この夏休みに告げるサヨナラ
七年前に父を亡くしたその日から前に進まなくなってしまった女の子、「夏目あさひ」は明日から夏休みという日の帰宅時にコンビニ強盗の現場に遭遇してしまう。
逃げる勇気も立ち向かう勇気も持ち合わせていないあさひはコンビニのトイレに立て篭もるも強盗にそれがバレてしまう。
そこであさみは自分らをヒーローと名乗る強盗に悪いことがしたいから「人質」になって欲しいと頼まれるのだが……?
自己嫌悪の女の子と自己肯定で存在するヒーロー達の少し不思議で、愉快な夏が始まる。
「おとーさん、ゲームしよう!」
「おっいいぞ、何するんだ?」
「これ!」
「またそれか!」
「いーじゃんおとーさんも好きでしょこのゲーム!」
「まぁ、それを言ってしまえばその通りだ」
「じゃあやろうよ、クリアしよう!」
「それじゃあお父さんも頑張ろうかな! そうだ、このゲームをクリアしたら……」
×××
「……」
ついさっきまでゲームをしていたはずの私、「夏目あさひ」は、布団の上でテレビ画面ではなく天井を見つめていた。
嫌な目覚め。あぁ、夢か。
「なんで、覚めなきゃいけないんだろう」
布団を頭から被り、カブトムシの幼虫のように丸くなる。今は夏だから当然のように暑い。てかよく考えたらこの時期その幼虫はすでに成虫になっている。
また目を閉じる。今日は確か日曜日、別に寝てたっていい。そして出来ることならまた同じ夢を見させてほしい。
父を、過去にしたくないから。
このまま夢を見続けたまま時間が止まればいい。そう思い続けて早七年。
私はまだ父の死から立ち直れてはいない。
父がこの世からいなくなったのは私が小学生に入る前、幼稚園の最年長になった年。
中学生になった今でも父の死を認めることができずにいる。
「おとーさんを、置いてはいけないよ」
七年前の夏の日から、私の世界は変わっていない。だって前に進むということは、あの大好きなおとーさんを捨ててしまうことだから。
「あさひ、今何時だと思ってるの」
そしてそんな私を起こすのは決まって母の声。休みなんだし、もう少し寝かせて欲しい。
「今日月曜日でしょ、中学生にもなって朝起きれないなんて。しっかりしなさい」
「んぅ……うん、え、月曜?」
全然日曜日じゃなかった。
でもそのおかげで思い出した、明日から夏休み。二日休んで一日行って夏休みだ。くるまっていた重い布団がちょっと軽くなる。
「おはようぐらい言いなさい。ほら、『お父さん』は先に朝ごはん食べてるわよ」
……また、布団が重くなった。
「私朝ごはんいらない」
「ちょ、ちょっとあさひ!」
「着替えるから出てって」
私はそう言って布団から飛び出て扉の前に立っていた母を外に追いやり、思い切り扉を閉めた。
「最低、だなぁ」
母を追い出して私はそう呟く。
お母さんは一年前に新しいお父さんと再婚した。
いい人だった。私にすごく優しくしてくれるし、一緒にゲームしようとか出かけようとか誘われたこともあった。
でも私は、その優しさに甘えることができない。
もし、その優しさに甘えて、私が新しいお父さんを受け入れてしまったら。
「おとーさんが……可哀想だよ」
お母さんだって、死んだおとーさんのことを忘れたわけじゃない。頑張って前を向こうと生きている。
私もそのようになるべきなのかもしれない。そんな生き方をして大人になっていくべきなのかもしれない。
でも私には出来なかった。
変わらなくても構わない、でも前に進まないといけないこともわかってる。何もかもが宙ぶらりんで、ぐちゃぐちゃな頭の中で、受け入れて進むことも、ここに留まっていることも。私にはなにもできずにいた。
「学校、行かなきゃ」
今日行けば夏休みなんだ。自分が嫌でも、頑張ろう。
×××
今、新しい父と母の間に私は必要とされていない。
そんな気がする。そもそも私はおとーさんが死んだ夏からそこに留まっている。今、ここにいない人間を必要となんて、するはずがない。
最近、悩みを解決しないまま学校に行くと、すぐ学校が終わってしまうという事態がよくある。昼間の暑い日差しは少しおさまり、ぬるい風が身体を包む。
「必要とされてない人間は、どう生きていけばいいのかな」
誰からも必要とされなくなった時、私は果たしてこの世界に存在していると言えるのか。勿論答えなんて出ない。
そうやって今日も一日が終わる。はずだった。
×××
「オラァッ! 人質が殺されたくなかったら道を開けろ道を!! あとついでに金も出せ早く!!」
「くっ!! 早くその子を解放しろ!」
嘘でしょ。とんでもない場面に遭遇してしまった。
家に帰ってもやることがないからコンビニの雑誌でも立ち読みして帰ろうと思ったのが間違いだったのか、それとも私の尿意が悪いのか。
コンビニで小を済ませトイレから出て行こうとした私が見たその光景は、見るからにコンビニ強盗。
