、様々な種族や人種の生徒が闊歩しております。蓬莱の地でもこのように異なる種族が集まる場を見かけることはありましたが、一つの場所にここまで多種多様な種族が集まることは珍しいことであります。


(蓬莱の中にいるだけでは見られなかった光景だ。これを見れただけでも、国の外に出た甲斐はあったか)


 悪いと思いながらも、感心するように見つめてしまうのは、珍しいものを見てしまったが故の行動だと、ご理解いただきたい。もちろん、それは見られている側の生徒達も理解しているようで、カイトのことを微笑ましく、あるいは自分の時の頃を懐かしく思うような視線で見ております。


 しかし、物事には何事も、例外というものがございます。


「……このような場所に、下民が何のようだ」


 学園の生徒ではない、カイトと同じように外部者である少年が、取り巻きを引き連れながら、気分を害したかのようにカツカツと足早に歩み寄ります。膨れ上がった風船に無理やりきらびやかな服を着せたような風貌ではありますが、その服にかけられた金額を見るに、貴族のような富裕層であることは明らかでしょう。


「無礼がありましたら失礼致しました。何分、人を探しておりました上に、このように様々な人が集まる場所へ来たことはありませんでしたので」

「ふん、田舎者にしては礼儀はあるようだな」


 礼儀を尽くした返答をすると、少年は少しは気を良くしたようであります。


「田舎者だと、このお方を知らないようだな!」

「このお方は、オヤノナ公爵家の跡取りであらせられる、ナヒカリ様であるぞ!」


 自分の事のように自慢する、取り巻きの少年達。そのようなことを言われても、カイトには今の時点では関わる理由がありませぬ。しかし、無為に騒がしくするのはよくなかろうと、こぼしかけた言葉をグッと呑み込みます。


「観光目的なら入口が違う。恥をかく前にさっさと帰るがいい」

「入学試験を受けに来たのですが」

「平民のお前が? この神聖な学園に?」


 言葉を切り、確かめるように話すナヒカリ。そして取り巻きの少年達と顔を見合わせると、腹を抱えるようにして大笑い。


「この学園に! 平民が!! 入学しようと!!」

「冗談としては実に面白いな!!」

「止めておけ、ここは将来有望な貴族や選ばれし者達が通う学び舎だ。恥をかく前に立ち去る方が身のためだぞ?」


 なんと品の欠いた物言いか。見た目で相手に侮るような彼らに言うべき言葉など、何処にありましょう。口を閉ざしているのを幸いと、更に彼らが笑おうとした、まさにその時です。


「……なるほど。今期の入学希望者には、どうやら面白い逸材が集まっているようですね?」


 振り返りますと、学園の腕章を身に付けた柔和そうな表情の女性が立っておりました。しかし「柔らかそう」なのは、あくまで表情のみ。優雅な立ち振舞いも、パリッと仕立ての効いた服装からも、一切の隙が伺えません。


「特にあなた方は、この学園が平民、貴族といった身分を問わず、門戸を開かれていることを理念としているのを知っていて──たった今、学園の存在意義を否定されましたね?」


 にこり、と女性はナヒカリ達に微笑みかけます。ですが、女性の背後に見えるのは、勇猛果敢な鬼人族でも怖気付いてしまうほどの迫力を持った般若の幻像。正面から相対しておらぬカイトでも、身体に寒気を感じたほどの威圧感です。修羅場を潜り抜けたこともない彼らが、それに耐えられるはずもありません。


「ヒッ……!?」


 取り巻きの少年達は泡を吹いて、あえなく気絶。ナヒカリも気絶こそは避けられたものの、腰は砕け、全身を恐怖に震わせ、顔は青白を越えて土気色。心がボキリと折られてしまったのは、誰の目にも明白でしょう。


「オヤノナ公爵のご子息、でしたか。学園の運営に関わる者の一人として、その顔……しっかりと覚えましたよ?」


「あ、あぁ……」


 まさか、聞かれていたのが学園の関係者だったとは。

 大金を目の前で塵屑へと変えてしまったような、なんとも形容しがたい表情で崩れ落ちるナヒカリに、誰一人としてかける言葉はありませぬ。まさに自業自得、悪行の報い。

 残念無念、彼らの入学試験は、始まる前に閉ざされてしまったのでありました。


「さて、参りましょうか、天道カイト様」


 問われた内容に、何処へ、とは返しは致しません。

 彼女こそ、カイトが先ほど探しておりました人物。そして、懐の推薦状を渡すべき相手に最も近しい人物でもあるからです。


「ありがとうございます、お願い致します」


 深く一礼。感謝と挨拶は何においても大事なもの、それはどの世界でも同じであります。

 そしてそれは、「私」にとっても同じこと。

 最後に口上を述べまして、この物語の幕開けと参りましょう。



 ──愉快痛快、波瀾万丈!


 彼が進む先に待ち受けるは、人の闇か、人の和か。

 か弱き人々の涙を払わんと、ニヤリと悪に立ち向かう!

 東奔西走何のその、心友との誓いを果たさんと、振るう拳は悪事を砕かん!


 マルストニアが一柱神、創成神アルグマが語るは、異界より私が自ら招きし魂が世界に改革をもたらさんとする、物語のその一端にございます!


 彼が目指す『英雄』の姿とは? それは、彼の目となり口となり、物語を語るなかで次第に浮かび上がることでございましょう!


 さぁ、異界の快男児よ! 天道カイトよ!!

 お前の拳は、何を護り、何を砕くのか!!

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[良い点] これはこれは、なんと面白い文体で紡がれてるんでしょうか。 一気に引き込まれる語りは、柔和で優しいナレーション。冒険譚には、いつだって少年の活気ある言葉で綴られているのに、この作品はとっても…
[良い点] 神様の語り口調というのが斬新でした。 序盤から痛快な展開で、勧善懲悪物語の予感がプンプンします。 弱気を助け、悪をくじく。まさに英雄。 ラストの描写から察するに、次回あたりからカイト視点…
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