お父さんな、魔法少女を助けるフェアリーになったんだ。
生き返るには、正体をバラさずに魔法少女のサポート妖精となって悪の軍団ワルナッチ帝国から地球を守り切らねばならない。
海外からの単身赴任の帰り、飛行機事故で命を落とした菅原賢太郎(48)は、その場に偶然居合わせた宇宙人の提案に乗り、妖精になることを受け入れる。
家族を残して死ぬわけにはいかないと、オットセイのぬいぐるみに魂を移して転生した。
だがしかし。肝心要の魔法少女に選ばれたのが実の娘だとは思ってもみなかった。おまけにワルナッチ帝国のバイトリーダーは実の息子! 帝国幹部に実の妻!!
正体がバレたら即魂消滅の縛りプレイ。
ハラハラドキドキヒヤヒヤビクビクの家族の行動に、彼のメンタルはゴリゴリと削られていく。どうなる賢太郎! どうする賢太郎!
地球を救って無事に生き返る事はできるのか!?
妖精お父さん、悪戦苦闘! 痛快ドタバタファンタジーコメディ!
――生き返りたければ、魔法少女を助けて地球を守れ。ただし、正体は誰にもバレてはいけない。
それが、航空機事故で死んでしまった私に持ちかけられた、宇宙人からの取引だった。妻も子も残して死ぬねるわけがない。溺れる者は藁をも掴むものだし、ちっぽけな藁よりはまだ宇宙人の方が助かる目はあった。藁と宇宙人のどちらかを掴めを言われたら、そりゃあ誰だって宇宙人を掴む。
だから、宇宙人とのファーストコンタクトに対する感動や興奮よりも、死んでたまるかという気持ちの方が強かった。
こうして、菅原賢太郎(享年48)の生を再び取り戻すために、魂だけを宇宙人指定の不思議ぬいぐるみに移して、地球を救う素質を持った者を探すことになった。
ぬいぐるみの見た目はオットセイに似ていた。動きにくい上にかわいさの欠片もない。
これが、半月ほど前の話だ。
□□□
目が覚めたら見知らぬ場所にいたが、周囲の様子から元いた国であることは分かった。異世界なんかに飛ばされてなくてよかった。
もふもふとした見慣れない手の中には3つの指輪があった。それからこっち、野宿生活を続けながら助けるべき魔法少女を探している。
「この指輪の力を引き出せる魔法少女を探すオットー……」
意識していなくても、勝手に妙な語尾がつく。これも宇宙人との契約の一部らしい。それよりも野良猫に追い掛け回される生活の方が堪える。
指輪が時折放つ光の筋にナビされるように歩いた。公共機関や車に乗れない生活がこれほどツラいとは思っていなかった。
「ここは……私の住んでいた街!?」
ここに目当ての魔法少女がいるのだろうか。
家族は、どうしているのだろう。妻は、息子は、娘は。
国外の、海洋上での飛行機事故だったから、行方不明の扱いになっているはずだ。心配をかけているだろう。正体を明かせはしないが、一目だけでも会えないだろうか。
無意識に、家へと足が向いていたらしい。
ちょうど学校から帰ってきた娘、ヒマリの姿が見えた。ランドセルの紐をしっかりと両手で握りながら歩いている。思わず隠れようとしたが、3つ指輪のうちの一つ、ピンクのそれが強く輝く。
気が付けば、自宅の玄関前に飛び出して器用に尾びれで立っている自分の姿があった。
「きゃっ!?」
「ヒマリ! ボクと一緒にワルナッチ帝国を倒して地球を救ってほしいオットー!」
「ぬいぐるみが……しゃべった? ワルナッチていこく?」
台詞がオートで口から流れ出す。なんだ、ワルナッチ帝国とは。私も知りたい。
「地球を狙う悪いやつらオットー。この指輪を使って、魔法少女になって欲しいオットー」
困惑するわが娘。
待て。ちょっと待て。そんな奴らを相手にする魔法少女とやらは危険ではないのか? 成り行きでこのような事態になってしまってはいるが、お父さんアレだぞ。娘を危ない目には合わせたくないぞ。
その時、空から光が降ってきて街の中心部、駅の方へと落ちた。またしても、勝手に口から台詞が流れ出す。
「あれはワルナッチ帝国! 街のみんなが危ないオットー!」
「ええ!? そんな! お兄ちゃんが街にバイトに行くって……!」
ケンゴが!? い、いや、息子はもう高校生だ。自分の身はある程度自分で守れるはずだ。それよりもヒマリを危険な目に合わせるわけには――
「わたし、なる! わたしが魔法少女になれば、お兄ちゃんを助けられるよね!?」
「もちろんだオットー!」
黙れオットセイの私。
ヒマリが魔法少女にならなければ、生き返る可能性はなくなってしまうが……しかしそれでもお父さんは心配せずにはいられない。お父さんとは、心配する生き物なのだから。
「もし、お父さんだけじゃなくてお兄ちゃんも帰ってこなくなったら、そんなの……イヤだ!」
引き絞るようなヒマリの声にハッとした。
そうだ。娘からしてみれば、私は半月前から行方不明になっている状態だ。家族を心配する気持ちは、人一倍強いに決まっている。
ヒマリの手に渡った指輪は一層輝き、光が彼女を包む。
「マジカル☆チェンジ! クリュリアレ・ネスカハレーション!」
……え、今なんて言った? 娘の感動の決意シーンに水差さないでくれる?