戦隊ヒーローのような真っ赤なマスクをかぶった男は拳銃のようなものを恐らく人質として捉えている女の子に向けて、撃つぞ撃つぞと脅している。女の子は「ひぃぃーー!!」と嘆くばかりでどうしようも出来ない状態。
「ど、どうしよう……」
今、強盗犯は私の存在に気がついていない。脅されている店員も私の存在に気がついていない。
これは逃げ出すチャンスでもあり強盗犯を止めるチャンスでもある。
もし私がクズならば、トイレの窓から逃げるだろう。もし私が正義感溢れるヒーローなら、強盗犯の後頭部にキツイ一発を叩き込みにいくだろう。
でも私は、そこを動かない。
これが神様が私にくれた腐ってる自分を変えるチャンスなのだとしたら、私はとんだ馬鹿だ。
自分が嫌いになっていく。そんなことをしてるうちに。
「ん、よくみたらそれお前水鉄砲じゃないか?」
「え?」
超展開になっていた。
真っ赤な強盗犯が人質に向けている拳銃がなんと水鉄砲だということがバレてしまっていた。いや、でもそれっておかしくないか、だって人質の方がその拳銃に近い位置にいるわけだから。
「ど、どうして水鉄砲を突きつけられてる君が気がつかない……?」
「ちょっ、ちょっと!! バレちゃったじゃん!! あたし達がグルだってのが!!」
「なっ!? おまっ、ばかっ!!」
「あ」
どうやらそういうことらしい。なんともお間抜けなコンビだ。
人質の女の子の暴露によって状況は一転。コンビニの店員は動揺の隙をついて素早くコンビニの外に出た。
隙を疲れた真っ赤なマヌケさんはそれを追いかけるも閉まった自動ドアがどうも開かない様子。
慌てふためく強盗とその仲間がなぜかトイレにまっすぐ向かってくる。
え、ま、マズイ!
多分、他の出入り口を探しているのだろう、いやそれは困る。私は身を隠すべくトイレに入って鍵をかけた。
「あれ? ねぇここのトイレ……」
その数秒後、女の子の声が聞こえた、恐らくさっきの人質のフリをしていた人の声。
「ん〜? おお、でかした! えっと、聞こえてますかーそこにいる方」
「……はい」
どうせここにいるのはバレてるんだ。返事しても問題はそんなにない。しかし明るい声だ、犯罪者とは思えない。
「女の子だったんだな。こんなとこで言うのもなんだけどお願いがある。いきなりで悪いんだがどうか俺たちの人質になってくれないか?」
「いや何故OKがもらえると思ったんですか?」
「まぁ、多分さっきの一連の流れを見ているんだろうしそうなるよな……。確かに俺たちはコンビニ強盗をしている。でもな実のところを言うと何も盗むつもりは無くてな」
「はい?」
「悪いことをしたいってだけだ。頼むよ、絶対に人とかに危害を加えないから」
意味がわからない、悪いことがしたいから?
「悪いことに協力なんてしたくないです」
「……そうか」
ちっぽけな正義感だったけどちゃんと断るぐらいの意思はある。絶対にこの扉を開けないぞ、そう意気込んだ私に。
「君は、鶏肉を食べたことがあるかい?」
「え?」
男はそう言った。と、鶏肉?
「もちろん、ありますけど」
「それじゃあ君は、生きるために生き物を殺して食べてるんだな、それって悪いことじゃないのか?」
「それは」
急にそんなこと言われても、この状況じゃ頭なんて回らない。答えは出せなかった。
「みんながみんな、生きるために悪いことを許容しているんだ。俺たちも同じなんだ、存在するために悪いことをしている、変わらない」
なんだろう、少しその言葉に違和感を感じた。強盗は話を続ける。私の感じた違和感を置き去りにして。
「詳しいことはここを出た時に話すよ。その時に君が納得できなかったら警察に突き出すならなんなりすればいい。俺たちは抵抗しない、約束する、ヒーローとしてな」
「ちょっ、りーだー!?」
仲間の女の子が驚愕の声を上げた、仲間の間での連携が取れてない。信じていいのか?
しかもヒーローと彼は言った。強盗をするヒーロー? しかもそれが存在するために必要って、どういうことなんだろう。やってることは悪役のそれなのに。いや、ダメだちゃんと断らないと
「頼む、君の存在が、必要なんだ」
どくん。
「……っ!」
心臓が跳ねた。なぜ、そんなことを言ってしまうの?
だってそれは、父親が変わってその場にいてもいいのかわからない私にとって、過去に取り残されてもがくこともせず今を生きていないような私にとって。
きっと一番、心の傷を癒してくれる言葉。
私は弱い、だからこんな言葉で決意は崩れてしまう。嬉しいという感情に。
「わかり、ました」
扉を開く。私を望む、存在してる場所に私は行こう。
そこには、マスクを外した男と、ふくれっつらの女の子。
「……え?」
「ありがとな、名前は?」
マスクを取っていた男が笑う。マスクを取ることで変わったその声、顔。
ずっと記憶の中で笑っている、おとーさんと全く同じだった。