あ、なるほどこれは自動台詞だな。
ぽんぽんと可愛らしく衣装が変わっていく。
ピンクのふわっとしたスカートを中心に、全体的にピンクでまとめられていく。白のロングタイツがかわいらしい効果音と共に装着され、髪は目の覚めるような黄色に。そしてぶわっと伸びて膝ほどまであるロングポニーに。付け根には花を模したリボンが現れた。
最後に、指輪が大きくなって腰回りにすっぽりと嵌まる。腰の中央で赤く輝く宝石は、幼いころにみた変身ヒーローのベルトを思わせた。
「魔法少女、キューティ・キュア・ロゼッタ!」
風が一陣、彼女のロングポニーを揺らす。
「待ってて、お兄ちゃん!!」
ぐっ、とかがみ彼女は空高く跳び上がる。一跳びで街の中心まで飛べるほどの身体能力。駅前までは軽く2kmはあったはずだ。魔法少女とは、ここまでものすごいものなのかと感心する。
と、ともあれ娘を追いかけなければ。
追いつけるだろうかと不安だったが、どうやら彼女の変身中はこちらも身体能力が上がるらしい。少し力を入れるだけで車よりも早く動くことができた。
そうなってくると、別の不安もよぎる。
ここまでの力を手に入れなければ、ワルナッチ帝国とやらには太刀打ちできないのだろうか。
建物の上を飛び移りながら移動し、急いで後を追った。
□□□
見上げるほどの……なんだかよく分からない巨大生物。手足のある人型の巨大な何かと娘が戦っている。
周囲では、逃げ惑う人々がパニックを起こしていた。
自動台詞が口をつく。
「ロゼッタ! ワルナッチ化されたモンスターは弱らせてから浄化するオットー!!」
「分かった!!」
今ので分かったのか娘よ。お父さん、全然理解できなかったぞ。
高さ10mはゆうに越えているそのモンスターとやらめがけて、きらきらした光と残像を残しながら高速で近づき、相手の振りおろしを交わして掌底を叩きこむ娘。
どこで覚えたんだそんな動き。学校か? お父さん、ちょっと心配になってきたな、いろんな意味で。
そのままサマーソルトキックを華麗に決めてモンスターを上空へ蹴り飛ばし、それを追って跳ぶ。
圧倒的じゃあないか我が娘は。
駅前にいた人々は思い思いに逃げおおせたようだ。
しかし建物類はあちこちボロボロになっている。
そこに追い打ちをかけるかのように、上空から巨体が墜落してきて辺りが砂埃に覆われる。
苦悶の叫びをあげるモンスターの正面に娘は降り立ち、腰のリングに手を当てた。
「今だオットー!」
今らしいぞ、娘よ。
「うん! 出てきて! ロゼッタソードッ!!」
腰のリングの宝石から、光る剣を引き抜き、高く掲げる。
指輪から剣、という所にも驚くが、魔法少女とは何なのだろうという気がしないでもない。
「これでとどめなんだから! 愛と! 怒りと! 悲しみのぉぉぉ!!」
掛け声と共に剣から光がほとばしり、天を衝かんばかりの大きさになったそれを、モンスターめがけて振り下ろした。
もう剣ですらない。大質量を持った輝く何か、だ。少し相手が気の毒に思える。
「ロゼッタ・シャイニングスラーーッシュ!!」
ごぅッ、という風の音と共に、光の中にモンスターは飲み込まれた。地球、割れてない? 大丈夫?
そしてモンスターはちりちりと消えていき、散った光は壊れた街を元通りに直していく。おお、国土交通省いらずだ。アスファルトのひび一つ直すのも、意外と大変だからな。元に戻るのはとても良いことだ。
「やったぁ!」
可愛らしくこちらを向いてピースサインをつくる娘。
しかしそこに、鋭い声が投げかけられた。
「貴様、よくも邪魔をしてくれたな!!」
「だれっ!?」
「誰だオットー!」
ごてごてとした鎧と漆黒のマントに身を包み、仮面で顔を隠した男が、放置されている車の上に立ってこちらを見ている。
「おかげで計画が台無しだ! 何者だ貴様ッ!」
「魔法少女、キューティ・キュア・ロゼッタ……!」
緊迫したやりとりの最中で申し訳ないが、とても聞き覚えのある声だ。具体的には、息子の声によく似ている。いや、いやいや、空似というやつだろう。
「ロゼッタ……! その名、覚えておくぞ。我が名はケンゴ……あ、いや、剣豪スガーラ! 次はこうはいかぬぞ!!」
本人だ。ケンゴって言った。ケンゴって言った。あと息子よ。菅原を何の捻りもなく名乗ったな。お前の目の前にいるのは菅原ヒマリ(10)と菅原賢太郎(享年48)なんだぞ。
マントを翻して、息子は去っていった。
「スガーラ……何者なんだろう……」
「とてつもないワルナッチパワーを感じたオットー」
娘よ、気づいてくれ。あれは兄だぞ。あと何だ、そのワルナッチパワーというのは。
この状況で正体がバレないように立ち回れと言うのか。関係者がほぼ身内じゃないか。
「とにかく、これからよろしくね! オットーさん!」
「なッ!?」
「名前、嫌、かな? 言葉の後ろにオットーってつけてるからと思って……オットセイだし」
「だ、大丈夫だオットー。これからよろしくだオットー!」
驚いた。お父さんと呼ばれたかと思った……。本当に、これから先大丈夫なんだろうか。
ヒレと手で握手をする。沈んでいく夕日が、変身したヒマリの髪を黄金色に照らしていた。